第5話
「おらぁ!」
『はぁ!』
左右から同時に迫ってきた怪人を、同時に迎え撃つ。右の怪人は龍太が直接拳で殴り、左から斬りかかってきた怪人はハクアが魔力を操作し、無形の衝撃で弾き飛ばした。
体は一つだから、視界も勿論共有だ。しかしバハムートセイバーを起動した龍太の肉体は、ドラゴンと同じ五感を有する。ならば視線を向けていなくても、音だけで敵の位置を把握することも可能。ハクアにとっては、ドラゴンの五感の方が慣れ親しんでいることもあって、二度目の変身でありながらも抜群のコンビネーションを見せていた。
「どうした、こんなもんかよ!」
「中々やりますね、さすがというべきでしょうか。村人たちは無視して、あなた方の相手に専念した方が良さそうだ」
控えていた残りの七体が、一気に襲いかかってきた。しかしそれらは、全く同時に接近してくるわけではない。相手が人間の大きさで一人である以上、数の利を活かすにも工夫がいる。
その工夫をするだけの知能が与えられていないのか、怪人の動きは酷く単調だ。
路地裏の喧嘩で殴り合いに慣れた龍太にとって、この程度取るに足らない。
冷静に動きを見極め、立て続けに襲いかかる刃を巧みに躱す。隙を見つけてはカウンターの一撃を入れ、消耗した怪人たちが一箇所に纏まったところでカートリッジを右腕のガントレットに装填した。
『Reload Vortex』
「纏めて吹き飛べ!」
右腕を前方に突き出せば、ガントレットから風の弾丸が放たれた。怪人の一体にヒットした瞬間、斬撃の渦となって敵の全てを飲み込み切り刻む。
粒子となって霧散していく怪人たち。
これで残るは、やつらを率いていた男ただひとりだ。
「さあ、残りはお前だけだぜ」
『どうしてリュータを狙うのか、教えてもらいましょうか』
「くくっ、この程度で有利に立ったと思えるとは、随分とおめでたい頭をしていますね」
「んだと⁉︎」
怒りのままに突っ込もうとした体は、ハクアが無理矢理引き止める。
手駒を失った男は、どうしてか不気味な笑みを浮かべたままだ。
『警戒して、リュータ。あの男、まだなにか隠し持ってる』
「ええ、その通りです。あなた方が倒したのは、所詮量産型の雑兵に過ぎない」
男が懐から取り出したのは、龍太やハクアにも見覚えのあるもの。そう、二人が使っているのと同じカートリッジだ。
しかし色が違う。バハムートセイバーの使用するカートリッジが基本的に白で統一されているのに対し、やつが持っているカートリッジは真紅に染まっている。
「しかし! 私は量産型とは違う! 自我を与えられ、より戦闘に特化した個体として製造された! カートリッジシステムの使用すらも許された、選ばれし者!」
「なんだよ、人間じゃないってのか?」
「あなた方のような、脆弱な存在と同列に扱わないでもらいたい」
服の袖を捲ると、機械の腕が顔を覗かせた。予想外の光景にギョッとするが、その腕が更に変形、展開し、バハムートセイバーのガントレットと同じ、カートリッジの差し込み口が出現する。
まさかと思い駆け出すが、遅かった。
男はカートリッジを装填、腕が元の形へと戻り、無機質な機械音声がそこから響く。
『Reload Phoenix』
「スペリオルの作り出した戦闘兵器、スカーデッド! その最高傑作が一人、フェニックス! それがあなたを倒す、私の名です。覚えておいてもらいましょうか!」
鮮やかな紅の球体に包まれた、フェニックスと名乗った男。球体は液体のようにドロドロと溶け、中から現れたのは灼熱の炎を纏った幻獣。大きな翼を広げ、甲高い声で鳴く不死鳥だ。
『まさかカートリッジを使えるなんて……!』
「ハクアの龍具じゃなかったのかよ⁉︎」
『カートリッジシステムは後付けなの! 比較的最近確立された技術だから、どこかの兵器開発者が横流ししたんだわ!』
言い合う間にも、不死鳥が翼をはためかせる。放たれる炎の鏃を躱そうとしたが、寸前で思いとどまった。龍太の意図を察してくれたハクアが、前面に防壁を展開、炎を受け止めてくれる。
「おやおや、避けないのですか? いや、避けられるわけがないですよねぇ!」
「くそッ、卑怯な手使いやがって!」
背後には、村がある。そこに生きる人々がいる。今の龍太が守るべき存在だ。
やつの攻撃の巻き添えにさせないため、あの炎の鏃は決して後ろに逸らすわけにはいかない。
「ハクア、魔導ってのは魔力があればなんでもできるんだよな⁉︎」
『なんでもってわけではないけれど……なるほど、そういうことね。サポートはわたしに任せて!』
一心同体を体現した二人は、具体的な言葉を交わすまでもなく互いな意思を疎通する。
炎の雨も、永遠に降り続けるわけではない。これもやつの魔力を使っているのなら、いつか終わりが訪れるはず。
防壁を貼り続けながらも、龍太は腰のカートリッジを一つ取り、ガントレットに装填した。
