16 追及

 俺とシスティリアが館に帰ると、その前に、見覚えのある奴がいた。

 厩舎には、アイシャの隣に、もう一頭栗毛の馬が繋がれてる。

 元が一頭分の厩舎だから、厩舎の隣に、という感じだけどな。


「やあ、なかなかの大冒険だったようだね」


 俺の元上司は、相変わらずの爽やかな笑みでそう言った。

 蜂蜜色の細い毛にはクセがあるが、それがかえって、この上司のイケメンぶりに柔らかさを添えている。

 青い瞳が、俺とシスティリアを交互に見た。


「ドワーフの里に招かれていたんだって? 何かありはしないかと心配したよ」


「歓待してくれましたよ。領主のあんたには報告しておきますが、山のモンスター対策のパトロールを調整しようって話が出ています」


「ふむ。それはいい考えだね。でも、もし人間とドワーフのあいだで境界線を引くという話なら……」


「そいつは大丈夫です。あくまでもパトロールの調整であって、領土の確定ではないってことで合意してます」


 俺は持ち帰ったドワーフとの覚書を上司に見せる。

 ……いや、もう上司じゃなかったか。

 領主と代官なら、やっぱり上司と部下のようなものではあるが。


 元上司――パトリックは、覚書を一読し、さらにもう一回読み返してから言った。


「うん、さすが、こういうことには抜かりがないね、君は」


「それはどうも」


「騎士団では、君みたいなタイプは案外重宝するものでね。事務や交渉ごとみたいな地味な部分は、華々しい武勲を上げたい連中はおろそかにしがちなんだ」


「……そいつはよく知ってますよ」


 それで散々苦労させられたからな。

 期日までに書類を出せと言っても、出さない奴の多いこと。

 訓練や演習の多い騎士団だったりすると、相手を探すだけでもひと苦労だった。


「君は、代官としても申し分のない仕事をしてくれているようだ。ドワーフのことだけじゃない。村人からの評判もよかった。偉ぶらない、飾らないお人だとね」


 パトリックは静かにそう言った。


 だが、その目は笑ってない。


 パトリックは、懐から手紙を取り出した。

 見覚えがある。

 俺が、騎士団からの問い合わせに対し、そのような令嬢は来ていないと返したあの書簡だ。


「でも、これはよくないね。

 君は、アスコット村にはそのような令嬢は来ていないと、書簡ではっきりと返答した」


「えっ……」


 パトリックの言葉に、俺の隣でシスティリアが息を呑んでいる。


「だが、君の言葉に反して、システィリアはここにいた。僕はこのことで君を訴えることもできる。もちろん、代官の任を解くだけなら、わざわざ訴える必要もない」


「ま、待ってください! それはわたしが勝手に――」


「システィリア。君が勝手に押しかけたらしいことはわかってる。

 君の侍女は最後まで口をつぐんでいたけどね。君の友人の何人かは、彼女ほどには君に忠実でなかったようだ。

 君が、小さい頃からある騎士に憧れてたらしいということはすぐに確かめられた。

 まあ、僕もあの時想い人がいると聞かされたわけだけどね」


「わ、わたしが悪いんです……レオナルド様は何も……」


 パトリックが、手にした書簡をシスティリアに見せる。


「レオナルド君に落ち度がないとは言いがたい。

 彼は、あなたを保護した時点で、エルドリュース公爵家に通報するべきだった。

 にもかかわらず、彼はなんの通報もしなかった。

 それどころか、騎士団からの照会に対し、彼は虚偽の報告をしている。

 状況証拠からすれば、誰だって、彼が恋人をかばおうとしたのだと判断するだろう」


「そ、それは……」


 うつむくシスティリアに、パトリックはなにやら複雑な感情の宿った瞳を向けていた。

 パトリックが、小さく息を吐いて俺を見る。


「僕としては、あまり大ごとにはしたくない。レオナルド君。君と僕とで、サシで話し合おうじゃないか。今後のことはそれからだ」


「待ってください! パトリック、あなたはわたしとの婚約を破棄したはずです! それなのにどうしてわざわざわたしを探し出したりしたんですか!? わたしに復讐したいのなら、レオナルド様を巻き込まないでください!」


