第2話 ずんだっ茶シェイク、牡蠣小屋

 牛タン通り・寿司通りの入り口には○久水庵のお店がある。

「私、気になっていたんだよね。ここのずんだっ茶シェイク」

「わたしも!」「オレも!」

 雫が喜久○庵の会計を済ませると、便乗した板橋さんと九条がこぞってずんだっ茶シェイクを購入する。

「ほら、悠人ゆうとも飲む?」

 雫がずんだっ茶シェイクを差し出してくる。

「そうだね。いただくよ」

 ジューと口にすると、板橋さんが苦い顔をする。

 ずんだっ茶シェイクは抹茶が入っているのか、さわやかな風味と砂糖の甘み、後味にはずんだの優しい味わいがある。つぶつぶとした食感も飽きさせない味へと昇華している。

 端的に言っておいしい。

「おいしい」

「ほわっ!」

 驚きの声を上げる板橋さん。

「な、なに!? それってどんな反応!!」

「いいいま、ふたりは……!」

「えへ。間接キスになっちゃたね! 悠人」

「え。あ」

 それで板橋さんがそんな反応をしたのか。

 やっちまったな。

 板橋さんのことが好きなのに、その前でこんな失態を行うとは。

 僕の気持ちが鈍っているのか? いや、雫は僕にとって妹みたいな存在だ。

「~~~~っ!! ばかぁあ~!」

 怒りを露わにした板橋さんはそのままどこかへと走り出す。

「これってマズくね?」

「ならいけよ、鈴木」

「わ、分かった!」

 僕は走り出した板橋さんを追う。

 本当はこのまま電車で鳴子温泉まで一時間で着く予定だった。さきに宿まで一人で行く気なのか。いや、板橋さんは重度の方向音痴だ。今頃、どこかで迷子になっていてもおかしはない。

 あたりを見渡すと、改札の入り口で立ち往生している板橋さんが見えた。

「あぁ。もう。どこに行けばいいのよ……」

「嬢ちゃん、どこに行きたいんだい?」

「え。ええと……」

 板橋さんに声をかける二人組の男が見えた。

「マズい」

 僕は独りごちると慌てて板橋さんの前に身体を滑り込ませる。

「お、俺の連れですから!」

「なんだ。迷子じゃないのか」

 二人組の男はゆっくりと改札を抜けていく。

「なんか、いい人たちだったぽいね」

「う、うん」

「でも、〝俺〟かー。鈴木くんには似合わないね」

「だよね。威嚇のつもりだったけど、無駄だったかも」

 スマホが振動し、メッセが届いた。

『板橋さん、見つかったか?』と。

「うん。見つかったよ、と」

「わたし、行きたいところあるの」

「え。どこ?」

「松島」

 松島行きの電車を調べると仙台から片道約30分ほどで着くらしい。

 電車に乗っていると、山間の線路をいく。途中で洞窟に入り、抜ける頃には松島に着いていた。

 松島――日本三景のひとつ。


 松島や

 ああ松島松島や

 松島や


 でも有名なあの松島だ。松尾芭蕉も感動した世界がそこには広がっている。とはいえ、海に臨む数々の島々を見ていると、そんなに綺麗には見えないように思える。

 ここからは遊覧船が出ており、先ほどの島々を観察できるようになっているらしい。

 遊覧船の後方にはカモメがやってきており、船内で売られているかっぱエビせんやスナック菓子をあげている人が見受けられる。

 僕たちも真似しようと船内の菓子を買い、カモメと戯れる。

「きゃっ」

 勢いのついたカモメが眼前まで迫ってくる。板橋さんが小さく悲鳴をあげ、菓子を奪われる。

「今のは怖かったね」

「うん。でもなかなか体験できないかも」

 再び菓子を手にする板橋さん。

 そうして遊んでいるうちに遊覧船は港に戻っていく。

 楽しい時間も、もう終わり。

 漁港にいる釣り人が暇そうにあくびをかく。

「釣れましたか?」

 コミュニケーション能力の高い板橋さんは、そのご老人に声をかける。

「ダメじゃな。今日はボウズじゃ」

「普段は何がとれるんですか?」

 コミュニケーション能力の低い僕は後ろで控えめにたたずむ。

「すずきやたいがとれるんじゃがのう」

「……」

 青い海に目を移すと、キラキラと陽光を反射させ輝いている世界がそこにはあった。

「きれい、ですね」

 僕は我知らず口走っていた。松尾芭蕉も、同じ感想を抱いたのだろうか?

