第18話

 バハムートセイバーがルーサーと遭遇する、少し前。車内での異変を察知したジンとヒスイは、レストランになっている隣の車両へと急いで駆け込んだ。

 広がっているのは阿鼻叫喚の地獄絵図。何人かが黄緑の泡のようななにかに覆われていて、そこからカマキリの幼虫が生まれ落ちる。周囲の人たちに襲いかかり、乗客は我先にと逃げ惑っていた。


「リュウタたちが言っていた魔物か!」

「ひえぇぇ気持ち悪いですぅぅ!!」


 背負った大剣を抜こうとしたジンだが、思いとどまる。こんなところで、巨漢なジンの身の丈以上もある大剣は使えない。


「ヒスイ、乗客の避難誘導は任せたぞ! ある程度なら俺たちの部屋にも入るだろう!」

「入らなかった人はどうするんですか⁉︎」

「他の部屋を貸してもらえ!」


 後脚で跳躍し、乗客たちに襲いかかろうとするカマキリの幼虫を、拳で叩き落とす。ぐちゃ、と嫌な感触と音がして、ジンは顔を顰めた。こんなことなら、小振りの剣を一本くらいは持っておくのだった。


 龍太とハクアの報告通り、あの卵は人間を苗床とし、その魔力を養分としている。カマキリは一つの卵に何千匹もの幼虫がいると聞いたことがあるが、相手は普通のカマキリじゃない。

 魔物、それも恐らく、スペリオルの刺客であるスカーデッドが生み出した。


 何千匹と生まれることはないだろうが、それでも数が多い。その上、幼虫のくせに力も強い。苗床にされた人間は、命尽きるまで魔力を吸い尽くされるだろう。


紅蓮の戦斧フレイムウォーの魔導師として、リュウタの友人として、看過するわけにはいかんな!」


 乗客全員がこの車両から避難したのを確認すると、ジンは扉の前で不敵な笑みを見せる。この狭い中だと大剣は使えず、得意な重力魔術も列車の運行を妨げる恐れがある。

 だが彼にとって、それらはハンデとなり得ない。なぜならジンが持つ最大の武器は、強靭な肉体を更に磨いて手に入れた、この筋肉マッスルに他ならないのだから。


「ぬうん!」


 拳を一振りするだけで、数匹の幼虫の体が粉々に砕け散る。発生した風が軽い体を吹き飛ばし、何体かは窓を割って列車の外に。

 そうして生まれた空隙に、ジンは前へと一歩踏み出した。龍太から聞いた通りなら、苗床とされた人たちは簡単に引っ張り出せるはず。一番近い卵まで肉薄し、その中へ手を突っ込もうとして。


「なにっ、防壁だと⁉︎」


 突如現れた幾何学模様に阻まれた。

 卵自体が意思を持っているのか、それともスカーデッドが事前に仕込んでいたものなのか。

 いや、この際どちらでもいいか。 


「我が筋肉の前に、半端な防壁など無意味!」


 拳を強く握りしめ、魔力による強化すら必要とせず。

 再び撃ち込まれたジンの右腕が、容易く防壁を打ち砕く。勢いそのままに卵の中へ手を突っ込み、囚われていた女性を引っ張り出した。まずは一人。残る卵はあと二つ。


 ここからは難易度が増してしまう。救い出した人を庇いながら戦わなければならないのだから。無理に前へ出ることもできず、かと言っていつまでも打って出ないままだったら、カマキリは増殖する一方。果てには苗床となった人たちの魔力を吸い尽くしてしまう。


「やはり、クレナがいてくれなければキツイな」


 乾いた笑みを漏らし、今はまだコーラルの龍恵院で眠っている、頼もしいパートナーの顔を頭に浮かべた。

 細かい作戦を考えるのはクレナの役割、ジンはその作戦を信じて、ただ自分の全力を発揮する。


 だがパートナーたる彼女はここにいない。自分一人だけでも友の力になると、そう決意してギルドを飛び出したのだ。

 龍太たちは今頃スカーデッドと戦っているはず。ジンのことを信じて、こちらを任せてくれている。ならばその信頼を裏切るような真似はするまい。


 両手の拳を握り直し、再びカマキリの幼虫を殴り倒していく。背後に寝かせた女性を庇いながら戦い、少しずつ、少しずつ前進していく。

 だがやはり、思うように戦えない。背後を意識してしまって、どうにも攻めあぐねる。得意の重力魔術を使えれば、と考えるが、この車両の向こうにも人はいるかもしれないのだ。不確定要素がある以上、列車を巻き込むような術は使うべきじゃないだろう。