『Reload Particle』
ガシャガシャと音を鳴らしながら、ガントレットは更に変形。先端に銃口が開く。
丁度そのタイミングで、炎の鏃が降り止む。チャンスだ。
「人の頭の上から見下しやがって!」
『いい加減堕ちろ!』
照準を合わせると、構えたガントレットの前に円形の幾何学模様、魔法陣が広がる。
そこから撃ち出されるのは、加速させた荷電粒子。以前ハクアが使ったような収束した一条の光ではなく、何本にも拡散させた制圧射撃。ハクアの魔力操作、魔導によって、砲撃からホーミングレーザーへと用途を変えたのだ。
空中を飛び回り逃げる不死鳥だが、光はその後を執拗に追いかける。
しかし敵もさすがの動きで、ギリギリまで引きつけて躱すことにより、何本かはそのまま空中へと逸れていった。
だがレーザーの数はまだ残っている。躱しきれずに一度被弾してしまえば、動きを鈍らせたところに容赦なく全ての光線が直撃、炎を纏った鳥は地上へ墜落する。
「ようやく落ちてきたなこの野郎!」
「ぐうぅぅっ、この私を落とすとは……! しかし、まだ終わっていません!」
落ちてきたところに右の拳を見舞えば、ひらりと身軽に躱され、カウンターの蹴りを顎に食らった。
刹那、視界が揺れる。
再び空へ戻ろうとする不死鳥を、しかし体の主導権を一瞬だけハクアに移すことで、その鉤爪を掴んだ。
『逃がさない!』
「ナイスハクア!」
そのまま地面に叩きつけ、まるでサッカーボールのように蹴り飛ばす。人間大の大きさを持つ不死鳥は体をくの字に折り曲げながら、村の外にある木に背中から激突した。
『ヒーローの戦い方っぽくない』
「仕方ないだろ、こういうやり方しか知らねえし」
たしかにちょっとラフな戦い方ではあるが、そういうヒーローもいないわけではないし。ダウンした相手に容赦なく蹴り入れるのなんてまだまだ序の口で、不意打ち騙し打ちなどの卑怯な手すら使うヒーローだっていた。
それもきっと全部乾巧ってやつの仕業なんだろうけど。
「大口叩いてた割に、空から落ちたらこんなもんか?」
「随分と余裕のようですが、油断していると痛い目を見ますよ?」
「おっと」
飛んできたのは炎の槍。それを拳で叩き落とそうとするが、逆に龍太の腕が弾かれた。
「ぐっ……!」
『っつ……』
鎧を貫通することはなかったが、腹に直撃して痛みによろめく。痛覚もハクアと共有してしまっているのか、彼女の苦しげな声も漏れていた。
『油断しないで、リュータ! あいつの魔力が増幅してる!』
「しかも無傷かよッ!」
ただそこにいるだけで周囲の雪を溶かしてしまう不死鳥は、バハムートセイバーの怪力による一撃をまともに食らったにもかかわらず、無傷で立ち上がっている。それどころか、その身に纏う炎は勢いを増していた。
ハクアが魔力操作を怠ったとは考えられない。なら何故かと言えば、それはおそらくやつの方に問題がある。
「不死鳥……つまりは再生能力がヤバいってことか」
『なら一気に決めましょう!』
「賛成だ!」
地面スレスレを飛び、高速で肉薄してくる不死鳥。直感だけで紙一重のところをなんとか躱しながら、拳をそこに置く。
急ブレーキが間に合うはずもなく、フェニックスの体は容易く雪の上に落ちた。
「がッ!」
「そんなに空に戻りたいなら、お望み通り戻してやるよ! オラァ!」
そして雑に翼を掴み、上空へ向けて放り投げる。追うように跳躍しながら、紅いカートリッジを装填。
『Reload Execution』
『Dragonic Overload』
ガントレットが変形、分離し、右脚に装着される。純白の鎧は不死鳥よりも遥か高くまで舞い上がり、真紅のオーラに身を包む。
それが右脚に収束して、流星の如き勢いの蹴りが真上から落とされた。
「おらぁぁぁぁ!!」
「ぐあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
フェニックスの体を貫通し、純白の鎧は地面に着地する。その数瞬後、空中で不死鳥が爆散した。
「これで一件落着、か?」
『……いや、まだみたい』
変身を解こうと思っていた龍太だが、ハクアの一言で思いとどまる。
構えたままで周囲を警戒していると、少し離れたところに奴が使っていたカートリッジが落ちていた。それが一人でに浮かび上がり、紅い球体を形成。ドロドロと溶けたように消えれば、髪をオールバックにした眼鏡の男性が現れる。
「おいおいマジかよ!」
『今のでトドメを刺せないなんて……!』
「いえ、私はたしかに、一度死にましたよ。この肉体は失われました。しかしこの力があれば、私は何度でも甦る」
わざとらしく、こちらに見せつけるようにして、指先で弄んでいるカートリッジ。
まさか、不死鳥の力で蘇生したとでも言うのか?
