第21話

 ヒスイの仕入れた情報と、ハクアの知識をもとに、次の犯行現場を知った一行は、宿屋へと急ぐ。

 路地裏を飛び出して人気のない大通りを走り、ついに宿屋が目視できる場所までやってきたのだが。


「きゅー!」


 エルが警戒の声を挙げて、龍太たちは足を止める。

 視線を向けた道の先には、見覚えのある男が立っていた。


「おっと、ここから先は通行止めですよ」

「フェニックス!」


 高級な身なりに、眼鏡をかけたオールバックの男。三度目の遭遇となるスカーデッド、フェニックスだ。背後には何体もの量産型兵士、ダストを連れている。


「やっぱりテメェら仕業かよ!」

「ええ、勿論です。これは我々スペリオルにとって、非常に重要な任務でして。邪魔をされるわけにはいかないんですよ」

「人類の変革なんて言いながら、結局やってることは大量殺人。化けの皮が剥がれたわね、スペリオル」

「それは違いますよ、白き龍。人類全体の未来を思えば、小国の一つ滅んだところで、それは小さな犠牲にすぎない。大を生かすために小を殺す、それが正義というものでしょう?」

「本気で言ってんのかよッ……!」


 忌々しげに呟きながら、龍太は理解していた。こいつは断じて正気だ。本当にそれが正しいと思っている。

 大を生かすために小を殺す。

 ある側面から見れば、それもまた正しいのかもしれないけど。それでもこいつらが今からやろうとしていることは、単なる大量殺人に過ぎない。一方的な正しさを押し付け、罪のない人々を切り捨てるだけの、この上なく愚かな行為だ。


「そういうわけです。この世界に生きる人類の未来のために、あなたの身柄も拘束させてもらいますよ、アカギリュウタ」

「来るぞ!」

「ヒスイは下がっていろ!」


 それぞれが得物を抜き、戦闘態勢に入った、次の瞬間。龍太たちとフェニックスの間に、黒い影が躍り出た。


 つい先程路地裏に現れたばかりの、仮面を被った敗北者の女性。


「随分な大口を叩いたな、スペリオル。貴様らのその思想が正しいかどうか、我が選定してやろう」

「ルーサー……やはり現れましたか」


 腰の刀ではなく、その手に黄金の輝きを帯びた剣を持ち、その切先をフェニックスへと向けるルーサー。

 突然かつ予想外の乱入者に、龍太は困惑する一方だ。


「なんでルーサーが……!」

「先に行け、赤城龍太。今だけは手を貸してやる。貴様の手で解決すると決めたのなら、その結末まで見届けて来い」

「何様のつもりだよ」


 悪態を吐きつつも、ルーサーがフェニックスの足止めをしてくれるのなら、利用するしかない。

 あの不死鳥には一度勝っているとは言え、あの時もギリギリだったし、相手が素直に引いてくれたのもある。次に戦えば、勝率は五分と言ったところだろう。


「リュータ、ここは彼女に任せましょう。目的はなんであれ、彼女も事件の解決を望んでいるみたいだし」

「そうだな……おいルーサー! この借りは絶対返すからな!」


 ルーサーとフェニックス、二人の間を通り抜けて、宿屋までの道を急ぐ。邪魔をされなかったのは、フェニックスも目の前の相手から注意を逸らせないからだろう。

 実際に二度戦った龍太ならよく分かる。あの仮面の敗北者を相手にするなら、目を逸らしている暇なんてひとつもない。


 再び走り出した一行は、五分と経たないうちに宿屋へとたどり着いた。しかし、目に見えて異変が起きているわけではない。宿泊客が慌てて逃げ惑っていたり、悲鳴が聞こえたり、そういった様子は見受けられないのだ。


「まだ犯人は来てないのか……?」

「いや、フェニックスがあの場にいた以上、そう遠くないうちに犯行に及ぶはずだ。どこかに潜んでいると見ていい」


 犯人が既にこの場へ来ているからこそ、フェニックスは龍太たちの足止めをしようとしていたのだ。だから、犯人は既にこの場にいなければおかしい。


 一階のロビーを見渡してみるが、怪しそうな人物はいない。そもそもスカーデッドは、カートリッジを使う前は人と同じ姿をしているのだ。その状態では見分けがつかず、列車ではそれで不覚をとった。


