24 サハギンを助けよう
「⋯⋯聞こえたか?」
「は、はい。悲鳴のようなものが⋯⋯」
システィリアに手を貸して起き上がらせる。
俺は悲鳴の聞こえた方ーー三日月型の湖の方に目を凝らす。
湖の奥に、十数人くらいの人影が見えた。
そのうちの何人かが湖に近づき、水棲のモンスターに襲われたようだ。
「⋯⋯見たことのないモンスターだな」
白と黒のまだら模様の流線型の巨体を持つモンスターだ。
遠目なので大きさがわかりにくいが、人影と比べると、人間を軽く丸呑みにできそうな大きさがある。
胸びれが大きく発達していて、それを使って陸を進むこともできるようだ。不器用な動きだが、陸を進む速度はかなりのもので、人影は悲鳴を上げて逃げ惑っている。
だが、そのモンスターは基本的には水棲のように見える。水から離れれば獲物をあきらめる可能性が高い。
にもかかわらず、十数人ほどの人影のうちの何人かが、逃げ惑いながらもなんとかそのモンスターを倒そうとしているようだった。モンスターと戦っていない後ろの者たちは、誰かを守るように陣を組み、殺気立った目をモンスターへと向けている。
「危なっかしい戦い方をしてるな⋯⋯」
弓でも持っていれば、もっと有利に戦えるだろう。自分より大きなモンスターと戦うときの鉄則は、「近づかない」に尽きるのだ。
それなのに、人影たちは接近戦を挑んでいる。俺の見間違えでなければ剣を持ってる様子もない。何人かは短い槍のようなものを持ってるようだが。
「あの⋯⋯彼らは人ではないようです。耳にヒレのようなものがついてませんか? 腕が鱗に覆われていて、長い爪を持ってます」
システィリアが目を凝らしながらそう言った。
システィリアの目はかなりいい。遠くエルフの血を引いているせいかもしれないし、馬と弓を趣味としてきたからかもしれない。
「ヒレと鱗⋯⋯サハギンか?」
サハギンーー水辺に棲む半人半魚の種族である。
人間社会におけるその扱いはかなり微妙で、モンスターの一種と言うものもいれば、エルフやドワーフのような亜人の一種だと言うものもいる。
エルフやドワーフが人間と同じか、あるいはそれ以上の知性を持つのに対し、サハギンの知性はさほどではない。ゴブリンよりは上だろうが、人間と比べるとあきらかに劣る。
基本的には水棲で、水のないところでは生きられない。その代わりに、水中では無類の強さを発揮する。
人間と敵対しているわけではないが、彼らの縄張りに入り込めば、仲間の死をも
⋯⋯まあ、「縄張り」に入り込んだ相手を「仲間の死をも厭わず襲」うってだけなら、人間だって大差ないだろと思わなくもないけどな。むしろ、縄張りを侵さない限り敵対しないのなら、人間よりずっと平和的だとすら言えなくもない。
たしかに、そう言われてから見てみれば、人影はサハギンのように見えた。
透明な湖が照り返す強い日差しに、ぬらりとした鱗が光っている。
かん高い声をかけあいながら、襲ってくるモンスターをなんとか狩ろうとしているようだ。
だが、どうにも危なっかしい。
サハギンの群れの戦い方は、お世辞にも洗練されてるとは言いがたかった。
もともと水中こそが彼らの領域だ。陸での戦いは慣れてないのだろうし、知性に劣る分人間のように組織的に動くのにも限界がある。
「誰かを守ろうとしてませんか?」
システィリアが、ハラハラした様子で聞いてくる。
「⋯⋯みたいだな。サハギンの⋯⋯王様的なやつでも守ってるのか?」
「いえ、人間⋯⋯のように見えるのですが。若い女性です。わたしより年下かもしれません」
「人間だって? サハギンが?」
「なんだか具合が悪そう⋯⋯サハギンたちも若干そうなのですが」
「人間のことはわからないが、サハギンは離れたところから来たのかもな。水に入れない状況が続いたのかもしれない」
「た、助けましょう!」
システィリアがすがるように言ってくる。
「サハギンだぞ。助けたとして、そのあと襲ってきたらどうする?」
「アイシャに乗って逃げれば捕まりません」
「襲われるかもしれない相手を助けるのか? だいたい、助けるといっても、俺は今剣しか持ってない。今魔物と戦ってるサハギンたちより俺のほうが強いってことはないとおもうぞ」
俺には大型の水棲モンスターと戦った経験などない。
いや、モンスターとの戦いをなりわいとする冒険者たちでも、水棲モンスターと戦った経験のある者は少ないだろう。
システィリアは弓が得意だが、今日は館に置いてきてしまっている。
「わたしの秘呪があります。あのモンスターは火には弱いはずです。あまり効かなかったとしても、驚いて逃げるのではないでしょうか。水棲モンスターは火を知らないはずですから」
「そりゃそうだろうが⋯⋯」
システィリアが秘呪を使えることは、極力隠すようにエルドリュース公爵(システィリアの父親)からは言われている。
