切り裂きジャック

第20話

 フィルラシオの駅に到着した一行は、とりあえず街を散策してから宿へ向かうことになった。列車があのようなことになってしまい、鉄道会社が乗客の宿を融通してくれたのだ。

 代わりの列車を用意するまで、この街に滞在していてくれ、とのこと。


 駅から出て街を散策する中で、龍太はなんとなく違和感のようなものを感じた。


「なんか、あんまり活気がないな」

「出歩いている人も少ないわね」


 駅から通じてる街の大通りには、さまざまな露店が出ている。ただ、店員のいない店が圧倒的に多い。商品棚には布が被され、電気も消えている。少ないながらも開いている店にも客はおらず、とにかく人気の少ない街だった。


 そして大通りのさらに奥には、この国の城が見える。国力の差なのか、ノウム連邦の宮殿よりは小さい。


「この国は、商業が盛んなはずなんですよ。ノウム連邦まで行くには山を越えなければならないですし、大国同士の丁度境目にフィルラシオはドラグニアとノウム連邦の両方から商人が集まるんです」

「そうね、前にわたしが来た時は、もう少し活気のある街だったわ。他の国から来た商人も露店を出していたし、お客さんも色んな国の人がいたもの」


 それが今では、まるで正反対の街になっている。国を巻き込んでの事件があったのか、だがそれならノウム連邦にいる時、少しくらい話を聞いているはず。

 元の世界は割と高度な情報社会だったから、外国で大きな事件が起きてもその日のうちにはニュースになっていた。元の世界ほどではないとはいえ、この世界でもそれなりの技術力がある。魔導情報学、なんてのがあるくらいだし、ある程度のネットワークは構築されているだろう。


 あるいは、龍太たちが列車に乗っている一日の間に、なにかが起きたのか。


「我々が情報と行き違いになった恐れはあるな。この様子では、昨日今日起きたことでもなさそうだ。とりあえず宿を探すとして、そこで事情を聞いてみよう」


 ジンの言葉に頷き、鉄道会社が手配してくれた宿へ。駅からそう離れていないそこに辿り着くと、列車でも見た顔が何人か。

 その中には龍太とハクアの部屋を借りていた親子たちもいて、こちらに気づき互いに会釈する。子供たちも手を振ってきたので、ぎこちないながらも笑顔で応じた。


「随分と好かれたわね」

「子供の相手は苦手なんだけどな」


 ハクアの微笑みが照れ臭くて、苦笑混じりの返事になる。


 四人も受付を済まし、いつも通り部屋は三つ。当然龍太とハクアは同じ部屋。もはやそこについては何も言うまい。

 それから受付の男性に、この街について尋ねてみた。


「失礼、以前よりも街の活気がないように思えるが、なにかあったのか?」

「ああ、それがですね……」


 ジンが代表して尋ねたが、男性はどこか言いにくそうにしている。なんと伝えればいいのか分からないのか、視線もあちこちを彷徨っていた。


「俺はノウム連邦の魔導師ギルド、紅蓮の戦斧フレイムウォーのものだ。もしかしたら、なにか力になれるかもしれん」

「魔導師ギルドの方でしたか……でしたら……」


 魔導師ギルド、というのは随分な影響力を持っているらしい。その言葉が後押しとなって、男性は街の様子について話し始めた。


「実は、つい五日ほど前から、この街で連続殺人が起きているのです」

「なっ、殺人⁉︎」

「リュータ、声が大きいわ」


 驚いてつい大きな声を出してしまった。物騒な単語に、先程の親子たちがなにごとかとこちらを見ている。

 ただ、親は事情を聞いているのか、見渡した中にいる人たちは不安を帯びた表情だ。


「悪い……」

「連続、とは穏やかじゃないですねえ。五日前ならまだノウム連邦にいましたけど、他国には知らせていないんですか?」

「王のご判断で、国内だけで処理するよう命令をお出しになられたようです。ただ、既に五人亡くなっています。そろそろ他国にも知られるころかと」


 一日に一人。かなりやばいペースだ。元の世界と違い、こちらの世界では殺人という言葉が容易になる。魔導の力を利用すれば、人なんて簡単に殺せてしまう。だからこそこのハイペース。


