彼女が遺したもの。

 ドアが開いたことに気付き、彼女が振り返る。

 「どうしたの?」そんなある日の夜、彼女からラインで入院期間

 が延びたことと、もう外出は出来ないことを知らされた。

 その文章は彼女が送ったものとは思えないほど丁寧だった。

 もしかしたら彼女はもう寝たきりになって代わりに彼女の母が送っているのではないかと思うと、居ても立ってもいられなくなり病院へと駆け付けた。

 病院へ着き、彼女の病室を訪れると名前がないことに気付いた。

 近くにいた看護師さんに聞くと、個室へ移ったと教えてくれた。

 教えられた病室へ行くと、彼女はベッドから体を起こして外を眺めていた。


 「君があまりにも丁寧なメッセージを送るから、心配になって」

 「ああ、あれはお母さんに送ってもらったの。私、片目が見えずらくて手もしびれちゃっててうまく打てないから」

 彼女の病気は着実に進行しているらしい。

 「……そうだったんだ」

 「ユーチューブ、チャンネル登録者数十万人突破したよ」

 「おお! これで私たちも有名人だね」

 こんな状況でも、彼女の笑顔は変わらずきらきらしてた。病魔も彼女の笑顔だけは奪えないのだろう。

 「ねえ」

 「ん?」

 「私のとこに来るのは、これで最後にしてほしいな」

 どうしてなんて聞けない。彼女の病気は視力低下や麻痺症状、嘔吐や意識障害などを起こすと母から聞いていた。

 そんな姿を見られたくないのだろう。

 「だから、最後に私のわがまま聞いてくれる?」

 「もちろん、なんでも聞くよ」

 「抱きしめて」

 ぼやけて見えにくいはずの瞳で彼女は僕をまっすぐ見つめた。

 僕は何も言わず彼女のそばへ行き抱きしめた。

 力強く、最初で最後のハグをした。

 彼女の体はとても細かった。もう何日も食べていないのだろう。

 背中に回された腕がかすかに震えていた。

 迫りくる死に覚悟を決めていた彼女でもすらも、恐怖を感じているのだろう。

 「最後に、僕もわがまま言っていいかな」

 体から離れ、彼女の顔を、目をまっすぐ見た。

 「いいよ」

 「……笑って」

 一種類の花にいろんな色があるように、彼女の笑顔もたくさんの色を見せてくれる。

 無邪気に笑った目から、一筋の光が流れ落ちるのが見えた。

 その笑顔が見たくて、守りたくて僕は君と一緒にいたんだ。

 「ありがとう。華」

 それから一週間後、彼女はこの世を去った。

 

 彼女の死は母から聞いた。

 夏休みも残り一週間になり、終わっていない宿題に取り掛かった。

 彼女の死を受け入れられない自分がいて、逃げていたのかもしれない。

 「銀二、入るよ」

 部屋に母が来て、香典袋を受け取った。

 「ちゃんとお別れしてきなさい」

 「……うん」

 葬式には同級生もたくさん来ていた。

 彼女がどれだけの人たちから愛されていたのかを、改めて知った。

 葬式を終え、お見送りをする前に彼女の母からカメラを渡された。

 「華が最後までこのカメラを大事そうに持っていたの。銀二くんに渡してほしいって頼まれたから、受け取ってくれる?」

 「……はい」

 それは僕たちの撮影に使っていたカメラだった。

 どこに行くにも一緒だったそのカメラはすっかり僕らの相棒だ。

 この中にはユーチューブには流れていないシーンがある。尺の都合でカットするしかなかったが、どれも無意味なものではなかった。

 家に帰ると、母が待っていた。

「お別れ出来た?」

「うん。相棒を受け取って来た」

「我慢しなくていいのよ」

「え?」

「泣きたいときには素直に泣いた方がいいってこと」

「大丈夫。泣かないよ。覚悟は決めてるって言ったでしょ」

部屋へ戻り、カメラのデータを見ていると見覚えのない動画があることに気付いた。

 パソコンに読み込んで再生すると、そこには病院のベッドにいる彼女が映った

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