第11話
とある森の中にある廃墟。龍太たちのいる場所からは遠く離れた場所で、二人の人物が向き合っていた。
一人は高級そうな身なりをした、メガネとオールバックが特徴的な男。もう一人は対照的に、薄汚れたマントを羽織った男だ。
「よろしいのですか、フェニックス様。このままだと、アカギリュウタはあのルーサーなる者に殺されてしまいますが」
「上の判断です、仕方ありません。ここは様子を見るだけ、ルーサーに関しても放置らしいですよ」
スペリオルに所属するスカーデッド、その幹部格であり、龍太がこの世界で初めて遭遇したスカーデッドであるフェニックス。
彼は部下であるスカーデッド、ハイエナを諌めるように言い、互いの間に広がったモニターを注視する。
フェニックスはすでに三度、バハムートセイバーを相手に敗北を喫していた。
一度目は言わずもがな、自分自身で戦った時だ。二度目と三度目は、彼の部下であるエレファントとカメレオン。作戦を授けて遣わせたはずが、二人ともその悉くを無視して失敗した。
組織の上層部からも苦言を呈され、部下と上司との板挟みに会う彼は、しかしその上司から納得できない命令を下された。
カメレオンを殺した何者か。そいつはいずれアカギリュウタの前に現れるだろうが、その際は静観していろ、と。
スペリオルの目的は、この世界に住まう人と龍に変革をもたらすこと。そのためにはアカギリュウタの心臓が必要で、それも殺すことはできない。
だがこのルーサーという者は、あまりにも常識外れな実力を有している。このまま静観していれば、遅かれ早かれアカギリュウタは殺されてしまうだろう。
「カメレオンを殺したのも、このルーサーという者だと聞いています。上は何を考えているのでしょうか」
「詮索はオススメしませんよ、ハイエナ。我々は組織の手足となり、目的のため、我らが王のために動けばいいのですから」
「失礼しました」
しかし、ハイエナの言う通りでもある。ルーサーは明らかにスペリオルの障害となるだろう。早めに消しておきたいところだが、はてさて、スペリオルの中にはやつに敵うスカーデッドがいるかどうか。
「ここで死んでもらっては困りますよ、アカギリュウタ、白き龍。あなた方には、借りを返さねばならないのですから」
◆
『Reload Explosion』
街道に無機質な機械音声が響く。
バハムートセイバーのガントレットから魔力の弾丸が放たれた。命中すれば爆発を引き起こす魔弾は、しかし。ルーサーの眼前で凍りついて地に落ちた。
やつとの戦闘が始まってから、ずっと同じ調子だ。こちらの攻撃が全く通用しない。
「弱いな。その程度の力しか持たないくせに、我に抵抗しようなど。愚かとしか言いようがない」
「くそッ!」
『あの氷結能力を突破しないと……!』
龍太とハクアは、すでに息も絶え絶えの様子だった。攻撃はまともに通らず、不意に接近されれば意味のわからない体術に翻弄される。上段の回し蹴りが来たと思えば足払いが。正面に拳を打ち込んできたと思えば、鳩尾に突き刺さるボディブローが。
攻撃を寸前でキャンセル、全くラグがなく違う攻撃に切り替えてくる。
これでも龍太は、相手の動きを見ることには長けていた。だから体重の運び方などを見ればある程度相手の動きを予測できるのだが、こいつにはそれが全く通用しない。
放たれる蹴りや拳にどれだけの体重、勢いを乗せていようと、お構いなしに別の攻撃に切り替えてくる。
「リュウタ、一度下がれ!」
「ジン!」
バハムートセイバーと入れ替わる形で、身の丈以上の大剣を振りかぶったジンが前に出た。容赦なく振り下ろされる巨大な一撃。先程は容易く受け止められたそれを、今度はルーサーが両手で刀を持ち足を踏ん張らせて受け止めた。
