46 誕生日会
その日、普段は
俺、システィリア、ノーラ、ワッタ、エメローラは当然として、かつてシスティリアと親交があった中で今でもシスティリアに隔意を抱いていないと確信できたシスティリアの友人を五、六人ほど招いている。本当はもうすこし候補がいたんだが、貴族が腹の内で何を思ってるかなど完全に読めるものではない。今回は本当に確信がもてる令嬢や夫人だけに声をかけている。いずれの令嬢・夫人も喜んで参加を表明してくれた。今更ながらに思うのだが、システィリアとそれなりに親交があって、しかも奇人博士ノーラとも知り合いの「令嬢」であれば、ちょっとくらい常識を外れたことがあっても、受け入れるだけの気持ちの余裕はありそうなものだ。ノーラは「自分はこうしたことには向いてない」と言ってたが、だからこそかえって、信用できる相手を厳選できた面もあると思う。
その他には、俺の側の友人として非正規騎士時代の同僚が何人かと、ワッタが王都滞在中に仲良くなった鍛冶屋の師弟、ノーラの学者仲間や生徒(システィリアの妹弟子にあたる)などもいた。エメローラが声をかけてくれたおかげで、宮廷楽団からも団長を含む数人が参加してくれている。商会のリンド・ネールも呼んだ。
小さな会とはいえ、十人弱だとちょっと気まずいかもしれなかったので、人数合わせで呼んだ感はあった。平民出の俺の友人なんかは、隅っこに固まって居心地悪そうにしてる。だが、ワッタの「友達」である鍛治師や学者の一部は平民だし、身分的には貴族の招待客の中にもそんなことを気にするやつはいないので、あとで紹介しあうことにしよう。
居心地悪そうにしてるのは、俺の友人ばかりじゃない。押しも押されもせぬ大貴族であるエルドリュース公爵もまた、俺の友人の反対側の隅で所在なさげにたたずんでいる。一応招待状は送ったが、まさか来てくれるとは思わなかった。当然ながらというべきか、夫人のほうは来ていない。というか、呼んでもいない。こうしたパーティには夫人同伴が普通なので、公爵はかなり無理をして出てきてくれたんだと思う。
招待を送ったのに顔を見せていないのは、公爵ではなく別の人物だ。
「来ませんね」
「ああ」
俺とシスティリアは、会場である中庭を屋敷側からうかがいながら言葉をかわす。
「エメローラと会える最後の機会になるかもしれないんだけどな」
「気まずいのかもしれないですね。あの時は舞踏会の余韻もありましたし」
「ああ、舞踏会がよかっただけに、冷静になってみると恥ずかしいってことか」
エメローラの歌や語りでこの世のものとは思えない盛り上がりを見せたあの舞踏会は、参加者のあいだで早くも伝説になりかけているらしい。そんな天上の体験をした後だけに、パトリックもまた秘めていた(つもりの)想いをぶつけられた面があるのだろう。今では最後まで秘めていればよかったと後悔している可能性もある。
俺もシスティリアもローリントン伯爵家を気軽に訪ねられるような立場ではなく、パトリックとは舞踏会を最後に会えていない。
「あいつには悪いが、俺たちがこれ以上お節介を焼くのもおかしいな」
「エメローラさんの気持ちも定まりませんからね。無理にくっつけるような真似をするのは控えたいです」
「実際問題、どう思う? あの二人は一緒になるのがいいと思うか?」
「わかりません……。どちらも相手を思いやる気持ちがありますから、そう酷いことにはならないと思いますが、それ以上に障害も大きいですからね」
「エメローラは人魚としての制限があるし、パトリックだって名門の当主としての責務がある」
ローリントン伯爵家の立場からすれば、当主がエメローラと結婚することには旨味がない。人魚であるエメローラにはなんの後ろ盾もないからな。それこそエルドリュース公爵家の娘であるシスティリアとの結婚なら大歓迎だったわけだが、そうでなくても国内外の有力貴族の娘と結婚してほしいところだろう。
俺たちが何度目かわからない話をしていると、屋敷側からノーラがやってきた。ノーラは最初に出会った時に着ていた例の奇術師のような格好だ。まさかこれが正装なのだろうか。
「気になるのはわかるが、今日の主役は君たちだ。まずは集まってくれた客たちに集中したまえ」
