第10話

 バハムートセイバーが放った一撃は、龍太やハクア本人たちですら予想外の威力が出ていたようだった。

 カメレオンがいた周囲の木々は完全に砕け散り、雪は蒸発して、その下に隠れていた大地を抉る。


 おかげさまでキャンプするためのスペースを確保できたのだが、正直、どうしてこんなに威力が出たのかわからない。

 たしかに龍太は、あのカメレオンのスカーデッドに対して本気で攻撃したけど。ここまでやるつもりはなかった、というのが本音だ。


 身の丈以上の大剣を扱う巨漢ジンと、赤い髪の女魔導師クレナ。

 二人にも手伝ってもらい野営の準備を進めていれば、あっという間に日が暮れてきた。


「さて。とりあえず二人とも、本当に助かった。ありがとな」

「ジンとクレナがいなかったら、あの数のダストは捌けなかったわね。わたしからもお礼を言うわ」

「ここらの様子を見ると、謙遜にしか聞こえないがな」


 ジンの言いたいことは分かるが、バハムートセイバーには制限時間がある。二人だけ、実質一人であの数を相手にしていては、十分以上経過してしまっていただろう。


「それで、説明してくれるんでしょうね、スペリオルとあなたたちの関係」

「て言っても、俺たちも分からないことだらけなんだけどな」


 そして龍太は、この異世界に来てからのことを掻い摘んで説明した。特にスペリオルのことについては、本当に不明な点が多い。自分が狙われていることは分かっていても、その理由までは定かじゃない。