「ぬおぉぉぉぉぉ!!」
「重力魔術か、意外とやるではないか」
大剣の重さを増加させているのか。ルーサーの足元は地面が徐々にひび割れていき、ジンが放った一撃の威力を物語っている。
だが、それすらも通用しない。
パキ、ピキ、と音が聞こえたかと思えば、大剣が少しずつ凍り始めていた。
「なにっ!」
咄嗟に剣を引いたジンへ、ルーサーの蹴り見舞われる。だが鎧の巨漢へ突き刺さるよりも前に、炎の渦がルーサーの体を飲み込んだ。
危うくジンも巻き込まれるところだったのだが、そこはさすがのパートナーか。術を放ったクレナに、ジンは皮肉げな笑みを向ける。
「いい熱量じゃないか。中々熱かったぞ」
「どうかしらね、あいつにはこれでも足りないみたいよ?」
クレナが答えた瞬間、炎の渦が凍りついて砕け散った。
宙を舞う氷の結晶の中に、やはり無傷のルーサーが立っている。
「集え」
短い一言。それが魔術の詠唱なのだと、誰もが直感で理解した。
「我は星を繋ぐ者、万物万象悉くを斬り伏せ、命を刈り取る者」
やつの足元の地面に広がる魔法陣。やがて虚空に濃密な魔力が凝縮され、七つの刃が形成された。
それぞれが意思を持っているかのように、姫を守る騎士のように、ルーサーの周囲を自在に飛び回っている。
「踊れ、
「させるか!」
『Reload Particle』
右腕を掲げると同時に放たれる七つの刃。対して龍太は、カートリッジを素早く装填、ガントレットから剥き出しになった銃口を向け、荷電粒子砲を放つ。
最大火力でぶつかった砲撃は、実に呆気なく、七つの刃に斬り裂かれた。
「嘘だろオイ!」
『防壁はダメ! なんとか躱して!』
ハクアに言われた通り、三人は決して刃を受け止めようとはせず、その身ひとつで回避する。だが刃はそれぞれ自律しているのか、一度避けても再び襲ってくる。それが七つ。あまりに数が多い。
いつまでも避けているだけでは埒があかない。こちらの体力が一方的に削られるだけ。だったら、避けるでも受け止めるでもなく、この刃を破壊しないと。
「ジン、クレナ! しゃがめ!」
『Reload Execution』
『Dragonic Overload』
腰から抜いた剣に、カートリッジを装填する。紅いオーラと魔力で肥大化した刀身を、体を一回転させて水平に振るった。
囲むように襲ってきたルーサーの刃は全てが砕け散る。次はこっちの番だ。肥大化した刀身をそのままに、勢いよく大地を蹴ってルーサーへと肉薄した。
近づく度に冷気が鎧を軋ませるが、今だけは関係ない。この必殺の一撃を、やつに叩き込むまでは。
『食いなさい!』
「こいつは防げねぇだろ!」
とてつもない冷気に手が悴んで、剣を落としそうになる。それでも強く握りしめ、全力で剣を振り下ろした。
ぶつかるのは氷の壁。魔導によるものではない、特殊な氷結能力で作られた壁は、バハムートセイバーの必殺技を難なく防ぐほどに強固だ。
しかし、ここで防ぎ切られるわけにはいかない。ここまで肉薄できるチャンスは、そう簡単に訪れないだろう。だから今決める。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!!」
『はあぁぁぁぁぁ!!!』
「……ッ!」
仮面の奥で驚愕の気配。氷の壁が少しずつひび割れていき、やがて大きな音を鳴らして完全に砕けた。
勢いは殺さない。そのまま振り抜く。
その寸前。
ルーサーの姿が、霞んで消えた。
「な、に……?」
「アルコル。北斗七星に隠されたもう一つの星。その名の意味はかすむもの」
声は、頭上から。
