20 ベッドの上で
「沁みるかもしれませんが、すこし我慢してくださいね」
そう言って、システィリアが俺の胸に湿布を貼った。
「ぐああああっ!?」
めっちゃ沁みた。
「ご辛抱くだせえ、代官様。月待草の湿布はよく効きますんでなあ」
システィリアの後ろから、ばあさんがそう言ってくる。
「こ、骨折にも効くもんなのか?」
「むしろ、骨折こそ、月待草がいいのですじゃ。骨折は、放っておくと骨が変なふうにくっつくことがありますな? 月待草は、骨をきちんと『接いで』くれるんです」
「マジかよ、すげえな月待草」
「ほっほっほ。月待草を持ち帰った奥様の先見の明に感謝することですなぁ」
「だから奥様じゃねえっての」
パトリックが、「決闘には勝ったが権利は放棄する」などと一方的にぬかして駆け去った後、俺は館の寝室に運び込まれ、システィリアとばあさんから怪我の手当てを受けていた。
さいわい、覚悟してたよりは軽傷だった。
(ワッタのおかげだな)
ワッタは、里に戻る前に、お礼だと言って、俺にモンスターの骨から削り出したブレストプレートをくれていた。
俺は姑息にも、それを服の下に忍ばせていたのだ。
もっとも、鉄より硬いというブレストプレートがあったにもかかわらず、俺のあばらは折れていた。
ワッタ謹製のブレストプレートにもヒビが入ってる。
そのくせ、あいつの使ってた木剣は折れてなかった。
パトリックの技量には驚くしかない。
マリーズはその後館に残って、システィリアと、ついでに俺の面倒を見てくれてる。
……というより、パトリックの馬に相乗りしてやってきたのに、パトリックの奴が馬と一緒に駆け去ってしまったせいで、おいてけぼりを食らったのだ。
ともあれ、「戦いには負けたが勝負には勝った」みたいな状況だ。
ばあさんが呆れたように言った。
「システィリア様を巡っての男同士の戦いに勝たれたのでしょうが」
「そうですよ。いまやわたしは名実ともにレオナルド様の妻なんです」
「おまえ、話がややこしいのをいいことに、既成事実にするつもりでいやがるな?」
俺がじろりと睨むと、システィリアは口笛でも吹きそうな顔で目をそらす。
システィリアはベッドの脇にあった椅子に腰かけ、ばあさんはその後ろに立っている。
「代官様、動かねえほうがいいですよ」
システィリアとばあさんは、マリーズが持ってきた包帯で、俺の胸をぐるぐる巻きにした。
「すごか言い合いでしたからなぁ。村のほうまで筒抜けでしたわ。
ほっほっほ。代官様はやはり隅に置けませんな。まだまだ気持ちがお若いではないですか」
「ぎえっ……あれが全部聞こえてたのか……」
なんかもう、代官の職務がつとまる気がしない。
パトリックは代官の任を解かないと約束したが、俺のほうから辞表を出すことにならねえだろうな。
「じゃあ、ばばあはこれで失礼しますよ。お二人の邪魔はしたくないもんでね。ふぁっふぁっふぁっ」
「あ、おい……」
そそくさと部屋を出て行こうとするばあさんに手を伸ばそうとしたが、胸が引きつって腕を止めた。
「いつつ……」
「だ、大丈夫ですか、レオナルド様?」
「ああ……しばらくは動かせねえな」
騎士団なんていう荒事の多い場所にいたんだ。
多少の怪我なら慣れっこだった。
もっとも、ここまでの怪我をしたのは、新兵時代にモンスターにやられて以来だけどな。
黙り込む俺とシスティリア。
寝室に、居心地の悪い空気が流れる。
「あ、あの……」
空気を破ったのはシスティリアだった。
「なんだ?」
「……ありがとうございました」
システィリアがベッドに手をついて頭を下げた。
「ふん……俺はただ、あのスカした上司が気に食わなかっただけだ」
「もう、すぐそうやって悪態をつく」
「最後に一太刀浴びせてやろうと思ったんだけどよ。やっぱバケモンだわ、あれは」
「レオナルド様もお強かったではないですか」
「想像してたよりは、か?」
「い、いえ、それもそうですけど、実際かなりお強いのではないですか? パトリック相手に打ち合いに持ち込める人なんてそうそういないと聞きますけど」