「そうですね。ちょっと緊張しますが……」
「俺だって緊張してるよ」
システィリアの友人たちは、俺を見てシスティリアにふさわしいと思ってくれるだろうか。はっきり言ってこれっぽっちも自信がない。
しかも、開会の挨拶は俺である。小規模の集まりとはいえ、こんな経験はないのでさっきから震えが止まらない。
「よ、よし。客のことは野菜と思うんだったな。イサックのやつはたしかにじゃがいもに似てる。ブッ、やべえ、そう思ったら吹き出しそうだ」
「まあ気楽にやるのだね。失敗したところで笑って許してくれるだろう」
ノーラの助言はまったくもってその通りだった。
俺は意を決し、システィリアとともに会場に入る。
途端に、俺の友人たちが囃し立ててきやがった。あいつら、さっきまで隅っこで震えてたのはなんだったんだ。
「えーっと、ご来場の皆様。本日は妻の誕生日会にお集まりいただき、まことにありがとうございます。私がレオナルド・フィン・バッカス男爵、こちらが妻のシスティリアです」
「いよっ、バッカス男爵!」などと友人から声が飛ぶ。
「うっせえよ! あ、いや、失礼。今日は気の置けない身内ばかりの会となっているので、気楽にご歓談いただければさいわいです。俺……私と妻は、のちほど個別にご挨拶にうかがいますので、その際はよろしくお願いします。じゃあ、システィリア」
「皆さま、本日はわたしのためにお集まりいただきまことにありがとうございます。ノーラ・ワーデン博士、今回は開催の労を取っていただいた上に会場までお貸しいただき、本当にありがとうございます。博士には返しきれない学恩がございますが、その上にまた恩が積み重なり、ますます恐縮いたします次第です」
システィリアがノーラに一礼すると、
「なに、気にするな。かわいい教え子のためだからな!」
奇術師のような格好で、ノーラがびっと親指を立てて言ってくる。
そのおどけた様子に、招待客からも温かい笑いが漏れた。
「ありがとうございます、ノーラ姉。
そして、お父様。不肖の娘のためにお出向きいただきありがとうございます」
システィリアがエルドリュース公爵にぺこりと頭を下げる。
エルドリュース公爵は一瞬答えに詰まったようだが、
「ふん……気にするな! 他家に嫁いだとはいえかわいい娘の頼みだからな!」
なんと親指を立ててそう言った。
いつもは峻厳な公爵の予想外の行動に一同あっけにとられたが、「がははっ、きっぷのいい親父さんじゃねえか!」と、鍛治師が大声を上げたころで場が緩む。「ちょっ、親方!? あの方が誰だかわかってるんですか!?」と弟子らしき鍛治師が顔を青くしてるけどな。
システィリアは一瞬目を丸くしていたが、
「ふふっ。ありがとう、お父様。他のお客様も、今日はゆっくり楽しんでいってくださいね」
そんなふうにゆるい感じでパーティは始まった。
俺とシスティリアは二人でそれぞれのグループを回っていく。
最初は俺の友人グループだ。
「よぉ、ひさしぶりだな」
「おお、バッカス男爵におかれましてはご機嫌……う、麗しゅう?」
「わかんねえなら言うなよ!」
非正規騎士時代の友人数人が笑い合う。
「ちょっとレオナルド。紹介してください」
「ん、ああ。でもおまえらにシスティリアを紹介するのは嫌だなぁ」
「おいおい、さすが男爵さまは言うことが違うな!」
「どんだけ溺愛してんだよ」
「うっせえ。ま、来てくれたことには感謝してるよ。こっちが俺の嫁のシスティリアだ」
「システィリアです。これからも夫と仲良くしてあげてくださいね」
俺の言葉に「ヒュー!」と悪友どもが口笛を吹く。
「うめえことやりやがって! どっからそんなべっぴんさんを見つけてきやがった!」
「いやぁ、どっからだろうな。実を言うと俺も不思議だ」
友人たちと少し立ち話をしてから、俺たちは次のグループに向かう。
近場にいたのはワッタの呼んだ鍛治師の師弟だな。
「どうも、ワッタがお世話になってます」
自己紹介のあとそう言った俺に、
「なぁに、こっちこそ世話になってるくれえだよ。あの細腕であの鍛治の腕前だ。さすがドワーフはものがちげえな」
「ワッタさんからはいろいろ学ばせていただいています。うちの親方とちがって、気さくで、教え方が丁寧なんで大助かりですよ」