見上げた先には、刀ではなく大型の拳銃を手に持ったルーサーが。
だが、待て。北斗七星だと? それは、龍太の世界に存在するものだ。この世界の夜空に、元の世界と同じ星座なんてあるわけがない。
だったらまさか、こいつは。
「まさか、同じ異世界人だってのか⁉︎」
「貴様が知る必要はない、ここで死ぬのだからな。ドラゴニック・オーバーロード」
『違うわリュータ、あれはこの世界の技術よ!』
ハクアが叫んだ次の瞬間。ルーサーの拳銃が輝きながら分裂し、やつの右腕に装着されていく。四つのパーツで鎧を形成して、残った三つは右肩の後ろで翼のように浮く。
曇天の隙間から差した日光を受けて、その姿は神々しさすら帯びている。
魔力が、更に跳ね上がった。
本能的な恐怖が湧き起こり、足が震えて動かない。
勝てるわけがないと、空に浮くルーサーの威容に恐れ慄く。
それはジンとクレナも同じなのか、この場の誰一人として、一歩も動けなかった。動くことを許されなかった。
「堕ちろ、
一際強い輝きに目が眩み、龍太の意識は、次の瞬間に途切れた。
◆
目の前に、光の雨が降り注いだ。
ジンとクレナの見た光景は、そうとしか言いようがない。
ルーサーの魔法陣から放たれたのは、光の鏃。雨のように降り注ぎ、バハムートセイバーの体を穿つその様を、二人はただ見ていることしかできなかったのだ。
「まだ生きているな」
「……っ、ジン!」
「分かっている!」
地上に降り立ったルーサーは、変身が解けて倒れ伏す二人へとゆっくり歩み寄る。そこで我に返り、倒れた二人を庇うようにして前に出た。
「二人を頼むわ」
「ああ、死ぬなよ」
「誰に言ってんのよ、パートナーを信じなさい」
二人の間で決めていたことだ。もしも自分たちの手に負えない脅威を前にした時、時間を稼ぐのはクレナの役目。ジンはいち早く離脱して救援を呼ぶ。
互いの実力を鑑みれば、当然の結論。本人たちが納得していようがしていまいが、それが最も正しいから。
龍太とハクアの体を脇に抱えて、ジンは残りの魔力全てを使った強化でこの場を離脱。それを見送って、クレナは杖を地面に突き立てた。
「我が名はクレナ・フォールン!
名乗りに呼応して、クレナの体が炎の渦に包まれる。その中に巨大な影を見て、ルーサーが舌打ちをひとつ。
そして渦の中から現れたのは、しなやかな四肢で大地に立ち、その巨体を包み込む程の翼を広げ、体の節々に炎を揺らすドラゴン。
魔導師クレナの真の姿。火砕龍フォールン。
『我が誇りに懸けて、ここから先は絶対に通さないわよ!』
「面倒だな、殺すか」
クレナの広げた魔法陣から、炎を纏った巨大な岩石が放たれる。ルーサーの背後に浮いている片翼がそちらを向き、か細い光線が岩石を砕いた。
その向こうから、ドラゴンの巨体が突っ込んでくる。常に炎を揺らしているクレナの体は、体表面の温度が二百度を超える。触れただけで敵を焼き焦がし、魔力操作によってそれ以上の数千度まで上昇させれば、鋼すらも溶かしてしまう。
接近されただけでも、人間にとっては十分危険な存在だ。
その強靭でしなやかな前脚を持ってすれば、叩き潰すことだってできる。
だが、そんな自分の体があるにも関わらず、周囲の温度が徐々に下がり始めていることに気づき、クレナは驚愕と困惑から動きを鈍らせてしまった。
振るわれた前脚はルーサーの回し蹴り一つに受け止められ、それどころか五メートルの巨体が弾き返された。
追撃に放たれる光の鏃が、クレナの体に突き刺さる。血を流しながらも踏ん張って、魔力と共に熱波を解放した。
周囲の雪が、草木が、みるみる内に溶けていく。それだけの熱を正面から受けながらも、ルーサーは怯んだ様子すら見せない。