「きゅー! きゅー!」


 不意に、エルが鳴き声を挙げる。小さな黒龍が見つめる先は、たった今入り口からやって来た二人組の男性。

 二人とも黒い制服のようなものを着用していて、情報通のヒスイに視線で尋ねてみる。


「あれは、近衛騎士の制服ですね。こんな場所に来るような人たちじゃないはずです」

「騎士に化けたスカーデッド、ってことか……?」

「いえ、魔力は人間のものよ。マンティスがカメレオンのカートリッジを使っていたし、同じ要領で誤魔化している可能性もあるけれど……」


 注意深くその二人を観察していると、二人のうち片方が、いきなり抜剣した。突然のことにギョッとする龍太は、しかし次の彼らの言葉で更に驚いてしまう。


「ここにハクアと名乗るドラゴンはいるか!」

「捕縛せよと王からのご命令だ! 抵抗する場合は、この場で斬り捨ててもよいとのこと!」

「まさかあいつら……!」


 最後の一人を、ハクアにするつもりだ。

 全て封印されているとはいえ、ハクアは大きな力を持っている。長く生きていることもあり、その魂は人間の女性よりも有用なのだろう。


 ロビーにいる宿泊客やスタッフたちは、突然の出来事に固まって動けないでいる。龍太も同じだ。まさかこんな、真正面から来るとは思わなかった。

 果たしてどう動くべきか。ここで龍太たちも剣を抜けば、この場にいる無関係の人たちの巻き添えは避けられない。だが、素直にハクアの身柄を差し出すわけにもいかない。


 どうするべきかと思案する中、最初に動いたのはジンだった。


「フィルラシオの近衛騎士だな? 俺はノウム連邦の魔導師ギルド、紅蓮の戦斧フレイムウォーのジンだ。この街で連続殺人が起きているとのことだが、その件と関係があるのか?」

「魔導師ギルドだと?」

「いくらギルドの魔導師とはいえ、これは我が国の問題だ。貴様の出る幕ではない」

「ふむ、俺はこの件、クローディア様に報告するつもりはなかったのだがな。しかし、フィルラシオが自力で解決できないどころか、巫女の友人でありドラグニアの考古学者でもあるハクアにまで危害を加えようというのならば、黙って見ているわけにもいかない」


