次の約束。
「あの、やりにくいんだけど」
「気にしないで続けて」
彼女はテーブルの向かい側から編集する僕をじっと見ていた。
「視線が気になるよ」
「だって退屈なんだもん」
「カットが終わったら何にでも付き合うからテレビでも見てて」
そう言うと彼女は渋々テレビのリモコンを手に取った。
それから作業を終えると時刻は十一時になっていた。
僕は敷いた布団に飛び込んだ。彼女はすでに隣に敷いた布団の上に寝転がってテレビを見ていた。
近くにあったカメラを手に取り、動画じゃなくて今日行った先々で撮った写真を見た。
「私も見たーい」
彼女は僕の布団に堂々と入ってきて、顔を近づけた。
「近いよ。カメラ渡すから自分で見て」
「えー、君と見たいの。さっき何にでも付き合うって言ったよね?」
邪魔されたくなくて、つい軽く「なんでも」と言ったさっきの僕を叱ってやりた。
異性が目と鼻の先にいるなんて初めてだ。横を向いて少し顔を動かせばその唇に届きそう。カメラを持つ手が緊張で汗をかいてきた。
「あー。ここのいちご美味しかったよね。また食べたいなー」
「そうだね。また行こうよ」
「私に同じ場所に二回も行ける時間なんてないよ」
いつもの声のトーンでそういうことを言われると、なんて答えたらいいかわからない。
僕は話題を変えた。
「次はどこに行きたいの?」
「キャンプに行きたい。テント一泊してみたい」
「また泊るの?」
正直、病気の彼女との遠出や外泊は楽しいけど、もしものことを考えるとすこし怖い。
「うん! 火を起こして、キャンプファイヤーしてみたい」
それでも彼女のやりたいことなら僕は全力で付き合う。
「じゃあ帰ったら、またすぐに準備しなきゃだね」
僕は僕が彼女に出来る精いっぱいのことするって誓ったから。もう覚悟は出来ている。
写真を一通り見終えると、電気を消して寝る態勢に入った。
しばらく沈黙が続いた。疲れているのに、彼女が隣にいると思ったら寝られない。
「君はさ、彼女とかいたことないの?」
「起きてたんだ。あるわけないだろ」
「好きな人くらいはいたでしょ?」
「幼稚園とか、小学校低学年まではいたかもしれないけど、物心ついてからはいないかも」
「じゃあちゃんと恋をしたことがないってわけか」
「……そうだね」
母も言っていたが、高校生にもなって恋仲になった人がいないっていうのは珍しいというか、可哀そうなのかもしれない。
「君は彼氏いたことあるの?」
僕はなにを聞いているんだ。あるに決まっているじゃないか。
「……ないよ」
「え?」
「前にも言ったでしょ。私に近寄ってく男はみんな顔目当てだって。そういう人たちとは付き合えないの」
「君が好きになった人はいないの?」
「ふふっ、いないよ。もうすぐ死ぬって言うのに好きになっても未練が残るだけじゃん」
そういう悲しいことも笑って明るく言える彼女に僕は感心させられている。
「そうだよね。まあ、僕たちはユーチューブ上ではカップルなんだけどね」
「あははっ。確かに。君の初めての彼女は私で、私の初めての彼氏は君だね」
「偽だけどね」
暗闇の中、彼女の笑い声だけが聞こえる。この時間がずっと続けばいいと思った。
僕はいつの間にか君を好きになってたのかもしれない。
翌日、旅館を出てもう一度展望台に寄った。
そこには昨日と変わらない風景があった。二日間、お天道様が僕たちの味方をしてくれたみたいだ。
「この景色を忘れたくないな……」
「……僕も」
昨日、彼女の病気を調べると目が見えずらくなると書いてあった。
彼女の目がこの景色を鮮明に映してくれることにも時間が限られていることを考えると、『忘れたくない』という言葉の意味がとても重く感じられた。
それから帰りのバスや電車は、お互い疲れがたまっているせいか口数が少なかった。
「楽しかった。ありがとう」
「こちらこそ。次はキャンプだっけ? 日にち決まったら連絡してよ」
「うん!」
そうしていつも通り僕が先に電車を降りた。
少しでも時間を無駄にしたくないのか、駅を出て少しすると彼女からキャンプの連絡が来た。
『来週の月曜日、朝十時に学校の駅前集合!』
「はいよ」
僕は返信はせず、スマホをポケットにしまった。
約束の日、彼女は何時間待っても現れなかった。
ラインは先週、僕が既読をしたメッセージが最後だった。
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