「なるほど……たしかに、それはリュウタがこちらの世界に来たことと関係がありそうだ」

「偶然と片付けるには納得できない部分が多いわね。クローディア様に会ったのなら、氷炎の宴ブルークリムゾンにも話が行ってるはずだし、あっちに任せるしかないわ」

「ブルークリムゾン?」

「ドラグニアの魔導師ギルドよ。わたしたちの目的の人物は、そこのマスターなの」


 ハクアが短く補足してくれた。

 目的の人物。村長からは魔人と呼ばれていた、タカナシアオイという龍太と同じ異世界人。つまり、ドラグニアについてから目指すべきはその魔導師ギルドだ。


「ま、事情は分かったわ。そう言うことなら、近くの街まで同行してあげる」

「いいのか?」

「当然だ。我々は世界を守る龍の巫女、その一角に仕える者だからな。ここで二人を見捨てれば、俺たちがどやされてしまう」


 二人の力は先程の戦闘で見ている。街まではまだまだ距離があるし、頼もしい限りだ。


「時にリュウタ、見たところかなり鍛えているみたいだが、元の世界でも戦っていたのか?」

「まさか。ジンも見ただろ、俺一人だったら完全に素人だぞ」


 たしかに、路地裏での喧嘩ならそれなりの数を経験してきたが、命の奪い合いなんて未だに慣れていない。鍛えているのだって、日課の筋トレのおかげだ。


 それらが多少は役に立っているとは言っても、今の龍太一人ではさっきのダストとの戦いだってギリギリだった。


「ふむ、たしかに剣の扱い方は素人同然だったが、体の動かし方や力の使い方は、中々うまいものだったぞ。よければ次に魔物と遭遇した時、俺が剣術の指南をしてやろう」

「あ、なら私は魔力の使い方教えてあげるわよ。ハクアは魔力を使えないみたいだし、私の方が教えられることも多いと思うわ」

「マジか、すっげえ助かる」


 ハクアを守るために、少しでも力をつけておきたい。

 今日だって、龍太は結局ハクアに庇われてしまい、その結果あんな事態に陥った。いつまでもお荷物のままはごめんだ。


 ジンもクレナも腕の立つ魔導師、得られるものは多いはず。


 と、意気込んでいた龍太だったのだが。

 ジトっとした視線を感じて振り向いてみると、ハクアが不機嫌そうにこちらを睨んでいた。


「リュータに色々教えてあげるのは、わたしの役目なのだけれど」

「でもよハクア、その道のプロに教わる方が良くないか?」

「リュータの剣はわたしが昔使っていたものだし、魔導はあなたの魔力を借りればいいだけだわ」


 珍しく頑ななハクアに困惑してしまう。不機嫌そうな顔は元に戻らないし、まさかなにか変なことを言ってしまったのかと不安になってきた。


 女性経験のなさゆえにあわあわするしかない龍太に助け舟を出したのは、提案を持ちかけた側の二人。


「あらあらあら、なるほどなるほど?」

「なんだ、そう言うことか。早く言ってくれればいいものを。ならばハクアに譲るしかないな」


 なにかを察した様子で、うんうんと腕を組んでしきりに頷いている二人。

 いや待て、これ助け舟とかじゃない。絶対変な勘違いしてるぞこいつら。


「待て、なにを察した? 言っておくけど違うからな? 俺とハクアは旅の仲間だから! それ以上でもそれ以下でもないから!」

「酷いわリュータ……わたしと誓約龍魂あんなことまでしたのに……」

「言い方! 言い方を考えろ!」


 たしかにエンゲージは割とマジで責任取らなきゃいけない案件だし、旅の仲間、なんて一言で片付けられるものではないのかもしれないけど。そんな言い方をしたら、また要らぬ誤解が生じてしまう。


「ははは! 本当に仲がいい、羨ましいなクレナ」

「パートナーでもない人間とドラゴンが、てのも珍しいわよねぇ」

「そういや、そのパートナーってのはなんなんだ?」


 これはハクア先生にも教わっていない。ジンとクレナはパートナー、と最初に言っていたし、ただ同じギルドの仲間というだけではなかったのだろうか。


 しかし尋ねた二人は苦笑するのみで答えてくれず、さすがにその意図を察せないほど鈍感ではない龍太は、未だ不機嫌そうに唇を尖らせたハクアに聞いた。


「ハクア、パートナーってなんなんだ?」

「教えてほしい?」

「ああ、ハクアに教えてほしい」

「……そこまで言われたら仕方ないわね、わたしがリュータの先生だもの」


 一転して上機嫌に。うーん、チョロい。まあ可愛いからいいけど。


「と言っても、読んで字の如く。この世界の大国では、人間とドラゴンの相互扶助のひとつとして、パートナー制度を設けているの。人間にはドラゴンの魔力や戦闘能力を、ドラゴンには人間の科学力を提供する。個人同士で結ぶこともあれば、人間側の家庭ひとつに一体のドラゴンと言ったパターンもある。その辺りはそれぞれの事情なんかによりけりね」

「ペットみたいな?」

「違うわよ」


 ぱっと思いついた例えを言ってみれば、呆れたようなため息を吐かれた。聞いている限りはペットみたいな感じなのだが、違うのだろうか。


愛玩動物ペットじゃなくて家族パートナー。リュータの世界では人間と人間以外の暮らしというとペットしかいないのかもしれないけれど、ドラゴンは人間と変わらない知性と知能を持ち、人間と同じ体に変化することもできる。わたしがドラゴンだって、忘れてないわよね?」

「あー、悪い……」


 たしかに、場合によっては侮辱とも取れる言葉だったか。ハクアがドラゴンだと言うのはたしかに時折り忘れがちだが、それを差し引いたとしても、あまりに考えなしの言葉だったと言わざるを得ない。


 そんな失言も、上機嫌なハクア先生は優しい微笑みで受け流してくれる。


「他意がないことは分かっているから、気にしなくていいわ。それで、そのパートナーは別に国が決めたりするものでもないから、自分たちで探さないといけないの。もちろんそれを助けるための場所もあるけれど」

「つまり、パートナーを持っていない人間やドラゴンもいるってことか」

「そうなるわね。最初の頃はパートナーの有無で格差が出るだの、ドラゴン側が人間を見下してたり、そんなドラゴンとパートナーなんてまっぴらだとか言う人間もいたし、結構大変だったみたい」


 それらを乗り越えて、今ではこれといった諍いもなくなった。

 曰く、人間よりもかなり長生きなドラゴンには、家族という概念が希薄らしい。当然親兄弟のことはそう認識しているようだが、何百、何千年と生きていると、血の繋がった家族との関係はどうしても薄くなっていく。


 そんなドラゴンの中にも、人間の家族というものを羨み憧れる者が結構いたようだ。そういうドラゴンが率先してパートナーを見つけていき、挙句この世界最強の龍神たちすら、人間と共に生きている。