 ひとまずは割り当てられた部屋に向かい、それぞれ荷物を置いてから、龍太たちの部屋に再集合した。

 思いの外に大きな事件の真っ只中で、それぞれの表情は暗い。


「連続殺人と来たか……それも、他国に知らせていないとはな」

「あの王ならやりかねないわね」

「ハクアは知ってるのか? この国の王様のこと」

「ええ、この国の遺跡調査のために、一度謁見したことがあるわ」


 第十五代フィルラシオ国王は、王家の熾烈な後継者争いを勝ち抜いた末、玉座を手にしたらしい。権謀術数に長け、プライドが高い好色家。しかし内政や商売の才能があり、城の中でも嫌われていながら、王としての責務も果たす上にスペックはそれなりに高いから、誰も何も言えない。


 プライドの高さゆえに、今回も早急に事態の対処に当たれると考えたのだろう。そして、彼にはそれだけの力があった。

 しかし実際にはどうか。未だ事件は解決せず、城下の人々は不安に怯えて街からは活気が消え失せた。


「好色家ってことは、白龍様のことも下心マシマシで見てたに違いないですねぇ」

「そうでもなかったわよ? さすが一国の王とだけあって、わたしのことは知っていたみたいだし。面倒ごとはさっさと終わらせたいって感じだったわ」


 それは良かった。事と次第によっては、王様だろうがなんだろうが、ぶん殴りたくなるところだった。


「それで、どうするリュウタ? 代わりの列車が用意できるのは明後日、それまではこの街にいるわけだが」

「当然、その連続殺人犯を探すに決まってる。そんなやつはぶっ飛ばしてやるよ」

「そう言うと思ったわ」


 なんと答えるのかわかっていたのか、ハクアもジンも、満足そうに笑顔で頷いている。ヒスイに至っては、龍太がどう言おうと巻き込まれに行くつもりだったのか、なんなら龍太よりもやる気だった。


「それじゃあたしは、早速街の人たちに聞き込みしてきますね! 夜までには戻ります!」


 言うが早いか、ヒスイは部屋を出て行く。彼女の調査能力に任せておけば、とりあえずはある程度の情報が出揃うだろう。

 さてでは、残された三人はどうするか。


「俺たちも、街を見て回ってみるか」

「そうだな。夜までただ待つよりも、実際に足を運んでみた方がいいだろう」


 ヒスイに遅れる形で、三人も部屋を出て街へ繰り出すことになった。


 フィルラシオはそこまで大きな国ではなく、まともな街も城下のここくらいなのだそうだ。あとは小規模な村が点在していて、しかしヒスイが言っていた通り、元は商業が盛んな国である。