 涙を浮かべ、しかしきっぱりと言ったシスティリアに、


「……本当に、彼のことを愛してるんだね」


 珍しく翳のある顔をして、パトリックがつぶやいた。


 システィリアはどちらとも答えない。

 愛してると言えば、パトリックは俺に報復を考えるかもしれない。

 愛してないと言ったら、それなら俺を罰したところでシスティリアに何の関係があるのかと言われるかもしれない。


「いつまでも誤解されているのは癪だ。はっきり言っておくよ。僕は君を愛していた、システィリア。あの時はさすがに頭に血が上ったけれど、冷静になってみて、やはり君との関係は続けたいと思った。婚約破棄の取り消しには、エルドリュース公爵も同意している」


「なっ……そんな、勝手な!」


「僕から言わせてもらえば、勝手なのは君なんだよ、システィリア。いや、君以外の誰もがそう言うだろう」


 パトリックのセリフに、システィリアが返す言葉を失った。


 俺は、ため息をついて言った。


「……もういいでしょう。わざわざシスティリアを傷つけるようなことを言う必要がどこにあるっていうんです?」


「傷つける、か。

 そうは言うけどね、今回の件でいちばん傷ついたのは僕なんじゃないか?」


「……それは……」


「べつに、僕は君たちに復讐がしたいわけじゃないんだ。ただ、貴族として、一連の騒動にきちんとしたけじめをつけたいとは思ってる」


 そこで、館の中から侍女姿の女性が現れた。

 システィリアよりはいくつか歳上に見える。暗い色の髪を編んでまとめた、目鼻立ちのはっきりした女性だった。


「マリーズ!」


 システィリアが声を上げる。


「お嬢様!」


 侍女がシスティリアに駆け寄った。


「よくぞご無事で……」


「ごめんなさい、心配をかけて」


「どうしてわたしにも何も言ってくれなかったのです? わたしのことが信用できませんでしたか?」


「そんなわけ、ないでしょう!? マリーズはいくら追求されてもわたしを守ると思った。だから、絶対に知られてはいけないと思ったの……。何も知らないでいたほうが、あなたの立場をまだしも守れるはずだから……」


「彼女は、最後まで何も言わなかったよ。平民出という話だけど、立派な侍女だ。

 君の友人たちからの話を継ぎ合せ、ひそかに目星をつけた貴族に当たっていった。

 君が選ぶほどだから高位の貴族だろうと思ったんだが、一向にそれらしい相手が見つからなかった」


 なるほど。システィリアを見つけるのに時間がかかったのは、パトリックが高位貴族から駆け落ち相手になりそうな人物を当たっていったからか。


 パトリックが俺を見てため息をつく。


「まさか君とはね……」


「むしろ、よく見つけられたもんですね」


 システィリアが想いを寄せる相手を秘密にしてたというのなら、俺のことを探し当てるのはほとんど不可能に思える。


「システィリアが友人に語ったという『騎士』とのエピソードをつなぎ合わせたんだよ。

 十年前にエルドリュース公爵家で開催された舞踏会。九年前の宮中晩餐会。七年前に宮中に連れられていった時の案内役。三年前の先代エルドリュース公の葬儀。そのいずれの場にも居合わせていた可能性がある騎士を絞り込んだ。

 最初は正規騎士から探そうとしたんだが、それだと該当者がいない。

 非正規騎士にまで広げてみて、ようやく一人の騎士の名前が浮かんできた。レオナルド・バッカスという、聞き覚えのありすぎる名前がね」


 そんな記録があるかどうかもわからないことで、よく特定できたもんだ。


「とにかく、まずは君と話がしたい。一応言っておくが、君にはこの要請を断る権利はないよ」


「……わかってますよ」


 俺は渋々うなずいた。

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