君はずるい……。

  彼女から連絡が来たのはその日の夜だった。

 僕は昼過ぎまで駅で彼女を待ったが、メッセージも無ければ一向に現れる気配もなかったので帰ることにしたのだ。

 『今日はごめん。家を出る前に体調が悪くなっちゃって、入院することになったの』

 『どれくらい入院するの?』

 『とりあえず一週間って言われた。疲れがまだ残っているのかも』

 やはり彼女に遠出は体力的に難しいのかもしれない。退院してもキャンプはやめておこう。

 『キャンプはやめて、退院したら近場で撮影しよう』

 『うん。お医者さんにも遠出はダメだって言われたし、そうしよう』

 メッセージから、彼女の残念がっている顔が浮かんだ。

 一方、僕たちのチャンネル登録者数はすで四万人になっていた。

ここまでくると、クラスの人たちにはすでにばれていると思う。夏休み明けの学校でなにを言われるか心配になった。

 彼女は予定通り一週間で退院した。

 『退院したよ! 早速だけど明日、私の家に来ない? お父さんは出張だし、家にはお母さんしかいないから心配しないで』

 まさか僕の高校生活で女子の家に行く日が来るとは夢にも思わなかった。

 あまり乗り気ではないが、嫌だと言っても無駄だと思うので『了解』とだけ送って、住所を教えてもらった。

 「お邪魔します」

 「銀二くんね? いらっしゃい」

 出迎えてくれたのは彼女の母だった。彼女は二階の部屋にいるらしい。

 「はなー。銀二くんきたわよー」

 彼女は慌てた様子で階段を降りてきた。

 「着いたらラインしてって言ったじゃん!」

 「あ、忘れてた」

 「そんなこといいから、上がって上がって」

 そう言って笑ったお母さんの顔は、とても彼女にそっくりだった。

 彼女の部屋へ行くと、意外にも綺麗に片付けられていた。

 「君が来る前に掃除と片付け頑張ったからね」

 ということはいつもは散らかっているのか。予想通りだった。

 「ベッドに座っちゃっていいよ」

 言われるがままにベッドへ腰を下ろした。彼女は部屋を出てしばらくするとお茶とお菓子を持ってきてくれた。

 「もう体調は大丈夫なの?」

 「うん! やっぱり疲れてただけみたい」

 それも病気のせいなのだろうけど、今彼女が元気なら一安心だ。

 「私たちの動画見よう」

 そう言うと彼女はタブレットでユーチューブを開き、華銀カップルのチャンネルへ飛んだ。

 「君、編集うまいね」

 「まあね。これが趣味みたいなもんだから」

 ユーチューブで見る動画は、最近のことなのにどこか懐かしく感じた。

 「あ、ペンギンだ! ここすごかったよねー」

 「だね。水族館なら近いしまた行けるよ」

 「そうだね。じゃあ次は水族館! 二回目だから撮影はなし!」

 そうして次の予定を立てて、ユーチューブを見終わった後は彼女が好きだと言うゲームをしたり、何気ない会話をしたりして過ごした。

 外を見ると陽が落ちかけていた。

 「そろそろ帰ろうかな」

 「えー、泊まっていけばいいのに」

 「着替えとか持ってきてないし、今日は無理だ」

 「なーんだ」

 「お邪魔しました」

 「泊って行ったらいいのにー」

 この親子は本当によく似ている。顔も、性格も。

 「いえ、今日は帰ります」

 「あらそう……」

 残念そうな顔を見て、彼女も残念がるとこういう顔をするのかと想像してしまった。

 「駅まで送るよ」

 西日が僕たちの背を照らして、影を伸ばしている。

 「旅館でさ、私、好きな人いないっていったじゃん」

 「うん」

 彼女は立ち止まって、真剣な表情をしていた。

 「私ね、中学のあの日から君を見ていたら、だんだん好きになっちゃったんだ」

 「え?」

 「困るよね。もうすぐ死ぬ人にこんなこと言われても。でも、気持ちは伝えたくて。返事はいらない。気持ちだけ受け取って。いい?」

 君は自分勝手だ。僕が、君が今まで言わないようにしていたことを言っちゃうんだもの。でも、ここで僕も好きだなんて言ったら彼女が困ると思う。好き同士でも彼女は付き合うことを拒否するはずだ。僕の気持ちは伝えちゃだめだ。

 「……ずるいなぁ」

 「え? なんて?」

 「んーん。わかった。気持ちだけ受け取るよ」

 「ふふっ。ありがと」

 そう、僕はこの笑顔が見られればそれでいい。それ以上のことは望まない。彼女には笑っていてほしいから。

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