 考えを巡らせながらも、拳一つで迫るカマキリを倒し続けていると。

 不意に、ジンが入ってきたのとは反対側の車両に続く扉が、開いた。


 そこから現れたのは、全長200センチはあろう巨大な狼だ。白い毛並みは帯電しており、鋭い眼光で車両内を一瞥する。


「新手の魔物か……⁉︎」

『落ち着け、魔導師』


 構え直すジンの敵意を感じ取ったのか、頭の中に直接声が。あの狼のものだ。

 人間の言葉を解する魔物なんて存在しない。だが、別の生物なら。魔物でもドラゴンでもなく、強大な魔力や異能を有し、人と変わらぬ知性と知能を備えた生物なら、存在する。


 聖獣。

 噂だけは聞いたことがあったが、まさかこんなところでお目にかかれるとは。


『私は敵ではない、後部車両の乗客を連れてきた。そちらの状況はどうなっている?』

「乗客はここより前の車両に避難させている。そちらの乗客たちも受け入れたいが、まずはここをどうにかしなければ、なッ!」


 話の途中にも、カマキリたちの攻撃は止まらない。足元にいたやつを踏み潰し、顔に襲ってきたやつは掴んで投げつけ、また別のカマキリとぶつかる。


 加勢はありがたいが、この狼も相当にデカい。車両内はかなり窮屈に感じるはず。


 だが、聖獣たる狼にそのようなことは関係ない。白い全身から、枝のように稲妻が伸びる。幾重にも分たれた青白い雷光は、車両内全てのカマキリに突き刺さった。寸分の狂いなく、的確に。

 一瞬呆気に取られたジンだが、そこはさすが戦闘のプロ。すぐ我に返り、二つの卵から囚われていた人を救出する。


 これで三つの卵は全て瓦解した。狼に礼を言おうと思ったのだが、それよりも前に、後部車両から避難してきた人たちが殺到する。まずはその人たちの安全確保が優先か。


「ここから先の車両はもう安全だ! 落ち着いて、順番に避難してくれ!」


 乗客の避難誘導を無事に終えると、狼たちがやって来た扉から、また一人こちらの車両に移ってきた。

 ハンドガンを構えて後部車両を警戒しつつ、後ろ向きに入ってくる。


「ごめんアーサー、まだまだ残ってる!」

『いや、いい。あなたが無理をすれば、彼女が心配してしまう』


 見たことのない構造をしているハンドガンをリロードしながら狼と話すのは、二十代半ばほどの男性。左目だけが橙色に輝いている。どうやら、この狼の同行者のようだ。


 ジンに気がついた男は、周囲の警戒を解かずにこちらへ駆け寄ってきた。


「君、もしかして魔導師? ちょうど良かった、力を貸して欲しいんだ」

「うむ、当然助力は惜しまない。しかしどうするつもりだ? この様子だと、後部車両はあの魔物だらけなのだろう?」

「ここから後ろの車両を、全部切り離す。その後に車両ごと破壊する」


 大人しそうな顔に似合わず、随分と大胆なことを考えるものだ。たしかに現状、それが一番有効な手段かもしれない。数ではどうしても勝てないし、派手に動き回れるような広さでもない。幸にして、ここから前の車両にはあのカマキリがいないのだ。

 ならば彼の策が順当なところか。


 と、呑気に話している暇はあまりない。閉めた扉に、カマキリの幼虫が大群を成して殺到していた。男が咄嗟になにかしらの術を使ったのか、扉は壊されることはなかったが、しかしそれも時間の問題だろう。


「ここまで迫られたか……! これでは連結器のところに辿り着けないぞ!」

『タケル!』

「うん、分かってるよアーサー。僕に任せて、魔力は粗方回収してるから」


 男の左目に宿った橙の輝きが、より一層強くなる。タケルと呼ばれた彼は、前方に構えたハンドガンの銃口に、ジンの知らない魔法陣を展開していた。


 当然ながら、ジンはこの世界に存在する全ての魔導を熟知しているわけではなく、彼が知らない術式や魔法陣だってある。

 だが、この魔法陣はそんなレベルじゃない。そもそもとして、根幹からあまりにも違う。術式の構成方法も、彼が扱う魔力ですら、まるで異世界人のような。


 気がつけば、彼を囲むようにいくつもの魔法陣が、まるで砲口のように扉へ向けられていた。出現するのは銀色の矛先。魔力を凝縮して形を成し、一斉に放たれる。


魔を滅する破壊の銀槍シルバーレイ!」


 扉のみならず壁すらも貫通し、その向こうにいたカマキリたちを容易く蹂躙。連結器の周辺にいたカマキリは全て消し飛んでいる。だが、すぐに後続がやって来るだろう。動くなら今のうちだ。