「ぬるいな。所詮は物理的な現象、我の前では無意味だ」
一瞬だった。
いや、瞬きする暇も与えられず、世界が氷銀に包まれる。
クレナの放った熱波は相殺されるどころか、全てを凍て刺す波動に上から塗りつぶされて、街道を氷で埋め尽くしていた。
『嘘、でしょ……?』
「我の氷結能力は、概念に作用させることもできる。文字通り、全てを凍てつかせる力だ。数千度に及ぶ熱やマグマも、時間や空間といった概念も、同じ氷ですらもな。素晴らしい力だろう?」
『どこがよ……クソッタレた力じゃない……』
「理解を得られなくて残念だ」
光線が体を穿ち、ドラゴンの巨体が崩れ落ちる。氷の上をゆっくりと歩くルーサーが、刀を鞘から抜いた。
たった数回攻撃を受けただけで、もう立ち上がる力が残されていない。ひとつひとつはか細い光の鏃だったが、こちらの急所を的確に狙っていた。弱点である逆鱗を攻撃されなかったのは、唯一の救いか。
やつの実力と目的を考えれば、容赦なく狙ってきそうなものだったけど。
朦朧とする意識の中で考えても、答えなんて出るはずもない。ただ、こちらに足を進める死神を視界に収めることしかできなくて。
やつがクレナの元へ辿り着く直前。
両者の間に、空からなにかが落ちてきた。
「仕事中は寄り道しない主義だったんだけどな。オレの可愛い部下が虐められてんのは、さすがに見捨てられねえよ」
落下の衝撃で氷が割れる。それだけに飽き足らず、氷が溶けて水蒸気が立ち込めた。
その中に見える人影が、腕を振るって煙をかき消す。
紅蓮の長髪に、男物のスーツ。肩に担いだ斧と不機嫌そうな顔。
クレナが仕えるべき主、クローディア・ホウライが、そこに立っていた。
「よぉルーサー、テメェ、随分とふざけた真似してくれやがったじゃねえか」
「炎龍の巫女か。また面倒なやつが出てきたものだ」
まるで知り合いに話しかけるような気軽さで、クローディアはルーサーへ斧を向ける。一方でルーサーは、言葉の通り心底めんどくさそうな声だ。
まさかクローディアがこの場に駆けつけるなんて思ってもいなかったクレナは、自身の醜態と助けられた申し訳なさに、沈んだ声を出した。
『ごめんなさい、クローディア様……あなたを手を煩わせるなんて……』
「気にすんな。お前はよくやってくれたぜ、クレナ。
主からの優しい言葉に安心してしまい、クレナはそこで意識を失った。
気遣うように後ろを一瞥したクローディアは、前を向いた瞬間に敵意に満ちた表情を浮かべる。龍の巫女の中でも、最も好戦的なクローディアだ。家族同然のドラゴンをこうもボコボコにされて、黙っているわけがない。
「それで? テメェもこいつと似たような目に遭わせりゃいいのか? あァ?」
「貴様にできるわけがないだろう。今の我をどうこうしたいのなら、ニライカナイでも呼んでくるのだな」
「……安い挑発だな」
しかし、クローディアは斧を下ろした。
ルーサーの言葉はクローディアが言ったように、あまりに安い挑発だ。ホウライの巫女とニライカナイの巫女は険悪。かなり有名な話であるし、普段ならばクローディアもこの挑発に乗っていたことだろう。
だがルーサーの言葉になにか思うところでもあったのか。嫌にあっさりと引き下がった。
「アテが外れたな。貴様なら、考えなしに突っ込んでくると思ったのだが」
「悪かったな、テメェの目的は大体読めた。オレは腐ってもこの世界を守る龍の巫女なんでな。世界の均衡を保ち、世界のために動くんだよ」
「ふん、あのクローディア・ホウライも、歳を取れば落ち着きが出るものなのか。これは驚いた」
「今なんつった?」