 巫女の友人であり、ドラグニアの考古学者。その言葉に押し黙る近衛騎士の二人。後者は微妙に違うのだが、そんなこと相手が知る由もない。

 そこまでの重要人物だとは思わなかったのか、騎士二人は狼狽えた様子だ。


 ここでハクアを捕らえる、あるいは斬り捨てることは、それすなわちドラグニアや龍の巫女に喧嘩を売ることと同義である。

 フィルラシオは近衛騎士の練度が高いことでも有名だが、さすがに大国を相手にまともな戦争ができるわけがない。


「かくなる上は……!」

「後悔するなよ、魔導師!」


 二人の近衛騎士が取った選択は、龍太でも最悪のものだと理解できるものだった。


 抜いた剣を振りかぶり、ジンに斬りかかる。しかし二人を相手にしても鎧の魔導師は狼狽えず、冷静に攻撃を躱し、一人の鳩尾に拳を撃ち込み、その体をもう一人に投げつけた。

 トドメとばかりに重力魔術で体を地面に縫い付け、動きを封じる。


「練度の高さで有名なフィルラシオの近衛騎士も、蓋を開けてみればこの程度か」

「貴様ッ……!」

「我々に手を出して、ただで済むと思うなよ!」


 なんとも小物らしいセリフだ。ジンの魔術で拘束されている以上、生殺与奪を握られていると分かってるのだろうか。

 そうはしないだろうが、ジンはこのまま重力でペシャンコに押し潰すことだってできるはずだ。


「なあハクア、本当にこいつらが犯人なのか? ハクアのことを捕まえるつもりだったみたいだけど、捕まえるだけなら古代の魔術ってのは発動しないだろ」

「あくまでも建前じゃないかしら。わたしたちが抵抗するのを見越してるから、そう宣言しただけだと思うわ」

「でも、本当にこいつらが犯人なんだったら……」


 今回の連続殺人は、スカーデッドではなく人間の仕業。それも裏で、国王が絡んでいることになってしまう。


 ジンが事件について質問しているが、男二人は口を割る気配がない。重力に押し潰されても、だんまりを決め込んだままだ。


「この二人の実力がどうであれ、近衛騎士ほどにもなれば人体の切断くらいできてもおかしくないわ。国がスペリオルと繋がっているなら、話の筋は通る」

「自分の国を破壊しようとしてたってことか⁉︎」

「そうなってしまうわね……」


 連続殺人も、古代の魔術も、全てはこの国のマッチポンプということになってしまう。信じ難い話ではあるが、この二人が犯人と仮定するなら、そうとしか考えられないのだ。


「なるほど、そうなると夜中の城で不審人物を目撃したっていうのも、ここで繋がってくるわけですね」

「ええ、恐らくはスペリオルのやつらでしょうね。なんのためかは知らないけれど」


 ルーサーの言っていた、介入しても後悔する、とはこの事だったのか。

 悔しいが奴の言う通りだ。できれば、こんな真実は知りたくなかった。もっと分かりやすい悪がいて、そいつを倒して終わりだと、そう単純に考えていた。


 これまでは路地裏での犯行だったため、近衛騎士の存在は明るみに出なかったのだろう。だが今回犯行に及ぶ場所は、公の場所だ。逆に近衛騎士の立場を利用して現れたのだろうが、残念なことにそこから龍太たちは真実に迫ってしまった。


「どうする、リュータ? このまま介入を続けるなら、この国のトップとぶつかることは避けられないわ。余計な面倒ごとを抱えることになるわよ?」

「分かってるよ、それくらい」


 そんな余裕があるのかと聞かれれば、首を横に振る。けれど、一度首を突っ込んでしまったのだ。困っている人たちが目の前にいて、実際に死者まで出てしまっているのだ。

 それを見て見ぬ振りして、ここで逃げ出すなんてこと、ヒーローとして断じて許されない。


「でも、この国の王様を、一発ぶん殴ってやらないと気が済まねえな」

「そう言うと思ったわ」

「きゅー!」


 嬉しそうに頷くハクアと、自分もやる気満々だと言わんばかりのエル。

 例え国を相手取ることになってしまっても、正義のヒーローとして、やることは決まっている。


「ハクア、とりあえずルーサーのところに戻ろう。ジンとヒスイとエルはここにいて、そいつらを見張っててくれ」

「よし、任せておけ」

「リュウタさん、白龍様、ご武運を祈ってますね!」

「きゅー!」


 早速になってしまうが、まずはあのいけ好かない仮面女に、借りを返しに行くとしよう。



 ◆



「あなたはアカギリュウタの命を狙っていると聞いていたのですが、どういう風の吹き回しでしょうか?」

「やつの命はいつでも奪える。それよりも今は、貴様らの排除が最優先。そう考えたまでだ」


 龍太たちを先に行かせたルーサーは、大通りのど真ん中でフェニックスと睨み合っていた。だだでさえ少なかった通行人は、二人のお陰で全員どこかへと逃げてしまい、今や人っ子一人見当たらない。


 フェニックスが控えさせていたダストも、つい今しがたルーサーがあっという間に壊滅させた。その手に握る、黄金の剣によって。


「まあいいでしょう。あなたとはいずれぶつかると思っていましたから。それが予定より、少々早まっただけのこと。不確定要素はここで排除しておくとしましょう」

『Reload Phoenix』


 機械の腕が変形、展開し、そこに紅いカートリッジが装填される。男の体を真紅の球体が包み込み、それがドロドロと溶けて中から炎を纏った不死鳥が現れた。


 スカーデッド、フェニックス。

 赤城龍太がこの世界に来て初めて遭遇したスカーデッドであり、スペリオルの中でもそれなりに地位の高い個体。実力も相応のものを持っている。


「ルーサー、あなたのことは調べさせてもらいましたよ。我らの王が幾度となく苦渋を飲まされた、異世界の魔導師。その筆頭であると」

「赤き龍め、やはり端末の情報は拾っていたか。全て殺したはずなのだがな」

「取り分け厄介なのが、魔眼でしたか。その剣はあなたが使っていたものではないはずですが、異世界でなにかあったのですか?」


 挑発するような声に応えたのは、黄金の斬撃だった。

 ルーサーが無造作に振るった剣から迸り、不死鳥の体を容易く呑み込んでしまう。


「おっと、逆鱗に触れてしまいましたか」

「よくもまあ、そのような口を叩けるものだ……貴様らの王とやらがいなければ……!」


 しかし離脱していたのか、フェニックスは上空で羽ばたいている。怒気を露わにしたルーサーは何度も剣を振るい、そのたびに濃密な魔力が黄金の斬撃となって、フェニックスへと襲いかかった。