「うおぉぉぉぉぉ!!!」


 強く床を蹴ったジンが、連結器の前まであっという間に辿り着いた。手段を選んでいる暇はない。背負っていた大剣を抜き放ち、その剣先を連結器に突き立てる。


「ふんッ!」


 圧倒的な筋力と、大剣の重量。列車の連結器はそれらに耐え切れず、両弾というよりも破断といった方が適切な壊れ方をする。続け様に、切り離された後部車両の屋根に魔法陣を展開。

 その空間内の重力が一気に増して、車両の速度が落ちどんどん離れていく。


「アーサー!」

『ああ、残りは任せろ』


 狼がジンの隣に立ち、雷撃が放たれる。先程同様、いや先程よりもさらに多く、葉脈のように分たれていく稲妻。四方八方から車両を貫き、大爆発を引き起こす。車両はおろか、周辺の線路ごと木っ端微塵に吹き飛ばし、あっという間に景色の中へと消えていった。


「お陰で助かった、まさか聖獣使いとこんなところで出会えるとはな」

「いや、僕の方こそ。魔導師ギルドの人がいてよかったよ。車掌の人とかに説明頼めるかな?」

「うむ、そこは任してくれ」


 本音を言えば龍太の加勢に向かいたいところだ。魔力の反応を追うに、列車の屋根の上でまだ戦っているようだから。

 だが、スカーデッドが相手なら今のバハムートセイバーは負けない。

 そう信じているから、ジンも己の役割を果たすため、次の行動に移った。



 ◆



 居合の構えを取ったルーサーを前にして、バハムートセイバーに変身した龍太も剣を構える。やつのスピードにまともに反応しようなどと考えてはいけない。その狙いを先読みし、一箇所だけに集中する。そんな博打に命を預ける他ない。


 強い風の音だけが耳に届く中。異変が起きたのは、唐突だった。


 ルーサーの背後、列車の後部車両が突然切り離されたのだ。なにを思ったのか、ルーサーは構えを解いてそちらに気を取られる。その隙は見逃せない。


「おらぁ!」

「……っ」


 勢いよく斬りかかれば、鞘に収めた刀で容易く防がれる。直後、切り離された車両がどこからか飛来した雷撃に貫かれ、大爆発を起こした。衝撃がここまで伝わってくる。ほんの僅かにバランスを崩しただけで、ルーサーの蹴りが腹部に突き刺さった。


 屋根から振り落とされることはない。ハクアが魔力による姿勢制御に注力してくれているお陰だ。


 だが蹴りの威力は殺すことができず、よろめいて二歩下がったところに、鋭い氷柱が眼前に出現した。

 咄嗟のバク転で躱し、カートリッジを装填、ガントレットの銃口をルーサーへ向けた。


『Reload Lightning』

「無駄だ」


 ガントレットから放たれた稲妻を斬り伏せ、ルーサーが肉薄してくる。

 狙い通り、こいつなら簡単に対処して接近してくると思った。懐まで潜り込んだルーサーのその仮面に、バハムートセイバーの膝が直撃する。

 いや、薄い氷が張られていて、ギリギリで防がれた。


「マジかッ!」

「死ね」


 逆袈裟に放たれた斬撃を、なんとか剣で受け止めた。そのまま鍔迫り合いになり、ハクアが真意を問いかけるように叫ぶ。


『あなたの目的はなに⁉︎ どうしてリュータの命を狙うの!』

「それは貴様がよく分かっているだろう、白き龍。そいつになにも教えていないのか?」

『知らないわよ、そんなこと!』

「しらばっくれるか、それとも本当になにも知らないのか。どちらでも構わんが、悠長に会話している余裕があるのか?」

「なんだと?」

位相接続コネクト


 ルーサーを中心に衝撃が撒き散らされ、龍太の体も大きく後ろに吹き飛ばされる。こっちが風上でよかった。そうでなければ、ハクアが姿勢制御をしてくれているとは言え、列車の上から振り落とされていただろう。


 光の柱に包まれたルーサーの姿が、銀のラインが入った黒いロングコートに変化する。どういう状態に変化しているのかは分からないが、バハムートセイバーと同じ変身と考えて良いだろう。