「龍神の影響で見た目だけ若く見えるクソババァ、と言ったのだよ」
「ぶっ殺す」
再び斧を構えて、巫女と仮面が激突した。
龍の巫女に、年齢の話はNGなのだ。
◆
全身がなにか暖かく優しいものに包まれている感覚で、龍太は目を覚ました。
「リュウタ! 目が覚めたか!」
「ジン……?」
真っ先に視界に飛び込んで来たのは、巨漢のマッチョ。鎧を着たままのジンは顔に安堵の色を帯びており、胸を撫で下ろしている様子だ。
見れば、ジンの他にもう一人、龍太が寝ているベッドの横に立っていた。
「おう、目が覚めたか」
「クローディアさん……なんでここに……」
「おっと、起き上がるんじゃねえぞ。オレに出来るのは自己治癒能力の活性化だけだ、傷が完全に塞がってるわけじゃねえからな」
紅蓮の長髪を持つ男装の女性、炎龍の巫女であるクローディア・ホウライの姿を認めて、龍太の頭の中にははてなマークが並んだ。
クローディアとは、関所で一度会って、すぐに別れたのに。
いや、そんなことはどうでもいい。
「ハクアは? ハクアはどこですか! 無事なんですよね! っ、つ……!」
「起き上がるなって言ってんだろバカが」
咄嗟に上体を起こせば、激痛が龍太を襲った。クローディアの呆れた声にも構わず、周囲を見渡す。しかしハクアの姿がない。
まさか、と。最悪の事態が頭によぎる。いや、それはないはずだ。ハクアが死んだなら、彼女の魂を分け与えられている龍太だって、こうして目を覚ますことはないはず。
「白龍なら隣の部屋だ、十メートルは離れてねえよ。一体化してたおかげか、あっちには体の傷がない。ただ、痛覚まで共有してたせいかダメージは残ってるみたいでな。お前共々、暫く病院生活だ」
「そう、なのか……よかった……」
安心して、深いため息を吐き出す。彼女が無事なら、一先ずそれでいい。
だが、状況がいまいち理解できていない。ルーサーに負けたことは覚えている。ただ、その後どうなったのか。どうしてクローディアまでここにいるのか。
それから。
「クレナはハクアのところか?」
「いや、それがだな、リュウタ……」
苦い表情のジンが言葉を濁す。その先を継いだのはクローディア。
「あいつなら、ドラゴン用の病院でくたばってるよ。お前らを逃すために、ルーサーを足止めしてたんだ。幸い、命に別状はねえ。オレが間に合わなかったらヤバかったけどな」
「クレナが、足止めを……ッ」
悔しさに歯噛みする。
完敗だ。バハムートセイバーの力は何一つ通用せず、自分がボコボコにやられただけではなく、仲間の一人まで傷つけてしまった。
俺が、あいつから狙われていたから。俺と行動を共にしていたから。
「くそッ……! なんだったんだよ、あのルーサーってのは!」
ふつふつと怒りが湧き上がる。
何もできなかった自分が、心の底から許せない。なにがハクアを守るだ。守るどころか危険に晒して、結果このザマだ。
情けなくて、悔しくて、自分で自分を殴りたくなる。でも怪我のせいで満足に拳を振り上げることもできなくて、それが余計に苛立ちを加速させた。
「落ち着けよ、リュウタ。ルーサーってやつに関しては、オレに一旦預けろ。またどこかに姿を消しやがったが、オレの部下を可愛がってくれたんだ。その礼はしなきゃなんねえからな」
「リュウタ、まずはこれからのことについて考えるべきだ。ルーサーには完敗したが、リュウタにとっては悪い状況でもない」
負けたというのに? ジンの言葉をいまいち測りかねて首を傾げると、彼はニッと笑って窓の外を指さした。
「ここはどこだと思う?」
「どこって、病院だろ」
「どこの病院だ?」
「まさか、ノウムの首都、か?」
期待していた答えが返ってきたからか、ジンが満足そうに頷いた。