「てめえ、馬鹿野郎が。あんまり甘やかすとそうやってつけあがるから厳しく接してやってる親心がわからねえか」
「親方は面倒くさがりなだけでしょう」
なんだかんだで仲のいい師弟のようだ。
「オヤカタ、楽しんでる?」
ワッタが俺たちの後ろからにゅっと現れ、親方に聞く。
「おう、ありがとうな、嬢ちゃん。滅多にねえ贅沢をさせてもらってるよ。男爵もありがとうな」
「ワッタによくしてくれたみたいだからな。今日はあまり形式ばった会じゃないから、よかったら他の参加者とも話してみてくれ」
「親方はこれで気が小さいですからねえ。見ず知らずの人に話しかけるのはちょっと」
「さっきはいい野次を入れてくれてたじゃないか」
「そ、そうなんだがよ。あれは場の勢いってもんで、初対面の相手に話しかけると、何を話したらいいかわかんねえんだわ。俺は鍛治のことしか知らねえしよ」
「ああ、気持ちはわかるな。俺も貴族相手となると何を話したらいいのか途方にくれる」
「オヤカタ、ウチベンケイ」
「誰だ、ワッタにそんな言葉を教えた野郎は! てめえか!?」
「ち、ちがいますよ。どうせ若いのの誰かでしょう」
「そうだな……あっちに固まってる俺の友人は元非正規騎士だから武器の話なんかはできるはずだぜ」
「楽団の人も、技芸の話なら乗ってくるのではないしょうか」
「ほう、なるほどな。参考にするぜ」
「……と言いつつメシ食って酒飲んでばっかでしょう、親方は」
「う、うっせえ。きっかけってもんがあんだよ!」
苦笑しながら鍛治師組から離れる。そこに、商人のリンド・ネールが話しかけてきた。
「本日はおめでとうございます、男爵夫妻。このような場にお招きいただき恐縮です」
「リンドにはいろいろ世話になってるからな」
システィリアの味方になってくれそうな貴族令嬢を探す上で、貴族の御用聞きもしてるリンドの情報はとても役に立った。今後はアスコット村との取引をしてもらうことにもなっている。
「俺たちが王都にいられるのもあとちょっとだ。世話になった礼も兼ねてと思ってな」
「いえいえ、こちらこそ。それにしても、嵐のような滞在でございましたねえ」
「まったくだよ。俺はなんもしてない気がするけどな」
「しかし男爵がいるからこそ周りに人が集まるのでしょう。独特の人徳をお持ちだと感服いたしておりますよ」
「そんないいものを持ち合わせてる気はしないけどな。そうだ、鍛治師の親方が話し相手に困ってた。よかったらあとで話してやってくれないか?」
「ええ、もちろん。言われずともご挨拶にうかがうつもりでしたよ。このような場にはなかなか出てこられない方ですからね」
「……ひょっとしてすごい人なのか?」
「ご存知ないのですか? 王都一の鍛治師として知る人ぞ知る親方ですよ。社交嫌いでも有名ですが、ワッタさんに誘われては断れなかったのでしょうね」
「あー、悪いことしちまったかな?」
「見た感じ楽しそうですので、よかったのではないですか? 私もせっかくですので親交を深めておきますよ」
利にさとい商人の次は、ノーラのお客さんか。
「ワーデン博士からパーティの招待をもらったときは天変地異の前触れかと思ったよ」
三十代くらいの学帽を被った男性がそう言った。
「そうですよね、ワーデン先生が体調でも崩されたのではないかと心配しました」
と、これはノーラの元生徒だという二十歳ほどの女性。システィリアの妹弟子のような立場になるらしい。
「しかし、興味深い顔ぶれではないか。人魚殿の噂は聞き及んでいる。ドワーフのお嬢さんとも話してみたいものだ」
初老の男性学者が白いあごひげを撫でながら言った。
「そういえば、人間とドワーフが同祖か否かという問題は結局片付いていませんね」
「そうであるな。さらにいえば伝説の人魚と人間が同祖かどうかも気になるところだ。人間とドワーフに関しては、遺跡から出土した小柄でがっしりした原始人が人間とドワーフの祖なのではないかという報告が最近あってな」
「ほう、興味深いですね。しかし遺跡が残っていたということは、文明が生まれて以降のものということでしょう? 人間とドワーフの枝分かれはそのはるか以前というのが、同祖論者の主張だったはず……」