 その結果、パートナー制度は現在のように広まったのだとか。


「パートナーになった人間とドラゴンがそのまま結婚、なんてこともあるくらいなのよ。どこかで聞いたことのある話だと思わない?」

「それって、誓約龍魂エンゲージと同じだよな」


 龍と人の魂をひとつにする儀式でありながら、将来を誓い合った両者が行うもの。

 龍太とハクアはイレギュラーな例だが、本来はそう言ったもののはずだ。


「そう、パートナー制度は当時のドラグニア女王と龍神ニライカナイが提唱したものなのだけれど、ニライカナイは誓約龍魂エンゲージを参考にしたみたいね。といっても、魂を一つにしたりはしないわ。お互い体のどこかに同じ紋様を刻んで、魔力を共有したり、互いの位置が分かったり、そう言った恩恵があるだけ」

「なるほど。ってことはまさか、ジンとクレナも?」


 見やった先の二人は、違う違うと苦笑する。


「魔導師とドラゴンのパートナーは、少しだけ違っていてな」

「ああ、そうか。戦闘を前提にしてるんだな」

「そういうこと。私は私で婚約者がいるし、相性いい人間がジンだったってだけよ」

「え、てことはクレナがドラゴンなのか?」


 てっきりジンがそうなのだとばかり思っていた。ファミリーネームを名乗らなかったこともあるし、なによりその肉体。鎧を脱いでいる今では、鍛え抜かれた筋肉が露わになっている。そこまで鍛えるには眠れない夜もあっただろう。