窓の外を見てみると、異世界人の龍太にとって驚くべき光景が。
部屋から見渡せる街並みは、背の低い木造の建物が並んでいた。中心に流れる川で道を二分し、左右に道路が。つまり、車が走っている。元の世界となんら変わらない自動車が。
その上、建物は全て和風の建物だ。江戸時代くらい昔には遡るが、間違いなく日本の建築物。
つまるところ、全く異世界っぽくない。
「ここ、本当に異世界だよな……?」
「生憎と、本当に異世界なんだよ。むしろオレからしたら逆だぜ。お前らの世界がオレらの世界と似てるって認識だ」
「この世界とリュウタの世界は、位相で繋がっているからな。本で例えれば分かりやすい。同じ作者の別の作品だと思ってみるんだ。それが設定を共有しない別作品だとしても、作者の文体は同じもの、設定だって似ているものがあってもおかしくはない」
「そんなもんなのか……」
ジンの説明に、納得はしないながらもそういうものだと言うことで受け入れる。
だが、ひとまずの目的地だったノウム連邦には、経緯がどうあれたどり着けた。しかもかなり時間を短縮して。
ここからドラグニアまでは列車で四日ほどと聞いているから、かなり大きく前進したことになる。
「さて、ここでさらにもう一ついい報告と、悪い報告がある。どっちから聞きたい?」
「じゃあ、悪い報告からで」
映画でしか聞いたことがないようなクローディアのセリフに、おずおずと後者を選んだ。悪いことは先に聞いておくに限る。
「お前はとりあえず、全治二週間だ。少なくとも、今日明日は絶対安静、五日間はここから出られないと思っとけ」
「はぁ⁉︎」
「文句は受け付けねえぞ。お前の傷は見た目以上に酷いんだよ」
曰く、魔力の使い過ぎ、らしい。
体の傷も中々に酷いようだが、それ以上に魔力が欠乏状態に陥っていたことで、今ではまともな戦闘も出来ないだろうとのこと。
原因としては、ハクアがいくつか推論を並べてくれたらしい。
まず、バハムートセイバーが龍太の魔力使用限度を無理矢理解放したこと。それによって龍太は、ルーサーとの戦闘の際、まるでバルブの壊れた蛇口のように、魔力を使っていたとのこと。
そして二つ目に、そのような状態でルーサーの最後の一撃を受けた。より正確には、ハクアが無理矢理体の主導権を奪って、最大限の防壁を展開していたらしい。だから死なずに済んだのだが、それでもこの大怪我。おまけに魔力を更に使ってしまったことで、龍太の体は魔力欠乏に陥ってしまった。
龍太の世界における魔力とは、人間の生命力から変換されるもの。魂から直接汲み取るこの世界の魔導師が魔力欠乏に陥った場合、命の危険に晒されるらしい。
だが龍太の場合、そこまで酷い状態にはならない。だが裏を返せば、命の危険がないだけであって、結構な重症には変わりないということで。
「ようは、電池の欠けた機械みたいな状態だ。体を十全に動かすだけのエネルギーが足りてねえんだよ。見た目の怪我だけならいくらでも治してやるが、中身となっちゃ話は別だ」
「それで、全治二週間……」
これでは逆に時間をロスしてしまっている。スペリオルにルーサー、そう言った脅威がある以上、一刻も早くこの世界から幼馴染二人を見つけないといけないのに。
「次にいい報告だがな。これからのお前らの旅に、ジンを同行させる」
「ジンを? いいのか?」
思いもよらない言葉に、龍太はつい当人に問いかけた。
「当然だとも! リュウタの旅は、ドラグニアで終わるわけではないのだろう? そこで情報を得て、幼馴染を見つける。そして元の世界に帰す。それまで、俺は友の力になると誓おう!」
「友、か……」