「その通りだ。私が思うに、その原始人とやらは単に小柄でがっしりした人間だったか、やや背の高いドワーフであったか、人間とドワーフの珍しいハーフであるかであろう」
「あの……人間でもドワーフでもない、別の種という可能性もありませんか? その種は文明以降に滅んでしまい、残ったのは人間とドワーフのみだったのかもしれません」
「ふむ。興味深い指摘だ」
さすが学者仲間というべきか、男性学者と初老の学者にノーラの生徒までが加わって、学術的な話で盛り上がっている。邪魔しちゃ悪いので、挨拶はそこそこに切り上げた。
さて、いよいよ、本日のメインディッシュだ。
俺はシスティリアが小さくうなずくのを確認してから、女性たちの輪に近づいていく。
「どうも、ご歓談中に失礼します。レオナルド・フィン・バッカス男爵です。本日は妻のためにお越しいただきありがとうございます」
俺がそう名乗ると、
「へええ! あなたが噂の白馬の騎士様なのね!」
「思ったよりもワイルドだわ」
「システィリアは昔から歳上好みだったものね〜。特定の人になびく様子はなかったけど」
ドレス姿の女性たちが俺をしげしげと見て言った。
「あ、その……ご無沙汰してます、皆さん」
システィリアがおずおずと言う。
「心配してたけど、その様子なら大丈夫そうね」
女性の一人がシスティリアを見て小さく息をつく。彼女は子爵家に嫁いでる夫人で、独身時代にはシスティリアと親交があったらしい。年齢的にはシスティリアより数歳上だ。落ち着いた大人の女性といった雰囲気がある。まあ、俺よりはずっと歳下なんだけどな。
「ええ、その。ご心配をおかけしましたが、元気でやってます」
「よかった。その……公爵夫人がいろいろ言ってるから大変でしょうけど、わたしはあなたの味方だからね?」
「あ、ありがとうございます」
「まったく。いつまでも他人行儀なんだから。わたしはべつに、システィリアが公爵の娘だから仲良くしてたわけじゃない……は言い過ぎかもしれないけど、それはそれとして、あなた個人とお付き合いをしてきたつもりだったの。わたしに何ができるわけでもないけど、何かあったら遠慮なく相談してちょうだいね?」
「は、はい……ごめんなさい、わたしはみなさんのことを見くびっていたのだと思います」
「エルドリュース公爵家の娘だったら当然の心がけだと思うわ。どこに意地の悪い人間がいないとも限らないもの」
夫人の言葉に、他の女性たちもうなずいた。
夫人以外の女性が口を開く。
「もともとわたしたちはあなたと仲良くしたいと思ってたの。でも、あなたはエルドリュース公爵家の令嬢でしょう。こちらとしても気が引けて、あと一歩が踏み込めないでいたのよ。そのこと、後悔してるわ。だけど、これからはそれも関係ないのだし、気楽にお付き合いしてくださると嬉しいわ」
ちょっと猫目の活発そうな令嬢がそう言った。
「そうよ。システィリアの空気読めてないところとか、たまに天然なところとか、貴族の娘なのに馬や弓の話ばかりするところとか、わたしとっても好きだったの」
そう言ってくすりと笑ったのは、暗めの長い髪を下ろしたおっとりとした雰囲気の令嬢だ。
「……それ、褒めてないですよね?」
つっこむシスティリアに、夫人が言う。
「ふふっ。好きなのは本当よ。不思議よね、貴族の筆頭であるエルドリュース公爵家の令嬢なのに、一緒にいるとただの女の子といるみたいなんだから。楽しいのよ、あなたといるのは」
「そう、ですか……」
「あーもう、泣かないで。システィリアは王都に味方なんていないと思ってるかもしれないけど、そんなことはないんだから。とくに、あの舞踏会のあとではね」
俺が女性陣の暖かい会話を見守っていると、中庭の片隅から楽器の音がした。
見れば、宮廷楽団の楽師数人とエメローラが並び、演奏の準備をしているようだ。
舞踏会に参加していた令嬢たちは目を輝かせてそちらを見、舞踏会には出ていなかったが噂だけは聞いている残りの者たちも、期待に満ちた目をエメローラに向けた。
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