主治医。

 それから三日後、僕たちは水族館に行った。

 二回目だけど、とても楽しかった。

 「あ、最後に君の好きなペンギン見に行こう」

 「お、いいね行こう行こう」

 頭上まである大きな水槽ではペンギンたちがすいすい気持ちよさそうに泳いでいた。

 「かわいいなー」

 そう呟くと彼女は僕の方を見た。

 「私とペンギンどっちがかわい?」

 前に来た時も同じようなことを聞かれた気がする。でも今回は、

 「君の方が可愛いよ」

 「え?」

 彼女は予想外の返事が返って来たかのように驚いて、顔を赤くした。

 「君、自分で聞いておいて照れるのはどうかと思うよ」

 「だって君が素直に答えるから。前みたいにペンギンの次にって言われると思ったし」

 「そっちの方がよかった?」

 「んーん。今のがいい。ありがと」

 水槽に陽の光が入ってきて、彼女の顔を照らした。

照らされた笑顔は今までよりも、ずっと輝いて見えた。

 帰りの電車、僕がいつものように先に降りようと立ち上がると、彼女も立ち上がった。

 「家、行っていい?」

 「え、でも今から行ったら帰り遅くなるんじゃ」

 彼女はにやっとして、背負っていたリュックを叩いた。

 「まさか……」

 「着替え持って来たんだ。泊めてよ」

 考えている時間はない。ドアが閉まるアナウンスが聞こえてきた。

 「ああもう。早く行くよ」

 彼女の手を引いて電車を降りた。

 駅を出て母に連絡した。

 「もしもし、友達が家に泊まりたいって言ってるんだけど、いいかな?」

 「いいよ。お母さん今日遅くなるから自分たちでご飯作りなよ」

 「わかった」

 母が帰ってきたらなんて説明しよう。まさか女子を連れ来るとは思ってもいないはず。

 「君のお母さんは泊まること知ってるの?」

 「うん! 家出るときに言っておいた」

 彼女の母も僕の家ならと了承してくれたそうだ。


 「立派な家だね」

 彼女は僕の家を見上げてそう呟いた。

 「母が医者だから。父とは離婚しているけどそれなりに生活はできているよ」

 帰ってくると途中で買い物をしてきたので、すぐに夜ご飯の準備に取りかかった。

 「君はそこのソファにでも座ってて」

 「えー、私も手伝うよ」

 彼女は病人だ。怪我を負わせるわけにはいかない。

 「だめだ。怪我でもされたら困る」

 「じゃあ私、君の作っている様子をカメラで撮るね」

 手伝いたがっている彼女を何とかなだめて、調理を開始した。

 「うわぁ、すっごく美味しそう」

 僕は作れる料理の中で一番自信のある豚の生姜焼きを彼女にふるまった。

 彼女はカメラを回したままテーブルに置いた。

 二人で食べているところを撮りたいらしく、僕も隣に座らされた。

 「いただきます!」

 「どうぞ」

 「んー! うまー! 銀二くん天才」

 彼女はカメラが回っている時には僕のことを名前で呼ぶ。 

 「それはよかった」

 「銀二くんのお嫁さんになったらこれが毎日食べれるのかー」

 「君もたまには作ってよね」

 そう笑って言ったが、彼女に将来はない。あと数か月しか生きれない現実が僕の胸を締め付ける。

 食事を終え、片づけをしていると母が帰って来た。

 「ただいまー。お、いいにおーい」

 母はリビングに入り、彼女の顔を見ると目を丸くした。

 「お母さん、これはね――」

 「華ちゃん」

 母は僕の説明を遮り、彼女の名前を呼んだ。まるで知り合いを呼ぶように。

 「……先生」

 彼女もまた驚きを隠せない顔でそう言った。

 「え、知り合い?」

 「うん。私の主治医」

 「ちょっと、銀二と話があるから華ちゃんは部屋に行ってて」

 「……はい」

 母は笑顔でそう言うと、僕の方をちらっと見た。その顔はどこか怒っているようだった。


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