宮城より、僕の彼女はめんこい!

夕日ゆうや

第1話 宮城への卒業旅行!

「めんこい」

 あれはどの方言だったか。母がよく話してくれた言葉だ。確か「――」という意味合いだったと思う。

 そんな方言も、この集団団地では意味をなさない。都心の標準語に飲まれてから、俺の方言は消えてしまった。

 母さんならまだ方言が残っているのかもしれないが、もういない。

鈴木すずきくん。どうしたの? 外なんか眺めていて」

「ん。えっと。今日は絶好のひなたぼっこ日和で、暖かいなーと思って」

 春の陽気にあてられたのか、僕はぼーっとした様子でグランドから目を離す。

 視界には板橋いたばしさんのにへらとした顔が映る。

 腰まである長い茶髪に、同じ色の瞳で、整った顔立ち。〝学年一の美少女〟と呼ばれるだけある。そう呼ばれているのは他にひとり。

 しかし、板橋さんはなぜか僕にかまうのだ。他の男子生徒からの視線が痛い。でもこの時間は変えがたい。

「ひなたぼっこかー。わたしもしたいなー」

「ならお昼休みにでも中庭にでる?」

 しまった。つい僕から誘ってしまった。

「!」

「いや、なんでもない」

「ううん! 行く!」

 板橋さんは笑顔満点で僕の手をとる。

「楽しみだね!」

「う、うん」

 その圧に圧倒され僕はこくりと頷く。

 いつも話しかけてくる板橋さんはからかうことも多いのに。

 よしっとガッツポーズをとる板橋さん。

「板橋さんは、めんこいね」

「? めんこい?」

 疑問符を浮かべる板橋さん。

「いや、なんでもない」

 恥ずかしい。こんな風に面と向かって素直な気持ちを向けるのは。

 きっと、今も顔が赤くなっているのだろう。

「ふーん。ねぇ。卒業旅行って話聞いている?」

「ん? ああ。そんな話もあったな」

「わたしも、行くんだ。鈴木くんは?」

 これはチャンスだ。

 奥手な僕が板橋さんにアピールするチャンスだ。

「でも、どこに行くんだ?」

「東北だよ。特に宮城!」

「ほーん。宮城か……」

「宮城はおいしいものがたくさんあるんだよー」

「それは楽しみだね」

「でしょ!」

 そう言って顔を近づけてくる板橋さん。

 少し前に出ればキスできてしまえそうな距離。この距離は恥ずかしい。

「あ。ごめん」

「ううん。こっちこそ」

 なんで僕が謝っているのだろう。

 そう思いながら僕は次の授業の準備を進める。


 そうして過ごすこと二週間。

 ついに卒業旅行の日がやってきた。

 僕含め、山根やまね沢城さわしろ九条くじょう、板橋さん、花菱さんの6人がそろうと東京駅から新幹線で宮城へ向かう。

「ねぇねぇ」

「なに?」

 僕の袖を引っ張って主張してくる板橋さん。

「おんなじ大学だね。これからもよろしくね!」

「え! 本当?」

「そうだよ。君と同じ宮城の大学」

「なんで知っているのさ?」

「さあ? なんでだろうね。ふふふ」

「怖いな……」

「単に先生と話しているのが聞こえただけだよ。反応がかわいいな」

 にっこりと笑む板橋。

 恥ずかしげにうつむく僕。

 新幹線で2時間半、宮城県仙台市に着く。駅三階には寿司屋と牛タン屋の飲食街がある。地下にも飲食街があるが、ご当地グルメではなくチェーン店のようなものが多い。

 やはりみんな駅三階を選ぶのだ。

「ふふ。そういえば、わたしの服の感想まだったね。どう?」

 前を歩きながら白いワンピース、腰のあたりにリボンがついているので、身体の凹凸が如実に出ている。

 はっきり言ってエロいと思う。だが、そんな応えをしてみろ。絶対に嫌われる。

「そうだね。めんこいね」

「むー。まためんこい言う。なんなのさ」

「さあ、それは秘密だよ。さあ、牛タンか寿司か、最後の選択だよ」

 僕が仰々しく応えると、クスクスと笑う板橋さん。

「おう。何を話しているんだ? 鈴木」

「山根くんはいつも通りだね」

 背中に抱きつくようにする山根。暑苦しいんだが。

「どこの店にする? 山根。板橋さん」

「あー。牛タンにしないか? がっつり食べたいんだ」

「そう。じゃあ、沢城と花菱、九条もいいのかな?」

