怪火
「またか……」
「酷いですね、これは……」
気候が奇妙な兆候を示す時、得てして俗世にも奇妙な事件が起こるものである。この年、江城では不審死が相次いでいた。それは、火事はおろかボヤ騒ぎすら無いにもかかわらず、黒焦げになった変死体が見つかるというものであった。
そして、これで三件目。現場は江城郊外のあばら家で、変死体の身元はそこに住む若いやくざ者だと目された。
「これは……他殺と見て良いのですか? 飛の大哥」
「そうだろうな。一時は、新式の
「はい!」
変死体が検死のために持ち去られると、張龍と李飛はそのまま現場となった民家の調査を始めた。下手人が何か落とし物でもしていれば、それがそのまま動かぬ証拠となる。
部屋中を見渡してみても、火が燃え広がったような痕跡は見当たらない。ただ闇雲に油を撒いて火を放つのとは全く違う手口であるのは明らかであった。
張龍は次に変死体のあった辺りを調べた。土間には人型に煤が積もっている。しかし、たった一ヶ所、指で拭っても煤の付かない部分がある。よく調べてみると、女物の靴の形に床そのものが焦げている。時を同じくして、部屋の奥から李飛が呼ぶ声がした。
「おい小龍、こいつを見てみろ」
「これは阿片と……
「ああ。阿片は他の現場にも必ず落ちていた。だからこの間まで阿片の副作用だと思われていたわけだが、とにかく簪が見つかるのは今回が初めてだ。きっと重要な証拠品になる。小龍、こいつの持ち主を探し出してくれないか」
「分かりました。必ず見つけ出してみせます」
「頼んだぞ。俺はもう少しこの家を調べる。何かあればここに戻って来い」
張龍はその後数刻に渡って、街のあちこちで聞き込みを続けた。如何に江城広しと言えども、人と人との繋がりというものがある。日が暮れる前に、簪の持ち主と思われる人間はたった一人に絞り込まれた。彼は今、その女がいるという
礼拝所の中には沈香を焚いた煙がもうもうと立ち込めていた。沈香特有の芳香も、流石にここまで強いと臭いと感じられた。
煙の臭いと室内の派手な装飾が如何にも胡散臭い新興宗教といった趣である。余り長居はしたくないと直感が告げるので、張龍は手近な信徒を捕まえて本題を切り出した。
「忙しいところすまない。ここに簪を失くした女がいると聞いたのだが」
「簪……ああ、きっと
言われた通りに待っていると、奥から三十路手前くらいの女が出てきた。一目見た印象は普通の、どこにでもいる女といったところだ。とても人殺しをするような人間には見えない。
「あの、大鷲の方があたしに何の用でしょうか?」
「この簪があなたの物だと聞いて、届けに来たのだ。それと、あなた自身にも聞くべきことがいくつかある」
「ああ! これは確かにあたしの簪です! どうもありがとうございます。それで、お尋ねになりたいこととは……」
「ここから北東に、あばら家がいくつも建っている区画があるだろう。昨日そこで殺しがあった。この簪はその現場に落ちていた物だ。何か事情を知ってはいないか?」
その言葉を聞いた瞬間、毛夫人の顔がサッと青ざめた。彼女は食い気味に反論した。
「あたしが殺しだなんて、とんでもない! 昨日とおっしゃいましたね? その日は真逆の方角にずっと居たんですもの、あたしには到底無理ですよ!」
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