「そりゃ、部下として近くで見てたからな。小手斬りだって、何度も見てりゃ対策も思いつくってもんだ」
パトリックは俺の腕を見くびってたしな。
いや、実際、剣術として見れば、俺の剣の腕はへっぽこなのだ。
ガキの喧嘩みたいに、ただがむしゃらに振り下ろすだけなんだからな。
「ったく、嫌になるぜ。俺より十も歳下の奴が、剣の腕じゃ俺の想像もできねえような高みにいやがるんだからな」
「ローリントン伯爵家は騎士の名門ですからね」
「世の中不平等にできてるもんだ」
何もかもに恵まれて生まれてくるあいつみたいなのもいれば、俺みたいな路傍の石もいる。
俺の顔を遠慮がちに伺いながら、システィリアが言った。
「その……不満、でしょうか?」
「何がだ?」
「わたしでは。わたしがそばにいるだけでは、ダメでしょうか」
「なんでそうなる?」
「自分で言うのもなんですが、パトリックのことは振ってしまいました。わたしはあなたのことが好きです、レオナルド様」
「……んなこた知ってる」
「パトリックにも手に入らなかったわたしを手に入れたんですから、それでいいじゃないですか」
少し頬を染め、視線をそらして、システィリアが言った。
「こりゃまた大きく出たもんだな」
「父は言ってました。自分の知りうる限り最も将来有望で、よき夫となるであろう相手を婚約者に選んだ、と」
「たしかに、あいつの家は名門だが、伯爵だ。エルドリュース公爵家に比べれば格は落ちるな。
だが、本人は剣術に秀で、エリート街道まっしぐらで、イケメンで、性格もめっちゃ悪いってほどじゃない」
「ふふっ。なんだかんだで、気難しいレオナルド様がある程度認めてるくらいですからね。貴族としては及第点なのでしょう」
「本当にいいのか、そんなのを振っちまって?」
「最初から、わたしはいいと言ってます」
「……だったな」
そうだな。最初からシスティリアはずっとそれでいいと言い続けてる。
それを俺が信じようとしなかっただけだ。
四十にもなって若い娘の気まぐれを真に受けた挙句、最後は捨てられた馬鹿な男――そんな風に言われるのを恐れて、な。
「と、とにかく。そんなわたしを射止めたのですから、レオナルド様はもっと自信を持つべきなのです」
「どっちかっつーと、射止めたっていうより射止められたって感じがするけどな」
まだ俺は好きともなんとも言ってないのに、着々と外堀が埋められていく。
だが、そのことを、あながち嫌だとも思わない自分がいた。
「あまり話しているとお身体にさわるかもしれませんね」
システィリアが椅子から立ち上がる。
「ゆっくりお休みになってください。骨がよくなったら、ドワーフの温泉に入れさせてもらうのもいいかもしれません」
「それもいいな。なんかもう、どっと疲れたわ」
「ふふっ。お疲れ様です」
システィリアはそう言うと、ベッドの上に身を乗り出してくる。
「お、おい」
「決闘ではああ言いましたけど……とっても、嬉しかったんです。レオナルド様がわたしのことを真剣に考えてくれていて」
システィリアが、動けない俺の顔に、自分の顔を近づけてくる。
俺は反射的に避けようとするが、包帯がかさばって動けない。
システィリアが目をつむった。
次の瞬間、俺の唇に、システィリアの唇が重なった。
「本当に、ありがとうございました。これは、そのお礼です」
赤い顔で、システィリアが言った。
「は、恥ずかしくないのかよ」
「恥ずかしいですよっ」
システィリアが頬をふくらませ、身体をさっとベッドから引いた。
「じ、じゃあ、ゆっくり休んでください」
「お、おう」
「結婚式の日取りは後ほど」
「だから、人が動けないのをいいことに話を進めようとすんなって」
システィリアはにっこり笑って、部屋から出て行った。
「ったく……早く治さねえと、本当に式の日取りを組まれかねねえな」
苦笑してベッドに横たわるうちに、俺はいつのまにか眠りへと落ち込んでいた。
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