 僕は振り返り、三人に呼びかけてみる。

「おう。いいぜ」

「それでいいよ。私も牛タン、食べたいし」

「俺もがっつりがいいな」

「よし。……でどの店にする?」

 牛タン通りには牛タン屋がいくつも並んでいる。

 僕たちはじゃんけんでどの牛タン屋があるのか、決めた。


 店に入り、「いらっしゃいませ」の声を聞き届けると座席に座る。

 僕たちはふたつのグループに分かれ、板橋さんとふたりになってしまった。

「ふふ。ふたりだけになったね」

 そう言っている横では山根がメニューを見ている。

「あー。おれらの存在忘れてない?」

 九条が哀しそうな顔で僕のほっぺをつつく。

「なんだよ。九条。しつこいぞ」

「えー。お前と話すのはけっこう楽しいんだぞ」

「そうかな? 板橋さんはどう思う?」

 目の前を向くと、板橋さんは口元を押さえ、こくこくと頷く。

「え。楽しいの?」

「ふふ。どうだろうね」

「ほら。あまり楽しくないってさ」

「いや、言ってねーだろ。お前は鈍感ちゃんか? 鈍感なんだな? だったらその個性は捨てなさいよ」

 僕たちは牛タン定食の並盛りを頼むと水を口にする。

「しかし、麦飯なんて初めて食べるよ」

 僕はおしぼりで手を拭くと、メニューに目を向ける。

 メニューのほとんどが麦飯になっている。写真の牛タンも、焼き肉で食べるような薄いものではなく、分厚い。

 店員さんが持ってきた牛タン定食には麦飯、テールスープ、南蛮味噌、とろろ、そして牛タンのセットになっている。

「おいしそー」

「そうだね。僕もそう思うよ」

 僕が一口牛タンを食べる。

 香ばしい香りに、弾力のある食感。噛めば噛むほど、うまみ成分たっぷりの肉汁があふれだす。

「うん。おいしい」

「それちょうだい!」

 板橋さんが手を伸ばし、僕の食べかけを奪い取る。

 あ。間接キッス……。

「おいしいね」

「……僕の牛タン……」

 涙目になり、思考が止まる。

「あ。これ食べる?」

 板橋さんが一切れを差し出してくる。

 じわっと出る涙をこらえる僕。

「ほ、ほら。これでおあいこでしょ?」

 板橋さんは一切れの牛タンを押しつけてくる。

 涙目になりながらも、その一切れをいただく。

「もう。いいもん」

 やけくそ気味に牛タンをむさぼる僕。

「麦飯おかわり!」

 僕は店員さんを呼び止める。

 このお店では麦飯一回だけ無料でおかわりができるのだ。ありがたい。

 テールスープも骨つき肉からのダシが出ていて、うまい。特に骨回りの肉が味を濃くしている。

 箸休めに食べるつけものはカリカリと食感を与え口の中をリセットできる。南蛮味噌もピリリと辛みがあり、口直しにちょうどいい。

「うーん。考え抜かれた盛り合わせだね」

「ふふ。そうかもね。今日の鈴木くん、なんだか楽しそう」

「そりゃ旅行だもの。テンションあがるよ」

「そりゃそうか」

「おいおい。ふたりはこんなときもお暑いねー。まったくいい加減付き合えばいいのに」

 沢城くんがニヤニヤしながらそう呟く。

「え。いや、そんな言い方板橋さんに迷惑でしかないよ。ね? 板橋さん」

「ぷう」

 なぜか頬を膨らませた板橋さんがそこにはいた。

「え。いや、めんこいけど。どうして?」

「また〝めんこい〟言う……。わたしに分かるように言ってよ」

 めんこいの意味を知らないからか、板橋さんは不満の声をあげる。

「だな。おれもそう思っていた」

「俺らにも分かるように話せよ。鈴木」

 沢城くんと山根くんも絡んでくる。

「いいじゃないか。分からない方がいいこともあるさ」

「ふっ。それを知ると鈴木くんの精神が持たないかもね」

 クスクスと笑う花菱さん。彼女はめんこいの意味を知っているのかもしれない。

 花菱しずく。僕の幼なじみで心を許した数少ない友達だ。

 山根はそんな花菱のことを気にかけている。僕はその恋を応援しているけど、雫はなぜかご機嫌斜めになる。

 女心はよく分からないものだ。

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