華銀、温泉旅行へ。

 「あ、お母さん、今日健太の家泊ってくるから夕飯大丈夫」

 女子と旅行とは言えず、昨日の終業式で健太に口裏を合わせるように言っておいた。

 「珍しいね。明子さんによろしく言っといてね」

 明子とは健太の母である。シングルマザーで四人の子供を育てているたくましいお母さんだ。

 「いってきます」

 約束の八時に着くように家を出た。

 彼女は僕より先についていて、

 「おはよ!」

 「朝から元気だね」

 「そりゃそうだよー。男の子とお泊り旅行なんて初めてだからメイクにも時間かけたんだからね!」

 僕が見るからには普段の彼女と何も変わらないように見えるが、これは言ってはいけないと思った。

 「またその服着てるんだね」

 「お気に入りだもんっ」

 彼女はまた、僕が選んだ服を着ていた。

 「そっか。温泉に入るのは夜だよね?今から行ってそれまでの時間どうするの?」

 「まあまあ、そう焦りなさんな。知らない方が楽しみが増すってもんでしょ?」

 そうして僕たちは電車に乗って、目的地へと向かった。


 「今日私たちは、いちご狩りをしに来ました!」

 僕たちは電車で四時間、バスに一時間揺られていちご狩りをしに来た。

 「んー! うーまっ!」

 カメラのタッチパネルから見える彼女の美味しそうな顔に、いちごの酸味を想像してよだれが溜まる。

 「僕も食べたい。変わろう」

 「オッケー」

 カメラを向けられてからいちごを切り取る。

 「いただきます……。んー! うまい!」

 「ちょっと、そのリアクション私がやったー」

 「僕のは自然に出たリアクションなんですー」

 「はー? 私だって自然に出たんだしー!」

 こんなつまらない喧嘩もなんだか楽しい。

 「見てみて! ハートのいちご!」

 「僕が食べる」

 「私が見つけたんだから私のもの!」

 すると、いちご園のおじさんが、

 「半分に切りましょうか?」

 ハートを半分に切る。なんだか響きが悪くて「はい。お願いします」とは言えず二人で苦笑いをしていた。

 「君が食べなよ。私からの愛を受け取ると思ってさ」

 「怖いこと言うなよ。君が食べなよ。見つけたのは君でしょ」

 食べると言い合いから食べさせる言い合いが始まった。

 もちろんカメラは回っている。最終的には僕が食べることになったが取れ高は十分だろう。

 いちご園を出たあとは再びバスに乗り、気づけば山道を走っていた。

 山の中腹に来たところにバス停があり、僕たちはそこで降りた。

 それからしばらく登ると展望台が見えてきた。

 「次の目的地って、あそこ?」

 「うん! ここからの眺めが最高なの」

 展望台に上ると陽の光に照らされて輝く海が見えて、水平線の向こうには雲一つない青空が広がっていた。

 「……きれい」

 感動のあんまり自然とそう呟いていた。

 「でしょ」

 彼女もまたその景色に見入っていた。

 「写真撮ろう」

 そう言って彼女はスマホを取り出した。

 「もっと寄って。画面に入りきってない」

 自撮りスタイルは自然と顔の距離が近くなる。彼女の髪が風で揺れ淡い香りが鼻を打つ。

 ぎこちない笑顔の僕と、いつもの笑顔の彼女とのツーショット。動画のサムネイルに使えそうだ。

 展望台を後にして、さらに上るとなにやら施設が見えてきた。

 「見えてきたよ!」

 今日の目玉にようやく到着だ。気づけば陽も傾きかかっていた。

 「着きましたー。ここが今日私たちが泊る旅館です!」

 カメラを回しながら旅館に入ると、女将さんが出て来て僕たちのような子供に丁寧に接待をしてくれた。

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