 ドラグニアとノウムを結ぶ物流の要でもあるが、同時にこの国の近衛騎士たちは、大国にも見劣りしない練度を誇るのだとか。


 そんな国をして、連続殺人犯が五日経っても捕まらない。犯人はただならぬ相手とみた方がいいだろう。


 宿を出た龍太たちは、ひとまず空いている露店の店主に話を聞いてみることにした。丁度お昼時なこともあり、売っていた串焼き肉を注文して、店の前のベンチに腰掛ける。


「小さい街なのに、連続殺人なんて物騒な話だよなぁ。お陰でこっちは商売上がったりだよ」

「事件が起きたのは夜ってわけじゃないんすか?」

「さて、俺もそこまでは知らないな。死体が見つかるのは毎度昼間のことだし、だからこの時間でも他の店は閉まってるんだ。夜に殺されてるとは限らないからさ」

「城から事件について発表されてないのかしら?」

「されないされない。今の国王はプライドが高いし、無闇に公表すれば他国の、それこそ巫女やギルドの介入があるかもだろ? それが嫌なんだろ」


 残念ながら、ここにギルドの魔導師がいるのだが。この様子だと言わない方が良さそうだ。


「なんでも、死体はみんな腰のあたりを真っ二つに斬られてたらしい。傷口は驚くほど綺麗なんだとよ」

「よく知ってるわね。城から公表されてるわけでもないのに」

「お喋りな兵隊さんがいるからな。噂ってのは、それだけですぐに広まるもんだ」


 なるほど、城から公な発表がないにも関わらず、住民たちが過度に出歩かないのはそれが理由か。


 住民たちからすると、殺人が起きているのは明らかなのに城からの発表がなく、しかも五日間毎日死体が出ている。

 なにか大きな事件が、国を揺るがすほどのことが起きているのでは、と疑い、不安になってしまうのも当然だ。


「てことは、犯人についても?」

「そっちはさっぱりらしい。被害者の共通点は女性ってだけだし、目撃者は殺されたやつだけ。当然殺されてるんだから、誰も分からない。死人に口なし、ってな」


 手がかりは、殺害方法だけというわけか。

 腰からバッサリと、真っ二つに。しかも傷口は驚くほど綺麗だと。そんな芸当ができるのは、相当腕の立つ魔導師だけだろう。


 まさかルーサーが、と仮面の奥に秘められた女性の顔が思い浮かぶけど。彼女はまさしく昨日、龍太と列車の上で戦っていた。この町で事件を起こす暇なんてない。


「ただ、犯人についても噂があってな。なんでも、スペリオルってやつらの仕業じゃねえのかって」

「スペリオルの?」

「詳しく聞かせてもらえるかしら」

「いや、これは出所もわからない、本当に単なる噂だぞ? こんなに大きな事件を起こすなら、それなりに有名なやつらじゃねえかって誰かが言い出して、最近ならスペリオルが国際的に有名だし、それで噂になってるんだよ」


 たしか、スペリオルは以前に龍の巫女たちが大規模な討伐作戦を立てたのだったか。それでも未だに、各地でテロ行為が相次いでいる。その話はこの国にも伝わっているだろうし、龍太以外にもやつらの目的はあるかもしれない。


 串焼きを食べ終わった三人は、店主から事件の起きた場所をひとつ聞き出して、そこへ向かうことにした。


 大通りから離れた路地裏。昼であっても薄暗く、気味の悪い雰囲気を醸し出すそこは、たしかに辻斬りが現れそうだ。


「異世界の切り裂きジャックか……」

「なんだそれは?」

「俺のいた世界で有名な、連続殺人犯だよ。ていっても大昔の話だし、俺の住んで国の話でもないけどな」


 被害者の共通点は、全員女性だということだけ。被害者同士が知り合いというわけでもなく、事件現場すらそれなりに離れた場所らしい。今三人がいるのも、串焼き屋から一番近かったというだけで、二日目の殺人が行われた場所だ。