「だったら何回でもお前をぶっ倒してやるだけだ!」
『そのカートリッジさえ壊してしまえば、不死鳥の力も失われる!』
「威勢のいいことで。望むところといいたいですが、今日は退かせてもらいましょう。さすがに、完全な蘇生は消耗が激しすぎますから」
「逃すか! って、え?」
「バハムートセイバーが解けた⁉︎」
腰から取ったカートリッジを装填しようとした、その時。
突然、勝手に変身が解除されてしまった。更に龍太は自分の足で立ってられず、思わず膝をついてしまう。
「リュータ!」
「くそッ、なんでだよ……!」
「どうやら、そちらも限界のようですね。あの状態は制限時間があると見ました。持って十分と言ったところですか?」
制限時間。
そんなものが存在したなんて初耳だが、思えば最初の時も、最後は勝手に解除されて、龍太は気を失ったのだった。
ハクアも薄々勘づいていたのか、リュータを支えて立たせながらも、苦しげにフェニックスを睨んでいる。
「今回は痛み分け、というには私の消耗が大きいですが、そういうことにしておきましょう。これ以上戦っても、互いに得るものはないようです」
「偉そうに……!」
「ではご機嫌よう、アカギリュウタ、それから白き龍。私たちスペリオルは、あなた方を諦めない」
男の足元に魔法陣が広がり、次の瞬間には姿を消した。
村は守り通した。被害も家が一件燃えただけ。負けてない。
だけど、どこか腑に落ちないものを感じながら、二人は村に戻った。
◆
燃やされた家は、なんと一日経ったら見事に元通りとなっていた。さすがに家具類までそうはいかなかったようだが、それでも家としての機能は果たせる。魔導を使えばこんなもの、とは村長の談。
更に明くる日のお昼頃。
龍太とハクア、それからエルは、再び村長の家に訪れていた。今日これから、ドラグニア神聖王国へ向けての旅が始まる。
その前に一言挨拶をと立ち寄った先で、龍太は村長から、一振りの剣を受け取った。
「これは?」
「この村に代々伝わる宝剣です。儂らが持っていても宝の持ち腐れ、アカギ様がお持ちください」
「いやいや、そんな大切なもん受け取れないっすよ!」
鞘に収まったそれを返そうとするが、村長は一向に譲らない。
異世界からやって来た素性の知れぬ少年。しかも出会ってまだ日の浅い龍太に、そんな大切なものを受け取る資格はないだろう。
剣を互いに押し付け合う二人を止めたのは、ハクアのため息だった。
「リュータ、真に受けなくていいわよ。その剣、昔にわたしが使っていたやつだから」
「へ? そうなのか?」
「二百年前に一度来た時、もう使わないからって先代の村長に譲ったの。だから代々伝わるどころか、それからまだ一代しか経ってない」
真実を問うために村長へ視線を戻せば、目を逸らされた。おい、こっち見ろよおい。
「だから遠慮なく貰っていいわ。剣の使い方はわたしが教えるし、バハムートセイバーに頼りきりってわけにはいかない以上、リュータも自衛の手段は持っていた方がいいから」
そう、戦いになれば全部変身して対処するわけにはいかないのだ。
バハムートセイバーには、約十分ほどの制限時間がある。それを超えた使用は体に大きな負荷が掛かるばかりか、返信も強制的に解除されしまう。
ハクアはいいが、龍太は生身のままだとこの世界ではほぼ無力。戦う手段を手にしていた方がいい。
「そういうことですので、是非お受け取りください」
「まあ、そういうことなら……」
手に持った重みもたしかめる。
元の世界で生きていれば一生縁のない、命を奪うための道具。
けれど、これから先の旅ではどうしても必要なものだ。
「セン。あなたのその、よく分からない冗談を言う癖、どうにかした方がいいと思う」
「ほほほ、白龍様はお気に召しませんでしたか」
「わざわざ変な嘘を吐かなくてもいいじゃない。わたしがいるからすぐバレるんだし」
陽気に笑う老婆と、ため息を漏らす少女。祖母と孫のように見えるが、実年齢は真逆だと言うのだから恐れ入る。
不意に真剣な表情へと変わった村長が、龍太に向き直る。自然と居住まいを正し、背筋が伸びた。
「アカギ様、白龍様。この度は村をお守りいただき、ありがとうございました。村人を代表して、改めてお礼申し上げます」
「ちょっ、顔をあげてください! 俺たちは当然のことをしたまでですから!」
