癒しの都

第12話

 二日間は絶対安静。五日間の入院で、完治するには二週間。


 クローディアからそう告げられた龍太の体は、なるほどたしかに、言い難い倦怠感に包まれていた。魔力を使い過ぎたとのことだが、やはりまだ龍太にはいまいちピンと来ない。

 自分の体内の魔力がどれくらいなのか、集中しないと感じ取れないのだ。ジンやクレナのようなプロの魔導師なら、普段の生活から無意識的に感じ取れるのだろうけど。


 だから龍太にとって、魔力欠乏なんてものより、実際に負った外傷の方が深刻だ。


「体に穴空いてたんだよなぁ……なんで生きてんだろ」

「クローディア様はああ見えて、魔導人体学の権威だからな。あの方特有の治癒術式があるんだ」


 目を覚ました翌日、絶対安静を言い渡され二日目の昼ごろ、ジンが見舞いに来てくれていた。ハクアも朝からこちらの部屋にいて、今はナイフで果物の川を剥いてくれている。


「魔導人体学?」

「魔導の観点から、人の体を調べる学門ね」

「魔導のってことは、前に言ってた魔力が通ってる器官のことだったりか?」

「ええ。他にも魂のことだったり、魔力が体に及ぼす影響だったり、色々よ」


 なるほど、それはたしかにちょっと医療系っぽい。クローディアの見た目とか性格から考えると、かなり意外だ。


「今の巫女たちはみんな、なにかしらの学門を修めて、それぞれが研究の最先端を走ってるの」

「木龍が魔導薬学、風龍が魔導情報学だったな」


 それぞれの名称で、大体どんな学門なのかは予想できる。

 魔導薬学は読んだままの通り、薬に関することだろう。魔導の力で薬の効力を上げたりとか、ゲームに出てくる回復薬みたいなの作ったりとか、そういうのかもしれない。

 魔導情報学は、多分だが元の世界で言うところの、インターネットのようなものを研究しているのではないだろうか。


 だが、龍の巫女は全部で五人のはず。今話に出てきたのは、炎龍の巫女であるクローディアと、あとは木龍に風龍だけ。


「あとの二人は?」

「天龍は正直、詳しいことが何も分からん。ここ数十年は巫女の姿を見たものさえいないんだ」

「水龍の巫女、わたしの友達のアリス・ニライカナイだけれど、あの子は正直、研究よりも戦場に立ってる方が似合っちゃってるのよね。強いて言うなら、兵器開発が一番得意分野かしら」

「ハクアが使っているカートリッジシステムも、水龍の巫女が開発、普及させたものだ。使い手は選ぶみたいだがな」


 そういえば、関所の兵士は結構な数がいたけど、誰もカートリッジシステムを搭載した武器を持っていなかった。ジンとクレナも、それぞれ普通の大剣と杖を使っているようだったし、使い手を選ぶというのは本当なのだろう。


「はい、リュータ。あーん」


 皮を剥いて切ったリンゴを、爪楊枝で刺しこちらに差し出すハクア。自分で食える、と言いたいところなのだが、残念なことに腕が上がらない。主に昨日のジンとの握手のせいで。怪我悪化しちゃってるよ。


 他人の目がある中なのでかなり恥ずかしくはあるが、ここは素直に食べさせてもらう。うん、瑞々しくて美味しい。元の世界のリンゴと同じ味だ。


「ははは! 相変わらず仲がいいな、リュウタとハクアは!」

「揶揄うなよジン……」


 微笑ましく見られながらそう言われると、余計に羞恥心が湧き上がる。まあ、仲がいいのは否定しないけど。


「ジンもどうぞ。元々あなたが買ってきてくれたんだから」

「ならお言葉に甘えて、ひとつ頂こう」


 大きな手でリンゴを取り、大きな口に放り込む。シャクシャクと咀嚼する音。

 しかし、本当に大きいな、と。座っているジンを見てなんとなく思う。


 身長は二メートルに届かないくらいだろうか。クレナやクローディアが揶揄していたように、鍛えられた筋肉はもはや美しいほどだ。手や足と言った各パーツも大きくて、龍太と並んだら大人と子供みたいに見えてしまう。

 まあ、ここまで身長差が開くと、自分がチビだと言うことは一周回ってどうでも良くなるのだが。


「そうだ、今日はクローディア様に頼まれごとをされているんだ。ハクア、空のカートリッジは持っているか?」

「あるけれど、どして?」

「俺も詳しいことは聞いていないのだが、ルーサーへの対抗手段を講じるそうだ」

「ああ、なるほど。そういうことなら分かったわ」


 村からずっと持ってきていたカバンは、この部屋に置いてある。ハクアはその中をごそごそとまさぐり、言われたものを探し当てた。いつもの白い弾丸ではなく、なんの色もついていない、鋼色のカートリッジ。


