覚悟。
彼女が二階へ行ったのを確認すると、
「座りなさい」
僕何か悪いことしたかな? もしかして、女子を連れてきたことに怒ってるのかな?
「華ちゃんは、脳にがんがあるの。いつ急変するかわからない。大人のいるところで安静にしてないといけないの」
「聞いてるよ、彼女はもう長くないって」
「はあ。銀二。あの子と関わるってどういうことかわかってる?」
「え?」
「今はまだ生きているから、亡くなって時のことなんて考えられないかもしれないけど、もしあの子が亡くなったら、あなたのような子供は辛いだけだよ?」
「なにそれ。じゃあお母さんは、彼女と関わるなって言いたいの?」
「そうじゃなくて。それなりの覚悟を持って接しなさいって言っているの」
「わかってる。でも、彼女に頼まれたんだ。私が生きていた証をユーチューブとして残したいって。初めは乗り気じゃなかったけど、今はすごく楽しいんだ。病気のことをしってからは、楽しいだけじゃなくて、彼女の悔いのないように生きほしいって思うようになった。だから、お母さんが心配しなくてもすでに覚悟は出来ている」
「そう。覚悟があるなら、最後まで華ちゃんに付き合いなさいよ。女の子を泣かせたりなんかしたらだめだからね」
「わかってる」
母は、彼女が死んだあと僕が立ち直れないんじゃないか心配だったようだ。
でも大丈夫。僕は覚悟を決めているから。彼女が死んでも泣かないって。彼女が遺したユーチューブを頑張るって、決めたから。
部屋へ戻ると彼女は僕の漫画を読んでいた。
「いやー、まさか浦田さんが君の母だったなんてね。苗字が一緒だからもしかしたらって思ったけど、君と全然似てないんだもの。違うと思ってた」
「僕は父親似だからね。それより、先にお風呂入りなよ」
「わかった」
彼女は扉に手をかけ、「一緒に入る?」とふざけたことを言っていた。
「入るわけないだろ。早く行きなよ」
ふふっといたずらな笑顔を浮かべて出て行った。
彼女の後に、僕もお風呂を済ませ、さっき彼女がとった動画を編集した。
調理をしてるシーンと食べているところだけだったので、早く終わった。
「編集終わったけど、見る?」
ベッドを見ると、彼女はすでに寝ていた。
「そんな大の字で寝られたら僕寝れないじゃん」
仕方なく一階から余っている布団と枕を取ってきて、床に寝ることにした。
彼女が死んだら、僕はどうなるのだろう。覚悟は出来てるつもりだが、実際そうなった時のことなんて想像がつかないし、彼女が死ぬなんて想像もしたくない。
彼女が寝返りを打つ音がした。
僕は体を起こし、彼女を見た。
すると薄暗い中で彼女と目が合った。
彼女は人一人分のスペースを開け、ベッドをぽんぽんと叩いた。
僕は布団と枕を持って彼女の隣で横になった。
「起きてたんだ」
返事はなかったが、彼女は僕の腕を掴んだ。
小さな手で、ぎゅっと。
彼女の手かは暖かくて、当たり前だけど生きていることを実感した。この温もりもいつかはなくなるんだと思ったら無性に悲しくなった。
「おやすみ」
彼女と外で会うのは、この日が最後になった。
次の日から、彼女は検査入院をすることになった。
僕は初めて彼女の病室を訪ねた。
ノックをすると、元気な彼女の声が聞こえてきた。
「はーい」
ドアを開けると、彼女はタブレットで何かを見ていた。
「調子どう?」
「え?」
顔をあげた彼女は驚いてタブレットで顔を隠した。
「来るなら言ってよ。すっぴんだし髪もぼさぼさだし」
「君のすっぴんも寝起きの爆発した髪も見たことあるよ」
「それはそうだけどさ……」
病衣姿の彼女は新鮮で、どこか弱弱しく見えた。
「次、どこ行くか決めた?」
「んー、検査で大丈夫だったら浦田さんの許可を取って遠出したいなー」
「きっとだめって言われるよ」
「ははっ。だよね」
今日、僕はどうしても伝えたいことがあってここに来た。
「君がさ……」
「ん?」
「君が死んでも、僕があのチャンネルを続けてもいいかな?」
「え? だめだよ。そんなことしたら、いつか君に彼女が出来た時困るでしょ」
「視聴者さんには、僕から説明する。君との始まりから、君の終わりまで」
「叩かれるかもよ? だましたなーって」
「かまわないよ。僕と君との思い出が形に残っているのはユーチューブだけだから。なくしたくないんだ」
「そっか。じゃあ華銀カップルのチャンネルは君に任す!」
「ありがとう。じゃあ僕は帰るから、行きたい場所決まったら連絡して」
「うん。今日は来てくれてありがとう」
それから一週間が経っても彼女が退院することはなかった。
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