いきなり頭を下げられ困惑する。
礼が欲しくて戦ったわけじゃない。ただ、龍太とハクアの二人が、そうしたいと思ったから戦ったのだ。
目の前で村が蹂躙されることも、あんなやつらについて行くとも許せなかったから。
自分の正義を貫くために戦った。
「そうね。わたしたちは、わたしたちが守りたいと思ったもののために戦っただけ」
「全てのヒトが、そうできるわけではありません。想いを行動に移せる。それができるあなた方お二人は、真に強い者なのでしょう」
「強い者……」
本当にそうだろうか。俺が強かったら、玲二と詩音は俺を庇うこともなく、今も元の世界で暮らしていたんじゃないだろうか。
あるいは、ハクアの命を半分貰うなんてことも、なかったかもしれない。
異世界に来て、自分の常識では測れないものばかりに直面して、いかに自分がちっぽけで弱い存在なのかを思い知った。
そんな考えが浮かんでしまえば、表情は自然と沈んだものになる。
「そうですな。アカギ様風に言い換えるのなら、あなた様はこの村にとってヒーローなのです。ですから、胸を張ってください」
それは本当に、祖母が孫へ向けるような、優しい声で。
「それでも自信が持てないと言うのであれば、この村にお二人の銅像を建てましょう」
「それはやめてくれ!」
「ご冗談です」
本当に冗談なのだろうか。結構マジなトーンの声だったんだけど。
しかし、お陰で悩みは気にならなくなった。
今の自分が弱いというなら、強くなればいいだけの話だ。本当に胸を張って、ヒーローを自称できるようになるまで。
「そろそろ行きましょうか、リュータ。村長、一ヶ月もお世話になりました。またそのうち、あなたが生きている間には立ち寄るわ」
「ええ、ええ、そうしてくださると、村の者も喜びます。ああそうだ、もしお二人が本当に婚姻を結ばれたなら、この村にお住みください」
「婚姻って……だから俺たちはそんなんじゃ……」
たしかにハクアとはエンゲージを結んだし、もはや互いに欠けてはならない存在、運命共同体となったわけだが。
そういうのはほら、ちゃんと段階を踏んでからと言うか、もっと色々あるじゃん?
真っ赤な顔で小さく否定する龍太だが、予想外のところから不意打ちを食らうことになった。
「違うの?」
「……っ」
キョトンと小首を傾げ、ジーッとこちらを見つめるハクア。
その端正な顔と紅い瞳に見つめられると、どうにも弱い。なるほど、これが惚れた弱みというやつか。
「ちがっ、わない、かもしれないな……うん……まあ、考えときます……」
裏返って吃りまくった声を聞き、ハクアがクスクスといたずらな笑みを漏らす。
うーん、しっかり揶揄われた。めっちゃ恥ずかしい。
赤い顔を隠すように、村で用意してくれたという当分の食料や水、テントなどが詰まった鞄を背負う。結構重いが、ここは男である龍太が持つべきだろう。
ハクアの膝上で寝ていたエルも目を覚まし、宙に飛び上がる。ハクアも立ち上がって、最後にもう一度、村長に別れの挨拶をした。
「なにからなにまで、本当にありがとうございました」
「セン、ちゃんと長生きしてね」
「きゅー」
「ええ、当然です。村のヒーローのことは、後世までしっかり伝えましょう。お二人の旅の無事を、この村から祈っております」
腰を折り一礼して、村長の家を出る。
村を出るまでに何人かの村人からも声をかけられ、中にはハクアに抱きついてくる子供たちや、最後だからとエルに頬擦りする者もいて、惜しまれながらも村を出た。
「ここからだな」
「初めての旅は不安?」
「ちょっとだけ。でも、ハクアがいてくれるからな」
本当に龍太一人だけだったなら、どうにもならなかった。旅に出るまで漕ぎ着けることもできず、あの時あのドラゴンに殺されていただろう。
けれど、今はハクアがいる。
ふたりでひとり。どちらか片方が欠けても成り立たない半端者同士だけど、この美しい純白の少女が隣に立っていてくれるから。
「よしっ! 行こうハクア。まずはノウム連邦目指して、出発だ!」
「ええ!」
「きゅー!」
ヒーローを目指す少年と、純白の少女。そして小さな黒いドラゴン。
一行の旅は、今ここから始まった。
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