華は騒がしい。

 「お帰り。今日は遅かったのね」

 「まあ、いろいろあってね」

 「まさか、女?」

 「まさか」

 母は僕とは正反対でとても明るい性格をしている。

 医者をしていることもあって家にいることが少ないせいか、早く帰って来た時にはやたらと絡んでくる。

 「ほんとかなー? もう高校生なんだから、彼女の一人や二人作りなさいよ」

 「高校生なんだからって……。今は興味ないからいいんだよ」

 母は僕が幼い時に父と離婚している。兄弟もいないので母がいないときは家に一人だ。

 今日は久しぶりに母と二人でご飯を食べた。

 その後にお風呂を済ませて、すぐに自室へ戻り編集を開始した。

 ユーチューブチャンネルも開設し、ようやく編集を終えるころには日にちが変わっていた。

 時間帯が遅いと視てくれる人も少ないだろうと思い、投稿は明日することにした。

 バズる可能性が低いにしても、頑張って編集したんだから出来るだけたくさんの人に視てもらいたいと思った。

 もう寝ているとは思うが、一応彼女にも使えておこう。

 『動画出来上がったけど、この時間に投稿したら視る人少ないと思うから明日投稿するね』

 すると、待ち構えていたんじゃないかと思うほどに早く返信が来た。

 『えー。楽しみにしてたのに……』

 文面から彼女の落ち込んでいる姿が想像できた。

こんな時間まで楽しみに起きてたのだから、せめて完成した動画だけでも送ることにした。

 『これで我慢して』

 『わ! ありがとう!』

 『いいえ。じゃあ僕は寝るよ。おやすみ』

 『おやすみ! また明日ね!』

 ラインでもうるさく感じるほど彼女の文章は生き生きしていた。

 

  「お前昨日、宮園華と水族館デートしたんだって?」

 「え、何で知ってるの? てかデートじゃないし」

 昼休み、僕の唯一の友達の健太とご飯を食べている時だった。

 「いや、噂になってるぞ。見た人がいるって」

 「見間違いだって言っといてよ」

 「でも珍しいな。お前が女子と二人で出かけるなんて」

 「わけあってそうせざるを得ないんだよ」

 ふーん、と健太はにやけた面で僕を見ていた。

 「でも、あいつは良い奴だよ。中学の時三年間同じクラスだったからわかる。お前にはあいつが能天気に見えるかもしれないけど、ちゃんと周りのことが見えている」

 僕は中学の時、彼女と一度だけ話したことがある。

 

 中学三年のある放課後、僕は先生に頼まれて屋上のカギを施錠しに行こうと階段を上っていると、誰かが屋上のドアを開けて入っていくのが見えた。

 ――あの、もう屋上閉めます……けど。

 そこにいたのは宮園華だった。

 彼女が振り向くと、涙が頬を伝うのが見えた。

 ――え、どうしたの?

 ――あ、んーん、ちょっと友達と喧嘩しちゃってね。

 彼女は涙を流したままの顔で笑った。

 その笑顔が印象的だったこと以外はあまりよく覚えていない。

 

 「そうかな。自分勝手でわがままにしか見えなかったけど」

 「それはお前に気があるからじゃないか? わがまま言って、構ってほしいんだよきっと。二人で出かけることになったわけは聞かないけど、女の子にあんまり冷たくあたるなよ。女の子には優しくして、大事にしてやらないと」

 健太はとても女子から人気だ。中学のときから彼女がいない期間がほとんどないほどに恋愛経験が豊富。

 顔もいいし、運動も出来て頭もいいが、こういう女子が喜びそうなことを知っているからこそ彼女がすぐに出来るのだろうし、人気があるのだろう。

 「……僕には難しい」

 「まあ、そのうちわかるさ」

 放課後、バイトまで部室で作業をしようと思いパソコンに向かていると、部室のドアが勢いよく開き、聞き慣れたやかましい声がした。

 「浦田銀二はいるかー!」

 部員は五人と少ないが、それなりにわいわい盛り上がっていた。しかし、それをはるかに上回る声量で彼女は僕の名前を叫んだ。

 部室は一気に静まり返り、彼らは僕と彼女を交互に何回も見た。

 そりゃそうだ、学年一の美女が学年一の陰キャを呼びに来たのだから。

 ここで彼女と話すと周りからの視線が気になる。仕方なくパソコンをバッグに収め、部室を出た。

 「君の声は常にその音量で設定されているか?」

 うるさい、とストレートに言いたかったが、健太の言葉を教訓に少し遠回しに言ってみた。

 「元気な証拠じゃん。それより、早く撮影行こう」

 「君、昨日帰り際に僕が言ったの聞いてた?」

 「聞いたけどさー、毎日投稿したいじゃん? だから短くてもいいから、撮影しよ?」

 昨日が楽しかったせいか、撮影と聞いても嫌な気分にはならなかった。

 「はぁ。納品はその日のうちに澄ませば問題はない。作業は二時間くらいかかるから、暗くなったら帰るよ」

 「うん! やったあ!」

 彼女は満面の笑みを浮かべて喜んでいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る