「ああ、そうだ。共に苦難を乗り越え、こうして生き延びた。俺たちはもう友人だ、リュウタ」
この世界に来てから、まともに築いた人間関係と言えばハクアだけだ。最初の村もすぐに発ったし、関所でも他の人たちと親しくなったわけではない。
そもそも、龍太自身も思っていたではないか。ジンとクレナは仲間だと。
「そうか……そうだな、俺たちはもう友達だ。改めてよろしくな、ジン」
「ああ、よろしく頼む!」
「いや痛い痛い痛い! こっちは怪我人だぞおい!」
手を差し出して握手を交わせば、思いっきり腕を振られた。ははは! と豪快に笑いながらすまんすまんと謝るジンは、本当に悪いと思っているのか。
だが、これは本当にいい報告だった。
これからの戦いを考えても、ハクアと二人だけというのは心許ない。というより、もしもの時にハクアを守り切れる自信が、今の龍太にはなかった。
「そういや、クレナはいいのか? ジンのパートナーなのに」
「あいつには、もう説明してある。クレナの傷はかなり酷いからな。今は長い休眠に入った。二ヶ月は目を覚さないだろう」
「ドラゴンだからな。身体も大きけりゃ使う魔力も人間とは比にならねえ。休息や休眠となれば、そりゃ人間よりも長く眠る」
直接礼を言いたかったのだが、そういうことなら仕方ないか。それでも、退院したら一度顔を見に行こう。
「そんじゃ、オレらはそろそろ行くとするぜ。退院する日にまた来る。それからのことは、そん時に話す」
「ありがとう、クローディアさん。本当に助かった。ジンも、サンキューな」
「うむ、俺は明日も見舞いに来よう。病室でも出来る筋トレを教えてやる」
「絶対安静だっつってんだろうが筋肉馬鹿」
ジンがクローディアに頭を叩かれて、二人は病室を出て行った。
そしてそれから暫くもしない内に、扉が再び開かれる。
「リュータ!」
「ハクア……っていだだだだ!!」
いつものドレスではなく、龍太と同じ患者服を着たハクアが、病室に入るなり思いっきり抱きついてきた。絶対安静とまで言われるほどの怪我を負った龍太は、抱きつかれている羞恥心とか照れ臭さとか、痛みで全部吹っ飛んでしまう。
「ハクア、ギブ、俺怪我人、絶対安静!」
「あっ、ごめんなさい……」
いや心配してくれてたのは嬉しいけど。嬉しいんだけどね! 痛いからね! あとやっぱり抱きつかれるのは恥ずかしいです。
が、しかしそこは漢、赤城龍太。
シュンとした表情のハクアを見てしまえば、なんでもなかったかのように強がってしまう。
「いや、大丈夫大丈夫。不意打ちでちょっとびっくりしただけだから。俺の世界には、生きてるだけで丸儲け、って言葉があるんだよ。こうして命があるんだし、怪我なんて大したことないって」
「ならいいのだけれど……だったら、もう少しいいかしら……? 次は優しくするから……」
「おう、もうバッチこい」
次とはなんのことか分からなかったが、正直痛みで思考がまともに回らないので、適当に答えておく。
するとハクアは、おずおずと言った様子で正面から抱きつき、龍太の背中に腕を回した。
ギョッとする龍太。次ってこのことですかそうですか。あまり力を込めていないのか、怪我を刺激することはないけど。
やっぱり結局、羞恥心が湧いてくる。顔が熱くなってきて、ハクアの肩を掴み体を離そうと思ったのだが。
「本当に……無事でよかったわ……」
「……おう」
涙声でそんな言葉を聞かされてしまい、肩に添えた手を下ろす。行き場を無くした腕をどうするかと逡巡して、羞恥心を押し殺し、恐る恐る、ハクアの背に回した。
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