 この時だけだ、やつの仮面以外が認識可能になるのは。


未来を創る時の敗北者レコードレス・ルーサー

「レコードレス……?」

「未来を切り拓くため、家族を取り戻すための力だ」


 仮面の奥で、ふっと笑う気配。どこか自嘲の色を帯びたそれを怪訝に思うが、続く言葉は相も変わらず無機質な、感情を感じさせないもの。


「我に抗うため、ホウライから力を譲り受けたのだろう。遠慮なく使うと良い」

「舐めやがって……」

『後悔させてやりましょう、リュータ!』

「ああ、当然だ!」


 取り出すのは、クローディアから譲り受けたカートリッジ。赤い炎の紋様が入ったそれを、ガントレットに装填する。


『Reload Hourai』

『Alternative FlameWar』


 足元から火柱が立ち上り、それが鎧へ収束していく。純白の鎧は紅蓮に変色し、紅い瞳は金色に。手に持つ剣が柄の短い戦斧へと変形。


 これが、炎龍ホウライの力。

 紅蓮の戦斧フレイムウォーの名を冠する、バハムートセイバーの新たな姿。


「どれ、貴様のその力、我が試してやる」


 ルーサーの眼前に現れた巨大な氷柱が、勢いよく放たれた。一直線に迫る鋭い鏃。以前なら太刀打ちできないほど強固だったその氷に対して、斧に炎を纏わせ、思いっきり振り下ろす。


「おらぁぁぁぁぁ!!」


 全力の一撃が氷の塊を粉砕。

 たしかな手応えを感じて、バハムートセイバーが屋根を蹴った。炎を纏わせたままの斧を振りかぶり、ルーサーへ肉薄する。

 激突する戦斧と刀。ビリビリと強い振動が手から全身に伝わり、互いの一撃の重さを証明していた。


「パワーが上がっているな。魔力の放出量も中々のものだ」

「上から目線でッ!」

『批評してるんじゃないわよ!』


 更に力を込め魔力を解放し、斧を振り抜く。ルーサーの体が大きく後退りして、追撃のため斧にカートリッジを装填した。


『Reload Vortex』

「吹き飛べ!」


 サイドスローで斧を投擲。周囲の空気を巻き取り、巨大な炎の渦となってルーサーへと迫る。しかし、この程度の攻撃でどうにかなる相手でもない。

 碌な抵抗もせず渦の中に呑まれるルーサーだが、次の瞬間に炎は掻き消え、斧は上空に弾かれていた。大きな弧を描いて斧は手元に戻ってくるが、ルーサーの魔力が更に跳ね上がったことに気づく。


『なにかしてくるわよ!』

「どっからでも来やがれってんだ!」

「威勢がいいようでなによりだ。なら、こんなのはどうだろうな?」


 周囲の気温が下がる。やつの氷結能力による影響だ。そこに魔導の力を掛け合わせるつもりか。

 だが今の龍太とハクアは、そう簡単に負けない自信があった。炎龍ホウライの力を譲り受け、こうして自在に扱えている。例えルーサーが強敵であっても、今のバハムートセイバーが負ける道理はない。


「氷纒」


 その自信が、一瞬で砕かれることになる。


 ルーサーの変化は目に見えて明らかだった。背に三対六枚、氷の翼を伸ばし、全身に冷気を纏って、小さな氷の結晶が体の周囲にいくつも漂っている。


 翼を大きく広げた。そう認識した瞬間には、巨大な氷柱が目の前に。


「なッ……⁉︎」

『きゃぁっ!』


 顔面に直撃し、ハクアの小さな悲鳴が。額を真正面から捉えられて、頭の中で火花が散る。視界が真っ白になったその隙に、ルーサーが懐まで潜り込んでいた。


 その手に頭を掴まれ持ち上げられる。足が屋根から離れて、ジタバタと暴れることしかできない。


「我から氷纒を引き出したことは褒めてやろう。本来なら、使うはずもなかったからな」

「こ、っの野郎……ぐッ、あぁぁぁぁ!!」


 パキパキ、とバハムートセイバーの仮面が、徐々に凍りつく音が。その下にある龍太の体にまで冷気が届き、冷たさなんてものよりも激痛と苦しさが襲った。


『まだ……ッ! まだよリュータ!』

「分かってる……!」

「無駄な足掻きだ」


 掴まれている頭以外、足の先、手の指先も霜に覆われて、徐々に感覚が失われてきた。

 それでも、まだ終わっていない。こんなところで殺されるわけにはいかない。

 今もこの世界のどこかにいる幼馴染二人と、もう一度会うために。あいつらを助けるために。ヒーローに、なるために。


「こんな所で、やられてたまるかよッ!!」

「なに……?」


 鎧を覆い尽くさんとしていた冷気が、鎧の発する極高温に耐え切れず、みるみるうちに溶けていく。

 やがてバハムートセイバーの全身が、その高温を示す青い炎に包まれて、ルーサーは手を離し距離を取った。


「俺は正義のヒーローになるって決めたんだよ! お前みたいな理不尽を押し付けてくるやつにだけは、絶対負けられねぇ!」

『よく言ったわリュータ! わたしたちの熱を、あの気取った仮面にぶつけてやりましょう!』

『Reload Execution』

『Dragonic Overload』


 斧の纏う炎が勢いを増す。龍太とハクア、二人の胸に秘めた熱を、物理的なものへと変換している。

 炎龍ホウライ。その力は、あらゆる熱を操る。決して温度や気温と言ったものだけではない。龍神の力はそれだけに留まらず、思いを、魂を燃やすものにこそ、炎龍の力は応えてくれる。