 巧みな空中起動で躱す不死鳥。その頭上に転移したルーサーが、黄金の剣を振りかぶっている。


「集え! 我は裂き断つ者! 万物万象悉くを斬り伏せ、命を刈り取る者!」


 詠唱が終わると同時、剣が振り下ろされる。冷静に攻撃を見極めて避けるフェニックス。躱し切ったと、そう認識したはずがしかし、ルーサーの剣は不死鳥の右翼を斬り落としていた。


「ぐあぁぁッ!」

「エクスカリバーに概念強化の重ねがけだ。勝手な正義を騙る貴様にはよく効くだろう」


 ルーサーの動きは、物理的にあり得ない挙動だった。体への負担を考えれば、決してなし得ない動き。概念強化とやらがなにか、フェニックスは知らない。しかしそれでも、なにかマズいものであることは分かる。

 そもそもがルーサーは異世界人だ。やつの使う魔術式は、この世界に住むフェニックスには解読不可能。


 持ち前の再生力で翼を再生しながら、フェニックスは仮面の女性から距離を取る。

 だが、ルーサーはその隙を見逃さない。及び腰になったその一瞬を。


「さて、不死鳥擬きはこの一撃を受けても、まだ再生できるかな?」

「一体なにを……⁉︎」


 黄金の輝きが増す。

 その剣は、ルーサーや龍太がいた世界では伝説に語られる聖剣だ。

 ブリテンの王を選定した、伝説の剣。

 その力は、正しい者の手によって初めて十全に使われる。

 悪を選定し、裁く、正義の剣。


選定せよ、黄金の聖剣エクスカリバーァァァァ!!!」


 極光が、空へ伸びた。

 黄金を帯びた光の奔流は、悪を断罪するため、天を貫き雲を割る。


 やがて光が晴れた時、ルーサーは仮面の奥で舌打ちをひとつ。手応えがなかった。寸前でどこかに逃げられたか。

 しかし、収穫もある。スペリオルの幹部と思わしき男、フェニックスの戦力を知れたのは大きい。とは言え、ルーサーからすれば雑魚同然だったが。


「なんだよ、今の光……」


 突如聞こえた第三者の声に振り返ると、そこにはルーサーが命を狙う少年、赤城龍太が立っていた。隣には白き龍、ハクアも立っている。


 ルーサーにとっては憎むべき相手で、桐生朱音にとっては……。


「ルーサー、あんたの仕業か? フェニックスはどうした?」

「いかにも、我の攻撃によるものだがな。生憎とあの不死鳥は取り逃した。逃げ足だけは早いようだ」

「……なら、その剣はなんだよ。なんでお前が、それを持ってるんだ」


 予想外の質問に、ルーサーの言葉が僅かに詰まる。

 この黄金の聖剣は彼女のものではなく、本来の担い手は別にいる。ルーサーが使う多くの力と同じく、借り物の一つに過ぎない。


 当然ながら、彼の前で使ったことなど一度もなく、見るのも初めてのはずだ。


「質問の意図がわからんな。この剣は借り物だ、我のものではない。なぜこいつに興味を示す?」

「……ッ」


 純粋な疑問をぶつけてみれば、今度は彼の方が答えに窮する様子だった。なんと答えるべきか、言葉を探している、と言ったところか。

 ルーサーとしても気になるが、そこまで拘泥すべきものでもない。返答がないのを見て取り、話題を変えた。


「それより、その様子だと事件の真相を知ったようだな。これから貴様はどうするつもりだ?」

「決まってんだろ、こんなバカな真似は辞めさせる。なにが目的かは知らねえけど、自分の国を壊そうとするなんて、それで多くの人が犠牲になるなんて、間違ってる」


 予想通りの答え。愚直なほどの正しさは眩しいくらいで、言葉を重ねたところで彼が止まらないのは明らか。

 いや、ここまで首を突っ込んでしまえば、止めることも無意味か。


「いいだろう、ならばついて来い。貴様に、今以上の真実を知る覚悟があるならな」


 踵を返し、大通りの奥へと足を向ける。


 私はなにをしているんだ、彼は憎むべき敵だろう。この仮面を再びつけたその時から、もう一度復讐者として生きると誓っただろう。


 そんな思考が過ぎるけど、同時に、丈瑠やアーサーの言葉も忘れられない。

 本当は、赤城龍太はなにも悪くない。復讐するべき相手は、もっと別にいる。


 ああ、分かっている。納得はできずとも、理解はしている。

 だから確かめる。この少年が、なんのために戦っているのかを。

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