 それを龍太は、人間の肉体を構築する上での設定、みたいなものだと思っていた。


 なにせマジでやばい筋肉してるから。自分が鍛えてる、なんて宣うのが恥ずかしくなるくらいに。


「俺の筋肉は、正真正銘幼い頃から鍛え続けた天然の筋肉だぞ」


 無駄にポーズを取るジン。ナイスバルク! とか言ってあげた方がいいのだろうか。


「パートナーについてはこんなところね。ドラグニアに行ったらきっとびっくりするわよ。あそこはパートナー制度の普及が他の国よりも進んでいるから」

「そろそろいい時間だ、リュウタとハクアはもう休んでも大丈夫だぞ。見張りは俺とクレナでしておく」


 さすがに申し訳ないので手伝おうとしたのだが、ジンは頑として譲らなかった。仕方なくテントの中にハクアと二人で引っ込む。

 すでに中で寝ていたエルが目を覚まして、二人分のスペースをちゃんと空けてくれた。


 さて、二人きりになったところで、ハクアには聞いておきたいことがある。


「今日、バハムートセイバーの力がいつもよりデカかったけど、なんでだったんだ?」

「予想でしかないのだけれど……リュータはあの時、怒ってくれたでしょう?」

「まあ、そうだな」

「その怒りに鎧が呼応して、リュータの魔力放出量が跳ね上がった、と考えるのが妥当だわ。あなたは元々、あれだけの力を出せるくらいに魔力を持っているの」


 コントロールできなかった、というわけではないのだろう。前にハクアが言っていた。人ひとりが扱う魔力には限度があると。

 その限界を、龍太の怒りを感じ取った鎧が突破させた。


「ちょっとは自制を覚えないとな……」


 ここが森の中だから良かったものの、周囲に人がいる状況だったら、否応なしに巻き込んでいただろう。

 そうならないためにも、自分の感情と鎧の力、両者をコントロールしなければ。


「でも、わたしは嬉しかったわ。リュータが怒ってくれて」

「揶揄うなよ……」

「揶揄ってなんかいないわ、本当よ?」


 嘘がないことなんて、その微笑みを見れば分かる。しかしどうにも照れ臭く直視できなくて、龍太は顔を背けるように寝転がった。


「さっさと寝ようぜ、明日も早いんだし」

「ふふっ、そうね」


 寄り添うようにして寝転がるハクア。距離感がベッドで寝てた時と同じで、今日からまた寝不足の日々を覚悟した。



 ◆



 ジンとクレナも加わった一行は、翌朝から街道に沿って歩みを進めた。道沿いなら比較的魔物の出現も少ないらしいのだが、しかし全くないとは言えない。


 昼前まで歩き続け、そろそろ休憩しようかという矢先、四人は魔物に襲われることとなった。


「いいかリュウタ、その長さの剣を振るう時は鋭く早くだ。腕だけの力ではなく、全身の力を使え、体重を乗せるんだ!」

「先手を取ろうなんて考えなくてもいい、まずは相手の攻撃を受け止めたり避けてからのカウンターを狙って。リュータにはその方が合っているから」


 ジンとハクア、二人からの指導を受けつつ、歯車の集合体のような魔物の相手をする。魔物と言っても色々いるようで、生物的なもののみならず、今目の前にいる、歯車をいくつも重ねたり組み合わせたりしたやつみたいな、無機物のものもいるらしい。


 それなりの群れで襲ってきたのだが、こちらは昨日までと違い四人いる。それぞれが役割分担して、龍太とジンが前衛で斬り込み、ハクアとクレナが後衛から援護。単純に味方が増えただけで、安心感がまるで違う。


「つっても、こいつら……!」

「やっぱ数が多いと面倒ね!」


 歯車たちはさほど大きいわけではない。人の頭と同じくらいの塊で、常に浮いている。

 だがそれが思いっきり突っ込んできたら、もはや立派な凶器だ。


 ハクアとクレナは接近される前に撃ち落とし、ジンはむしろ自分から近づいて自慢の大剣で金属の塊を叩き落としている。

 他方で龍太はというと、自分の身を守るのに精一杯だった。


 突っ込んできた歯車を剣で弾くが、それも防御のため。当然魔物にダメージなど通っている様子もなく、弾かれた歯車はもう一度龍太に突っ込んでくる。


 このままではダメだ。手を考えなければ。


「鋭く、速くッ……!」


 言われたことを反芻する。

 目の前まで迫る歯車に、剣を突き出した。生身の龍太が最も鋭く速い一撃を繰り出すには、振りかぶってからじゃ遅すぎる。

 ゆえに、斬撃ではなく刺突の一撃。


 使用者の魔力に応じて斬れ味が増す剣は、不気味なほどに容易く金属の塊を穿った。

 魔物は粒子になって霧散する。初撃破を喜んでいる暇はない。群れはまだ数を残しているのだから。


「その調子よリュータ! 頑張って!」

「よっしゃ、どんどん来やがれ魔物ども!」


 ハクアからの声援を受けて、単純な男子高校生は俄然やる気を漲らせる。

 ここまでの戦闘で、こいつらが人間の頭ばかりを狙ってくることは分かっている。それが分かっていて、状況がリセットされた今、次に迫る魔物の対処は簡単だ。


 最小限の動きで、剣を振り下ろす。一直線に迫っていた魔物は止まることもできず、剣が振り下ろされるそこへ突っ込んでくるのみ。歯車の塊が真っ二つに両断される。これで二体目。