 真紅のオーラと共に青い炎を纏った斧を片手に、バハムートセイバーが高く跳躍した。そして、落下のエネルギーをも利用し、極高音の一撃が落とされる。


「燃え尽きろぉぉぉぉぉ!!!」

『はぁぁぁぁぁぁ!!!』


 氷の壁がいくつも重なるが、それら全てが青い炎に溶かされ破られ、やがてルーサーの刀とぶつかった。

 仮面の奥から忌々しげな舌打ちが聞こえる。だがまだだ。こんなものじゃない。

 俺たちの熱は、力は、こんなやつに絶対負けない!


「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」

『これで、どうだぁぁぁぁ!!』

「くっ、我の力を上回るか……⁉︎」


 いっそうの力を込めて、斧を振り抜いた。刀を折ることは叶わなかったが、僅かながらも手応えが。

 よろめいたルーサーの仮面が、ほんの少し欠けている。そこからヒビが広がって、左目付近を残し砕け散る。

 咄嗟に仮面を押さえるルーサーだが、その向こうにある素顔が露わとなっていた。


「よくも、やってくれたな……」


 こちらを強く睨みつけるのは、殺意の込められた鋭い目つき。口元は悔しさに歪み、ぎりぎりと歯軋りをしている。

 仮面がなんらかの力を及ぼしていたのか、ようやくルーサーの姿をハッキリと認識できていた。


「女……?」


 二十代半ば頃の女性。長く艶やかな黒髪と、悔しさで歪められてもなお美しさの際立つ顔立ち。そしてその瞳は、オレンジの輝きを帯びている。


 どこかで、会ったことがあるような。そんな気がした。

 不意に駆られた懐かしさは、しかし目の前の女性から発せられる冷たい声音に打ち消された。


「正直予想外だ、まさか魔王の心臓ラビリンスがここまでの力を手に入れているとはな。我の慢心という他ない。ここいらが潮時だな」


 あらゆる感情を排した声。表情も冷たい無表情に戻っていて、先程までの悔しそうな顔は見る影もない。


 踵を返すルーサーに、龍太は声をかけた。


「待てよ! 結局あんたは何者なんだ! 俺と同じ世界からきたのか⁉︎」

「そうだ。我は貴様と同じ、地球の日本からこの世界に来た。貴様を殺すためにな」

「だったら、今からでも俺を殺せるはずだろ! 本当に俺を殺すことだけが目的なのかよ⁉︎」

「口説いな。何度も言っているだろう、我の目的は、魔王の心臓ラビリンスを殺すことだと」

「そもそも、俺はそんな名前じゃねえ。赤城龍太って名前がちゃんとあるんだよ!」


 まずもってそこから気に入らない。意味のわからない名前で何度も呼びやがって、いい加減ムカついているのだ。


 そんな龍太の叫びを聞いたルーサーは、何を思ったのか、口元に小さく笑みを浮かべた。あまりに予想外の反応で、その笑顔が驚くほど美しくて、思わず面食らってしまう。


 いや、ハクアの笑顔の方が美しいしこの世で一番綺麗だけど。


「そうか、覚えておこう。赤城龍太、次に会う時は覚悟しておけ」

「待て、まだ聞きたいことはッ!」


 龍太の言葉を最後まで聞かず、ルーサーの姿は虚空に消えた。バハムートセイバーの変身を解除し、そこで丁度、列車が停止する。

 駅にはまだ着いていないみたいだが、後部車両が切り離されて吹っ飛んだのだ。このまま運行を続けるわけにもいかないのだろう。


「まさか、ルーサーが女性だったなんてね」

「ああ。それに、どこかで会ったことがある気がするんだよな……」


 記憶を手繰ろうとするが、そんなことをしている場合じゃないと思い直す。

 今はとにかく、状況の確認だ。ジンは、ヒスイは、乗客のひとたちは無事なのか。それを確かめなければ。


 ハクアが空けた穴から降りて、二人は列車の中に戻っていった。

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