華の秘密。②
あの日、彼女が泣いているのに笑顔で返答するもんだから、とても強い人だなと思った。だからそのままを彼女に伝えたのだ。
「助かる望みがないなら死んでやるって思ったけど、君が私は強いって言ってくれたから、残り少ないかもしれないけど頑張ろう。病気に抗ってやろうって思えるようになったんだ」
彼女はまっすぐに僕の目を見て、そう言った。
「あの日から、私は君に憧れていたんだ。一人でなんでもこなして、休み時間は本とずーっとにらめっこしていて。君を見ているうちにどんどん気になっちゃって」
彼女の顔が少しずつ明るくなっていった。
「ただ友達がいなかったから一人だっただけだよ。あと、にらめっこなんかしていない。ちゃんと読んでた」
「あははっ。そうかもね」
そうかもねって。こいつ僕が友達いないことを知っててディスってきやがったな。
でも悪い気はしなかった。彼女がいつも通りになってきたから。
「隠しててごめんね」
「うん」
「死ぬってわかってる人と、ユーチューブなんかやりたくないよね」
彼女は笑顔でそう言ったが、どこか寂しげに見えた。
「……そんなことない」
「え?」
「残そうよ。君が病気に抗って懸命に生きた証拠をさ」
つい最近までは面倒だった彼女との撮影が、いつの間にか楽しくなっていた。
彼女とまだまだ動画を撮りたい。そう決意するとすんなりと言葉が出た。
「え、いいの?」
「うん」
「私、もうすぐ死ぬよ?」
「うん」
「生きたい場所、まだまだあるから大変だよ?」
「うん。君が死ぬ前に行けるだけ行こう。君が生きていた証と、君と僕との思い出をユーチューブに残そう」
「……」
――僕は君と、本当のカップルになってみたい。
これは言えないな。言ったら彼女が困る。
「銀二くん……」
例えもうすぐ死ぬとしても、彼女は今、確かに生きている。
そう感じられるのは、彼女の温もりをダイレクトに感じているからだろう。
「ありがとう。銀二くん」
「うん」
銀二と華はオレンジに染まった夕方の空の下、本物のカップルのようにぎゅっと抱き合った。
彼女が何かを残したくてユーチューブをやりたいと言っていたことの意味が、ようやくわかった。
「お母さん。脳腫瘍って助からないの?」
母は味噌汁を飲もうとしていた手を止め、目を丸くしていた。
「どうしたのいきなり」
「いや、ドキュメンタリーに出てたから気になって」
「そうね、平均して一年半もつかどうかってところだろうね」
やっぱり、彼女はもうすぐ死ぬんだ。
改めて、彼女の命があと少しという事実を突きつけられた。
「ごちそうさま」
僕は自室へ戻り、今日撮影した動画を編集した。
一仕事終え、投稿済みの動画を見返すと『華ちゃんかわいい』『こんな彼女ほしいなー』なんてコメントがたくさん見つかった。
彼女はもう見ただろうか。きっと見たらにやついて自意識過剰なことを言うんだろうなと思った。
すると彼女からメッセージが届いた。
『夏休みの予定立てた! 終業式の次の日、八時に学校の最寄り駅に集合ね!』
そう、水曜日からは夏休みに入る。
――彼女にとっては最後の夏休になるのか。
しみじみとしていると、もう一度彼女からメッセージが届く。
『あ、その時は一泊分の荷物持ってきてね!』
了解……。ん?一泊?
『遠出するの?』
『温泉旅行! 私が死ぬまで付き合うんでしょ? 君の夏休みを私色に染めてやるから覚悟しててね!』
覚悟、か。どういう意味での覚悟なんだろう。
君が生きていた証を残そうなんて言ったけど、正直僕はまだ、君が死ぬ覚悟は出来ていないかもしれない……。
でも、もう決めたんだ。彼女が死ぬまで一緒にいるって。いつまでもぐずぐず考えている暇はない。
華銀カップルをもっと多くの人に視てもらえるように、頑張ろう。
僕はパソコンに向かって編集を再開した。
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