 続けて三体目に備えようとした、その時。


 残っていた魔物の群れが、突然真っ二つに斬り裂かれた。

 詠唱の声は聞こえなかったが、クレナの仕業だろう。彼女に声をかけようと振り返るが、しかし。そのクレナまで驚愕の表情を浮かべている。


「今の、クレナがやったんじゃないのか?」

「違う、私じゃない……そもそも魔力の動きすら……」


 この中で唯一可能性があるクレナじゃないなら、一体誰が。


 その答えは、唐突に現れた。


「きゅー! きゅー!」


 鳴き声をあげるエル。これまで以上に警戒を剥き出しにした小さなドラゴンが見つめる先は、街道の向こう。


 そこにひとり、誰か立っている。

 フードつきのマントを羽織り、仮面を被った何者か。

 分かるのはそれだけだ。性別も、年齢も、身長や体つきすら判別しない。そこにいるはずなのに、目があいつを正常に認識しない。


「ぅっ……!」


 これは龍太でも分かる。魔力感知の方法なんてまだ教わっていないのに、それでも伝わってくる。

 そいつから放たれる、吐き気すら催すほどに絶大な魔力が。


「リュウタ、下がっていろ」

「あいつはヤバいわね」


 冷や汗を垂らしながらも前に出るジンとクレナ。戦いのプロである二人でも、恐怖が隠し切れていない。


「どけ、魔導師。我の狙いはそこで蹲っている男だ」


 地を這うように低く、氷よりもなお冷たい声音。それでもやはり相手の正体は微塵も分からず、そして二人が道を譲ることもない。


「はい分かりました、って行くと思ってんのかしら」

紅蓮の戦斧フレイムウォーの魔導師を舐めてもらっては困る!」

「ならばいい。そこをどかずとも、そいつを殺すことに変わりはない」


 虚空から取り出されるのは、一振りの刀。異世界には似つかわしくないその武器を取り出したと、そう思った時には既に、仮面の姿がすぐ目の前に迫っていた。


「どういうつもりかしら」


 速すぎる動きに誰もついていけない中、ただ一人、ハクアだけが動いている。

 鞘から抜かれた刀を振りかぶる仮面に、ライフルの銃口を向けていた。


「わたしの前でリュータを殺すだなんて、よくも口にできたわね」

「白き龍、貴様こそどういうつもりだ? なぜ貴様が魔王の心臓ラビリンスと共に行動している」

「ラビリンス……?」


 ハクアが怪訝そうに返した、次の瞬間。

 仮面が動く。目にも止まらぬ速さで繰り出される、顔を狙った鋭い回し蹴り。咄嗟にライフルを盾にするハクアだが、しかし彼女を襲ったのは回し蹴りではなく足払いだった。


「なっ……!」

「遅い」


 体勢を崩し転げかけたところに、いつの間にか鞘に収めた刀の一振りが。だがハクアに命中する前に、再起動したジンが仮面へと肉薄していた。


「うおぉぉぉぉ!!」

「チッ……」


 ジンの身の丈以上もある大剣を鞘に収めた刀一本で受け止め、それでも焦った様子すら見せない。苛立たしげに舌打ちするのみ。

 それどころか、特に踏ん張ることもなく腕の力だけで押し返してみせた。


 大きく仰け反ったところを、鞘の先端による刺突が腹に突き刺さる。


「ぐふっ……俺の筋肉に傷をつけるか!」

「ジン!」


 遅れてクレナが炎の矢をいくつも放つが、それら全てが凍りついて地面に落ちた。

 詠唱も、術式の構築も、魔法陣の展開も、これまで教えてもらった術の行使に必要なプロセスが一切存在しない。


 こいつはまだ、一度も魔導の力を使っていない。それでこの強さ。

 なにより、全くの正体不明ということが、龍太に強い恐怖を植え付ける。


魔王の心臓ラビリンス、随分と手間取らせてくれたが、それも今日までだ。ここで確実に殺す」


 龍太を狙うということは、こいつもスペリオルなのか。しかしスペリオルの目的はあくまでも生捕りで、殺すとまでは言っていなかったはず。

 なにがどうなっているんだ。どうして誰も彼も俺を狙うんだ。


 誰も答えは示してくれない。

 それでも、龍太の名前を呼ぶ、聞き慣れた凛とした声が、耳に届いて。


「リュータ!」


 ハッと我に帰る。差し伸べられた手を迷いなく取って、二人の体が光の球体に包まれた。


「「誓約龍魂エンゲージ!!」」


 球体が弾けて消え、純白の戦士が出現する。腰の後ろから剣を抜き、素早く構えながらも叫んだ。


「一体なんなんだよ、お前は!」

「なるほど、そうなっているのか。中々面白い、ならば我も本気を出してやるとするか」


 問いには答えず、仮面の奥で笑う気配。

 そして、やつの纏う魔力が跳ね上がった。まだ上があることに驚愕していると、仮面の全身が光の柱に飲み込まれる。


位相接続コネクト


 静かに言葉が紡がれて、光が晴れた。

 再び姿を見せた仮面は、銀のラインが入った黒いロングコートを羽織り、被っている仮面にはオレンジの瞳と、そこから流れる血涙のような赤い線が描かれている。


 そして、答えた。

 何者なのかという問いに。

 威圧するような、宣誓するような、それでいて自嘲するような、様々な色が混ざり合った声で。


「我は敗北者ルーサー。貴様を殺す、ただの復讐者だよ」

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