21 後始末

「……は? 俺を正式に領主に封じるだって?」


 代官の館を、パトリックの使いだという者が訪れてきた。

 なんの用事か、まさか約束を反故にして俺をクビにするつもりか、と思ったら、パトリックは俺をアスコット村の領主にするという。


「ええ」


 パトリックを一回り若くしたような美形騎士がうなずいた。


「なんだってまた?」


「パトリック様が言うには、あなたを代官にしておくと、領主である自分は毎年税金だのなんだので報告を受けないといけなくなる。だが、正直言ってあなたやシスティリア様としょっちゅう顔を合わせるのは御免被りたい、とのことです」


「……まあ、わからなくはねえけどよ」


「それは半分冗談のようでしたが、実際、エルドリュース公爵家のご令嬢の嫁ぎ先が代官では体面が悪いことも事実です。国にかけあってあなたを男爵にし、正式にここの領主にする、と。男爵でも、体面が悪いことに変わりはないんですけどね」


「まあな……」


「あなたはドワーフとのあいだにパトロールの相互連絡を図っていく旨の合意を作っています。ドワーフとの今後の関係を考えれば、なおのこと、ただの代官では困るわけです。伯爵くらいにはしたいのですが、まだ成果もないうちにそんな昇爵ができるはずもないですからね」


 その話がここにつながるのかよ。


「システィリアの親御さん――エルドリュース公はなんて?」


「それはもうお怒りだったそうです。パトリック様のご説得もあって、最後には引き下がったと聞いています。いまさら喚いても後の祭りだと」


「ひでえ言い様だな」


 そりゃ事実だけども。


「そういうわけで、近々、王都からあなたを男爵に叙任するための勅使が来ます。まあ、それがエルドリュース公なんですが」


「親父さんが来るのかよ!?」


「パトリック様を事実上打ち破った騎士がいる……と、王都では噂の的ですよ」


「王都まで来いと言われなかっただけマシか」


「実際、私も気になりますね。あの剣の名手パトリック様を相手に、あなたがどう戦ったのか」


 心底不思議そうに、使いの騎士が言った。

 騎士は、一泊もてなすというこっちの形式的な申し出を辞去し、その日のうちに引き返して行った。






「はっはっは! それで、レオナルドは正式にあの村の領主となったと。そのパトリックとやらも、人間にしては粋な真似をするではないか」


 湯治に訪れたドワーフの里で、俺から事情を聞いたワルドが笑う。


 なお、俺とワルドはサシで一緒に風呂に浸かってた。

 男同士裸の付き合いをしようではないかと言われた時には、どういう意味かわからず困惑したが、ドワーフにはそんな文化があるらしい。

 ひょっとしたら、ワルドだけの「文化」かもしれないけどな。


「思えばあいつこそ気の毒だよ」


 これが嫌味ったらしいろくでもない貴族だったら、「ざまぁ」の一言で片付いた。

 だが、あいつがあいつなりにシスティリアを大事にしてたことはわかってる。

 それが、いきなり元部下の平民出のところに駆け込まれてしまったんだからな。


「男女の情というのはそうしたものだろう。理屈だけではどうにもならぬ。好き合った相手とくっつくのが結局は互いの幸せよ。おまえの妻はたいした女傑ではないか」


「ま、俺やパトリックより、システィリアのほうが、そういうことをよくわかってたってことなんだろうな」


 女だから、なんてつまんねえことを言うつもりはねえ。

 片や、くたびれた退役騎士のおっさん。

 片や、剣の道と出世街道を突っ走ってきたエリート騎士。

 そりゃ、システィリアのほうが、恋については明るいだろう。


 ワルドが言う。


「結婚式に俺を招いてくれるのは光栄だが……どうせ式を上げるのだ。うちの娘ももらわんか?」


「おい、冗談でもそういうのはやめろ」


「冗談でもないのだぞ? ワッタはおまえに懐いておるしな。おまえも男爵になるというなら、第二夫人がいてもおかしくあるまい?」


「いや、男爵って、貴族の一番下なんだからな」


 準男爵も貴族のくくりだが、他の貴族たちが本気で準男爵を自分たちの「身内」だと思うことはない。

 その意味では、男爵になるということは、いよいよ正式に貴族の仲間だと見なされ始めるってことでもある。


(俺は準男爵で十分なんだけどな……)


 のんびりした田舎暮らしができるはずが、どうしてこうなった。


 ワルドが、俺の顔をまじまじと見てから言った。


「ふむ。安心したよ、レオナルド」


「ん? なんでだ?」


「美姫を嫁にもらおうと、男爵になろうと、おまえはおまえだ。まるで変わりそうな気配がない。ドワーフでもそうだが、くらいというものは人を狂わすことがあるからな」


「そんな大層な話じゃないさ。俺は俺以外の何者にもなれねえってだけだ。不器用なんだよ、俺は」


「そのあたりの頑固さを見るに、おまえとシスティリアはよき伴侶同士なのであろうな」


「……あいつと似た者扱いされる日が来るとは思わなかったな……」


 俺はあんなに直情径行じゃないと思うんだが。


「ま、プロポーズはこれからなんだけどな。これで万一フラれたりしたら、恥ずかしさで死ねる自信がある」


「がっはっは。レオナルドはこれで意外に繊細だな。うぶな少年のようではないか。

 案ずるな、もし失敗したらワッタと結婚すればよい」


「ここぞとばかりに娘を売り込むな。っていうか励ましてくれよな」


「何を言う。おまえとて、断られるなどありえぬと思っておるからこそ、俺にこうして話しておるのではないか」


「……まあな」


 ともあれ、俺はしばらくの間、ドワーフの里で温泉を浴びて暮らしていた。


 おかげさまであちこちにあった傷やアザも綺麗に治った。


 俺は万全の状態で、勅使――システィリアの親父さんであるエルドリュース公を迎えることになった。

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