だが、相手がサハギンなら、見られたところでそれが人間に伝わるおそれはない。サハギンが守ってるらしい、人間かもしれない娘のことは気がかりだけどな。
もっとも、秘呪を使えるのはあくまでもシスティリアなのだから、俺は使うななどと命令できる立場にはない。貴族家の当主が妻に「命令」することは貴族社会では一般的だが、そんなのはクソくらえだと俺はおもう。
「⋯⋯わかった。助けに行こう。だが、危ないと思ったらすぐに逃げるぞ?」
「はい!」
返事を聞くなり、システィリアがアイシャに飛び乗った。
俺もその後ろに登り、システィリアの腰にしがみつく。
「飛ばします! 舌を噛まないでください!」
「飛ばすって、ここは高台の上でーーおわああああっ!?」
アイシャは下り坂を恐れる様子もなく、一目散に駆け出した。坂を下るスリルを楽しむかのような勢いだ。
「はぁッ!」
システィリアの手綱に応じて、アイシャは向きを変え、廃村の中を北に折れる。
急な方向転換に振り落とされそうになり、俺はシスティリアの腰をさらに強く抱きしめる。
道すら途切れた森の中を、アイシャが跳ねるように駆け抜ける。
「ど、わっ⋯⋯!」
「ハイっ! はぁっ!」
乗馬の得意な正規騎士もかくやという手綱さばきで、システィリアはアイシャを駆けさせる。アイシャのほうも、ようやく出番がやってきたとばかりに、跳びはね、旋回し、身を低くして枝をかわす。
生きた心地のしない疾走がどれくらい続いただろうか。
俺とシスティリアを乗せたアイシャは、三日月湖の湖畔に出た。
「システィリア! 水際を進むのは危険だ! 少し離れたところを走ってくれ!」
「わかりました!」
湖畔は砂州のようになっていて、障害物となるようなものはない。
砂を蹴立てて進む騎馬に、透明度の高い湖の奥でモンスターが
アイシャは湖をすさまじい速度で回り込む。
その先に、水棲モンスターと戦う人影が見えてきた。
徐々に大きくなる人影は、システィリアの言った通りサハギンのようだ。
サハギンの一部がこちらに気づき、警戒の声を上げた。
「離れてください!」
システィリアがサハギンたちに声をかける。
サハギンに言葉が通じるのかという心配はあったのだが、サハギンたちは慌てて水棲モンスターから距離をとった。言葉が通じたのか、それとも猛進してくるアイシャに恐れをなしたのかはわからないが。
水棲モンスターは、近くで見るととんでもない迫力だった。
白と黒がまだらになったぬらぬらとした皮膚をもつその巨体は、アーモンドのような流線型をしている。といっても、アーモンドのようなしわはなく、その造形はいっそ美しいと言えそうなほどになめらかである。
ただし、胸びれが発達したらしい「腕」は、それだけで人一人分くらいの大きさがあり、
モンスター特有の赤い目が危険な色をたたえて鈍く輝き、身体の端から端へと走る口吻からは、象牙のような牙がのぞいている。
水棲モンスターの身体には、サハギンのつけたらしい真新しい傷がいくつかあった。継ぎ目のない肌が鋭く裂かれ、黄色い脂肪のあいだから血液が薄く溢れている。
サハギンたちのほうも、大小の傷を負っているようだ。若いサハギンは両手の爪をむき出しにして前かがみに構え、大きめのサハギンはねじくれた
サハギンたちの奥に、一瞬だが人間の女性のような姿が見えた。システィリアの言ってたとおりまだ若い女性だとおもう。
しかし、それを目で追ってる余裕はない。アイシャがいよいよ水棲モンスターに接近したからだ。システィリアの合図で頭を下げたアイシャの上から、システィリアが身を乗り出した。
「サラマンダーの
システィリアが水棲モンスターに向かって秘呪を放つ。
紅蓮の炎は、あやまたず水棲モンスターに直撃した。
――ギキイイイイッッ!?
突然の攻撃に、水棲モンスターがかん高い悲鳴を上げる。
「よし、効いてるぞ! って、うおおおっ!?」
秘呪のためにいったんは減速していたアイシャだが、モンスターが動けないと見るや、猛然と速度を上げて、モンスターへとつっこんでいく。
アイシャはモンスターの左胸びれ、胴体、右胸びれを鋭く踏みつけながら駆け抜ける。
アイシャはそのまま距離をとると、馬首をモンスターへと巡らせて、ようやくのことで脚を止める。
俺はアイシャからひらりと飛び降り、剣を抜いて颯爽とモンスターに斬りつけた!
⋯⋯と、いきたいところだったが、アイシャに散々振り回されたせいでふらふらだ。
秘呪を放ったばかりのシスティリアも、秘呪の反動で身動きが取れない。
そのあいだに、今を好機と見たサハギンたちが、水棲モンスターへと襲いかかる。
いきなり火で焼かれ、蹄鉄で踏みつけられたモンスターには、もはや反撃する力は残っていなかった。
サハギンの一人が手製の
モンスターは激しく痙攣し、それっきりぴくりとも動かなくなった。
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