「そうじゃな。でも、ここいらの海も昔より汚れている。みろ」

 網ですくってみせたのはビニール袋。

「こういったものをウミガメがクラゲと間違えて食べる」

「ウミガメってクラゲを食べるんですか?」

 こくりと頷く老人。

「消化できないから、腹にたまって栄養不足で死ぬようじゃ」

「どうにかできないんですか?」

 板橋さんが気の毒そうに声をあげる。

「ひとりひとりのモラルの問題者からな。人として成長をしなければこういった問題は解決せんわい」

 釣り糸を取り出すと「みろ」という老人。

「これは?」

「こういったものを片付けずに帰る者も多くてな。これは釣り人として看過できない問題じゃ。あのカモメを見ろ」

 指さした先にいるカモメを見やる。

 と、足に釣り糸が絡まっている。そこだけが圧迫されたのか、水ぶくれができている。

「取り除けないんですか?」

「無理じゃな。カモメはわしらを敵と認識しておる。すぐに逃げ出すじゃろ」

「こんなに綺麗なところなのに。そんな問題があるなんて」

「砂漠も広がっておる。すべて人間のやったことだ。乱開発や人口爆発、資源の枯渇。様々な問題が起きるもんじゃ」

「哀しいですね」

「人間だって自然の一部じゃ。なら、人の出すゴミや毒素も自然の産物ということになる。その結果、人が住めなくなっても、それはそれで自然の流れに従ったまでだ」

「…………」

「ほれ。わしの戯言に付き合ってくれたお礼じゃ」

 そう言ってポケットから取り出したのは〝牡蠣食べ放題〟のチケットだ。二枚ある。

「本当はわしが行く予定じゃったが、若いのふたりで楽しんでおくれ」

「ありがとうございます」

 僕と板橋さんはそれを手に松島にある〝牡蠣食べ放題〟の店にいく。チケットに地図が載っていたのでわかりやすかった。

 目の前の鉄板に大量の牡蠣がガラガラとなだれ込み、熱せられた牡蠣が次々と開いていく。

 その熱々の牡蠣にかぶりつく。

「ふーふー。熱いね」

「うん。でもやっぱり海のミルクというだけあって、味が濃厚でプリプリだぁ」

 咀嚼していくうちに甘みが増してくる。

「あ。ほら。頬についているよ」

 板橋さんはハンカチを近づけて、頬の食べかすを取り除く。

「ふふ。若いカップルさんね。どこから来たの?」

 販売所のおばちゃんが微笑ましい顔を向けてくる。

「か、カップルだなんて、そんな~」

 バグっている板橋さんを尻目に、僕が応える。

「東京からです」

「あら。じゃあ、ワクチン接種後ね」

「はい。二回打ったので、自由になりました」

「それは良かったわ。あたしも二回目打ったのよ。そしたら39度近い熱が出てねー」

「副反応ですか。怖いですよね」

「そうなの。あ、気にせずに食べてね」

 僕はおろそかになっていた手を動かして牡蠣を頬張る。

「おいしいでしょ? それうちの特製なの」

「はい。おいしいです。なにか工夫とかあるのですか?」

「普通の牡蠣は二年で収穫するんだけど、うちのは三年! それもより冷たい深度の深い場所で育てているから、身が引き締まっているのよ」

「へー。牡蠣ひとつあげても、そんなこだわりがあるんですね」

「えへへ。これならいつまでも食べていける」

 板橋さんも気に入ったのか、次の牡蠣に手をだす。

「本当は、震災後にこの職業を辞めようと思ったんだけどね」

 東日本大震災は、この松島にも被害をもたらしたらしい。仙台市内では聴かなかったが、ここは沿岸沿い。津波の被害をもろにうけた場所でもある。

「震災……」

 その言葉が喉に引っかかり、牡蠣を食べる手を止めてしまう。

 宮城県、岩手県、福島県の沿岸沿いで起きた千年に一度の大災害。

 牡蠣小屋をやっているおばちゃん。

 この人もまた、その被害者というのだろう。

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