「もし本当にスペリオルの仕業だとして、連中の狙いはなんなんだ?」

「今回は、明らかにリュータは関係ないものね。あなたの身柄以外にも、スペリオルには目的がある。連続殺人はその一環ということかしら」

「人の魂を捧げる禁術などが考えられるな。そうなると、少し解決を急いだ方がいいかもしれない」


 あまりに物騒なジンの予想。禁術とやらが具体的にどんなものかはよく知らないが、それでも言葉の響きから、相当ヤバいものだとは分かる。


 なんにせよ、犯人は早くとっ捕まえなければ。これ以上の被害者を出さないうちに。


「探偵の真似事ならばやめておけ」


 不意に、別の誰かの声が響いた。

 反射的に三人ともが戦闘態勢に入る。龍太とジンが剣を抜き、ハクアがライフルの銃口をそこへ向けた。


 路地裏の入り口付近に立っていたのは、壊したはずの仮面を再びつけた、しかし今となってはその姿がはっきりと見える、背の高い女性。ルーサーだ。


「ルーサー……!」

「ついさっき逃げたばかりなのに、また来たのね。今度はなんの用かしら?」


 身長は龍太よりも高い。百七十半ばほどだろうか。スレンダーなモデル体型は、黒いマントに覆われている。

 なにより目を引くのは、長く伸びた美しい黒髪だ。


 彼女は腰の鞘から刀を抜くこともなく、こちらに忠告じみた言葉を告げる。


「貴様らが介入しても、後悔するだけだ。さっさとドラグニアへ向かうのだな」

「それが出来たら苦労しねえんだよ」

「ふむ、列車は運行停止となったのだったか。ならば我が転移で送ってやろうか?」

「舐めてんのかテメェ!」

「落ち着けリュータ」


 今にも飛びかかりそうな龍太を、ジンが肩を掴んで諌める。

 代わりに一歩前へ踏み出して、ジンは臆することなく敗北者の女へと問いかけた。


「どういうつもりだ、ルーサー。お前はリュウタの命を狙っているのだろう? なぜこの場で剣を抜かない」

「さて、何故だろうな。ただひとつ言えるのは、貴様らが探偵ごっこに興じているのが、我には我慢ならんのだよ」


 余計に意味がわからない。龍太たちは、本気でこの連続殺人事件を解決しようと、その犯人を捕まえようとしている。

 それを言うに事欠いて、探偵ごっこなどと馬鹿にされるとは。


「この国の人たちは、今も殺人犯に怯えてるんだぞ。それを放っておけるわけねぇだろ」

「その正義感は結構だが、貴様らの望まぬ結末が待っているかもしれんぞ?」

「なんだろうが関係ねえ。俺が望もうが望むまいが、この国が平和になるってんなら、それこそ望むところだ」

「それでもまだ邪魔をすると言うのなら、あなたのその仮面、もう一度壊してあげるわよ」


 薄暗い路地裏に、舌打ちが響く。

 仮面の奥にある表情は窺い知れないが、苛立っているような気配は感じる。


「忠告はした、あとは好きにすればいい」


 それだけ言い残し、ルーサーはどこかへ姿を消した。

 結局なんだったのかはよく分からないが、戦闘にならなくて一安心だ。それぞれ得物を納めて、顔を見合わせる。


「なにが目的なんだよ、あいつ」

「案外、リュウタのことを心配しているのかもしれないぞ?」

「それだけはねえよ」


 仮面の奥に秘められた、あの綺麗な顔を思い浮かべる。どこかで見た覚えのある女性だったが、まるで思い出せない。

 本当に龍太が忘れているだけで、実は知り合いという可能性もないわけではないが、あくまでも可能性の話だ。ルーサーがこちらに敵意と殺意を向けているのは、紛れもなく事実なのだから。


「あれ? みなさんこんなところでなにしてるんですか?」


 そろそろ宿に戻ろうかと思っていたら、今度はヒスイが路地裏にやってきた。メモ帳とペンを手に持ち、てくてくとこちらに駆け寄ってくる。見てみれば、メモ帳には既にビッシリと事件について書き込まれていた。


「おお、ヒスイ。俺たちも街の人から話を聞いてな。ここは第二の事件の現場だと言うから、一度来てみたんだ」

「なるほど、まあ宿から一番近い現場はここみたいですし、自然と集まっちゃいますよね。それよりも聞いてくださいよ! とんでもない情報をゲットしましたよ!」


 どうやら早速、有力な情報を手に入れたらしい。さすがはフリーのジャーナリスト。

 コホン、とひとつ咳払いをしてから、ヒスイがメモ帳に書いた内容を読み上げる。


「殺されたのは五人の女性とのことなんですけど、どうやら五人とも、死体を遺族に見せていないみたいなんです」

「遺族の方たちが拒んだわけではないのよね?」

「はい、むしろ城に抗議してるくらいでして。でも城は頑なに認めないから、死体が残ってないんじゃないか、とか、実は王家にとって都合の悪いことが起きてるんじゃないか、とか、色々噂されてるみたいですよ」


 誰かからの証言に基づく噂ではなく、完全に自然発生した噂。尾ひれがつきまくった挙句、住人たちの不安はさらに煽られる。

 もしこれを狙ってやっているのなら、相手は相当に陰湿なやつだ。


 今の王様は嫌われている、みたいなことをハクアが言っていたし、それも噂に拍車をかけているのかもしれない。


「それで、犯人についてはどうだ? こっちで当たってみても、これと言った目撃情報がないらしいんだよ」

「それはあたしの方でも同じでしたねぇ。目撃者は亡くなった女性たちだけで、どうやら五人とも、こういう裏路地で殺されているみたいです。こんなところに自分から入るとは思えませんし、魔導が絡んでるのは間違い無いと思いますよ」