「ルーサーは氷結能力を使っていたし、ホウライの力を込めてくれるのだと思うわ」

「それも、ただの氷結能力じゃあないようでな。概念干渉系の能力だと、クレナが言っていた」

「炎龍の従者を打ち倒すのだから、ある意味当然ね……」

「クローディア様の炎なら対抗できる、ということだな。さすがは我らが巫女様だ」


 話の半分ほどしか理解できない龍太だが、ルーサーのことと言えば、ひとつ。解せない部分がある。


「あいつ、ルーサーは俺を殺すって言ってたよな」


 スペリオルとも違い、ルーサーは明確に龍太の命を奪っていた。

 絶大な魔導の力と、あらゆるものを凍らせる能力。意味のわからない体術や武器。


 それらの力があれば、もっと簡単に殺されていてもおかしくはなかった。


「本当に殺すつもりだったなら、わざわざ俺たちの前に出て来ずに、隠れて攻撃してきてもよかったはずだ。正面から戦っても、俺を殺せる隙なんていくらでもあっただろ」

「そうね……実は殺すつもりがなかったのか、単なる慢心か……」


 最初、ハクアが銃口を向けた時だって。引き金が引かれるよりも、弾丸の速度よりもなお速く、ルーサーは刀を振えたはず。ハクアの介入なんてやつには無視できたものだ。


「それよりわたしは、ルーサーの持っていた龍具の方が気になるわ」

「龍具? もしかして、あの銃か?」

「ええ。あの銃には、相当強力な力が込められている。作ったドラゴンがとても強いと思うのだけれど、あの力には見覚えがあるの」


 龍具とは、一部の強力な力を持つドラゴンが、己の力を込めて作り出す魔導具だ。

 ハクアのライフルもそのひとつで、曰く『変革』の力が備わっているとのこと。バハムートセイバーの鎧はその恩恵。


 さてでは、ルーサーの持っていた龍具。そこに込められた力とは。


「あれは、輝龍シルヴィアの力が込められた龍具よ。輝きを力に変えるドラゴン、龍神の娘。そして、ドラグニア神聖王国の宮廷魔導師長。シルヴィア・シュトゥルムの龍具」

「またドラグニアか……」


 宮廷魔導師長。文字の並びから、大体どういう役職なのかは察せられる。国の中枢に位置する人物だろう。

 ではルーサーの正体が、そのシルヴィアというドラゴンなのか。恐らく答えは否だ。


 輝龍とは、輝きを力に変えるドラゴン。ハクアがそう言ったばかり。それでは氷結能力の説明がつかない。


「おまけにドラゴニック・オーバーロードまで使えるとなれば、完全に使いこなしていると見ていいだろう。輝龍が自ら龍具を手渡した、本来の使い手のはずだ」

「ドラゴニック・オーバーロードって、あれだよな。いっつも必殺技使う時に流れる音声の」


 エクスキューションのカートリッジを使った時、必ず流れる音声だ。正直龍太は、それがなんなのか全く理解していない。

 蹴りを放つ時や巨大な刀身を作る時に纏う、あの紅いオーラ。あれを出す為に必要なものなのだろう、くらいの認識だ。


 さてこんな時は、頼れるハクア先生の出番。そろそろメガネとか用意しといてあげようかな。


「ドラゴニック・オーバーロード。これは本来、龍神か龍神級のドラゴンにだけ許された奥の手みたいなものなの。自らの魂に魔力を逆流させて、力を底上げさせる。一種のドーピングみたいなものね。しかも完全に使いこなせば、反動も全くなし」

「じゃあルーサーの正体は、やっぱり龍神の娘のシルヴィアってドラゴンなのか?」

「いえ、それは違うわ。シルヴィアだと考えた場合、やっぱり氷結能力の説明がつかないもの。それに、シルヴィアでも普通のオーバーロードしか使えないはず」


 口振りから察するに、ハクアはシルヴィアというドラゴンと知り合いなのだろう。

 そして恐らく、オーバーロードとはドラゴニックの下位互換。


「龍の巫女はね、自分自身の魂と龍神の魂、二つを同時に内包しているの。そして彼女たちは、そのうちの龍神の魂に魔力を逆流させることで、一時的に龍神の姿を取ってその力の全てを使える」

「オーバーロードとは、それを誰でも使えるようにしたものだな。人間であろうがドラゴンであろうが、訓練さえ積めば使えるようになる。魔導師ギルドのメンバーになるには、オーバーロードが使えるようになるのが条件なのだ」