 ヒスイの言う通り、この路地裏は人の気配が全くしない。近くに飲み屋があって酔っ払いが迷い込むのなら、まだあり得るだろうが。この近くにそんな店はないし、そもそも現在この街の住人たちは、迂闊に出歩かない。

 連続殺人犯に怯えて、どこから流れてきたのかも分からない噂で不安を煽られて。そんな中でも外を出歩くのは、龍太たちのような事情の知らない旅行客か、城の騎士たちか。あるいは、よほどの怖いもの知らずだろう。


「それからこれは、騎士の方に聞いたことなんですけど」

「そんなとこにまで聞き込みに行ったのか……」

「詰所が割と近かったもので」


 この短時間でよくもまあ、そこまでの情報を得られたものだ。コーラルに比べると小さな城下街と言っても、それなりの広さはある。多分、背負ってるホウキで飛び回っていたのだろう。龍太たちと出会った時みたいに、追突事故を起こさないか心配だ。


「それでですね、どうやら最近、夜中に城で怪しい人間を見たって報告が、近衛騎士の間で相次いでるらしいんですよ」

「夜中の城で?」

「いよいよきな臭くなってきたわね」

「噂も強ち嘘ではない、ということか」

「いや、城の方はこの際置いとこうぜ。まずは犯人をどうするかだろ」

「リュウタさんならそういうと思って、今夜犯行が行われそうな場所をピックアップしてきましたよ!」


 どこから調達してきたのか、ヒスイが街の地図を広げて地面に置く。この街はおおよそ台形のようになっていて、城の方、つまり街の奥へ行くに連れて横幅が狭くなっている。反対に、駅が街の端にあり、そちらの横幅は広い。

 地図に記されている五つのばつ印は、犯行現場を示しているのだろう。そのうちの一つを指差して、ヒスイが説明を始める。


「まずはここが、今あたしたちのいる場所です。二日目の犯行現場ですね。で、一日目がここで、三日目、四日目、五日目の犯行現場になってます」


 順番になぞっていくが、これと言った法則性が見当たらない。しかし一方で、ハクアは目を瞠って驚いている。


「これは……ジンの予想が当たったわね」

「なに? 本当に禁術を持ち出してきたのか?」


 人の魂を禁術の触媒に。そう言ったのはジンだが、その彼でも分からないようなものなのだろうか。


「禁術なんて生やさしいものじゃないわ。失われた古代文明の術よ、これ。ヒスイ、あなたよく分かったわね」

「えへへ、昔なにかの本で読んだことがありまして」


 褒められて嬉しいのか、はにかんで笑むヒスイ。ハクアは地図のばつ印を、白く細い指でゆっくりとなぞりながら、古代文明の術とやらについて説明する。


「この術の根幹自体は、とても簡単なものよ。文字を描いて、その文字に込められた意味を術として具現化させる。リュータのいた世界にはルーン魔術というものがあるのだけれど、聞いたことはある?」

「まあ、名前くらいはな。漫画とかでたまに見たことある」

「原理はそれと同じなの。アオイが特に得意としている魔術でもいるわ。ただ今回は、術の規模が違いすぎるのよ。普通は魔術的な意味を持った文字に魔力を通して、魔法陣の展開や術式の構成を省略できる術なのだけれど、今回は文字の描き方に問題がある」

「人の魂を触媒に、というわけだな」

「ええ。現在五箇所、そして六箇所目で殺した女性の魂を捧げれば、街全体を覆う巨大な文字が浮かび上がって、術が完成するわ」


 説明を終えると共に、ハクアの指も止まる。そこは路地裏なんかじゃなく、ましてや街の大通りというわけでもない。


 龍太たちが泊まる宿屋だ。


「この文字の意味は?」


 尋ねたジンの声は逼迫している。魔導師として、ことの重大さに気づいているのだ。

 そしてハクアは、一拍置いて、ことさら重苦しい声で答えた。


「破壊。この上なくシンプルで、だからこそ効果が絶大な文字。急ぎましょう、犯人はもう宿屋の中にいるかもしれない」

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