「じゃあ、俺たちのはどう言う原理なんだ? やっぱりハクアが龍神みたいな凄いドラゴンだから、ドラゴニック・オーバーロードが使えてる?」

「そう言うことになるのだろう」


 ハクアは長く生きているだけで、そこまで強力なドラゴンというわけではない。そう言っていたのは彼女本人だったが、やっぱりただの謙遜だったのか。


 腕を組んでうんうん頷いているジンは、ドラゴンとしてのハクアを龍太よりもよく知っているようで。


「ハクアが力を取り戻したら、それは物凄く強いだろう。なにせ白龍といえば、世界創世の伝説にも現れるドラゴンだからな」

「えっ、それマジで凄いやつじゃん!」

「わたしは違うと昔から何度も言っているのだけれど……」


 龍太からしてみれば、伝説に出てくるとかの方がよほど神様っぽい。

 ただご覧の通り、ハクア自身は否定している。村では白龍様とか呼ばれて崇められていたし、この世界の頂点であるはずの龍の巫女を呼び捨てにしてる。

 これで自分は違うと言われても、逆に納得できない。


「たまたま同じ名を貰っただけの別人よ。そもそも世界創世に出てくるのは『白き龍』であって『白龍』ではないわ」

「それ、同じじゃね?」

「同じじゃないの」


 ちょっと拗ねた感じで言われた。可愛い。

 まあ、本人がこう言うのなら本当に違うのだろう。


 それはともかくとして、話を元に戻し。


「わたしたちのドラゴニック・オーバーロードは、巫女たちのような完全なものじゃないわ。限定的、部分的に使用しているだけだし、魂に魔力を逆流させているわけではない」


 バハムートセイバーの鎧。ハクアの龍具ライフルが素体となって構成しているその鎧に、魔力を逆流させているらしい。

 しかもエクスキューションのカートリッジが作用している時だけで、おまけにパワーアップするのも脚や剣だけといった部分的なものになる。


「ルーサーが使っていたオーバーロードは、恐らくわたしたちと同じ類のものよ。やつはドラゴンではなく、龍具を受け取った人間。そしてその龍具を使い、ドラゴニック・オーバーロードを発動できている」


 結局、ルーサーの圧倒的な強さが浮き彫りになるだけだ。その正体や目的にまでは迫れない。

 完膚なきまでに打ちのめされたあの時の光景が頭をよぎって、重苦しいため息が漏れてしまう。気遣うようにリンゴを差し出してくれるハクア。口で受け取ってシャクシャク音を鳴らしながら、考える。


 どうすれば強くなれるのか。あの仮面野郎に負けないくらい、なにがあってもハクアを守れるくらい、強く。


 それを見透かされたのか、ジンが諌めるようにこう言った。


「リュウタ、強くなりたいと思うことは悪いことではない。ルーサーはたしかに強大な敵だ。俺も全く敵わなかった。パートナーに守られて逃がされて、リュウタと同じで悔しいさ。だがな、今のお前はまず、怪我を治すことに専念するべきだ。そう焦らなくてもいい」

「ジン……そうだな、たしかに焦ってたかもしれねえ」


 フェニックス、エレファント、カメレオン。それらスペリオルの尖兵を全て退け、この世界に来たばかりの頃に遭遇したドラゴンも、ハクアと共に倒した。


 ルーサーが初めて敗北した相手だ。だから焦っていたのかもしれない。やつの存在は楽観できるものではないが、クローディアが任せてくれとも言っていたのだ。


 龍太の目的は幼馴染を探し、元の世界に帰してやること。ルーサーに勝つ必要はない。

 それでも、殺されないくらいには力が必要だけど。


「二週間はここに滞在するのだし、その間に色々と考えましょう。わたしとリュータのふたりで、ね?」


 ソッと手を取って、ハクアに微笑みかけられる。

 そう、ひとりでうだうだ考えていても仕方ない。ハクアがいるのだ。今の龍太はひとりじゃない。


「当然、俺も力になるぞ! なに心配いらん、だからと言って二人の時間を邪魔することはないから、安心しろ!」

「いや、だから……そんなんじゃないから……」


 ジンの揶揄うような言葉に苦笑を返して、けれど、この友人も頼りになることは間違いない。

 今まではハクアと二人だけだったが、これからはジンも含めて三人で。


 と、そこでひとつ気が付いた。

 旅の仲間はまだいるじゃないか。


「そういえば、エルはどうしたんだ? 昨日から見てないけど」

「ああ、あの子ならクレナのところにいるわ。同じドラゴン同士、クレナのことが心配なのかもね」

「俺よりクレナを、ってのがちょっと寂しいな」


 戯けたように笑って、他二人も釣られて笑顔を見せる。

 エルに振られたのは悲しいが、クレナが心配なのは龍太も同じだ。顔を見に行きたいが、退院まで残り四日。完治までは二週間。


 その間なにをして過ごそうか。

 先を急ぐ旅ではあるが、少なとも二週間はここに滞在しておかないといけない。

 幼馴染の二人、玲二と詩音のことは心配だが、せっかくの機会だからゆっくり観光と洒落込むか。


「そうだわリュータ、退院したら温泉に行きましょう! 湯治するの!」

「却下で」


 ハクアの提案は、当然即却下。

 可愛らしく頬を膨らませてもダメなものはダメだから。

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