15 始まりの終わり
こうして無事ドワーフの里にワッタを送り届けた俺とシスティリアは、翌朝、ドワーフの里を発つことにした。
「今回は世話になったな、レオナルド。改めて礼を言わせてもらう」
「いいって。こっちも十分以上にもてなしてもらっちまった」
昨日システィリアが指摘してくれた話も、無事「アスコット村とワルドの集落の間における、モンスターの発生防止を目的とした、パトロールの調整についての覚書」という形で、人間語・ドワーフ語の両方で書面化できた。
領土のことについては棚上げしつつ、共通の目的のためにパトロール計画の調整や情報の交換を図るべく協議する、という内容だ。
まどろっこしいようだが、一歩前進と言っていい。それも、かなり大きな一歩だろう。
(システィリアのお手柄かもな)
俺だけだったら、口約束で済ませておいて、あえて書面化はしなかっただろう。
それでもワルドが約束を違えることはなかっただろうが、目に見える書面があるのとないのとでは、安心感が違ってくる。
なにより、書面にしたことで、一歩が踏み出されたという実感を持ちやすくなった。
「レオナルド、せわに、なった」
ワッタが俺にそう言ってぺこりとする。
「おう。ワッタも元気でな。ワルドが許すならまた遊びに来てもいいし」
「うん、ぜったい、いく」
ワッタが微笑む。
俺はシスティリアに言った。
「それじゃ、そろそろ行くか」
「はい」
「いつでも訪ねてこい、レオナルド。おまえの名前を出せば俺に取り次ぐようにしておくからな」
「こっちも、ワルドの名前で使いが来たら俺に取り次ぐようにしておく。まあ、小さな村だからすぐわかると思うけどな」
俺とワルドは最後に握手をかわす。
ワルドの手は、ごつごつしてて皮が厚い。握力も強くて、握手されただけで痛いくらいだ。
「人間の手ってのはやわらけえな。子どもみてえな手をしてやがる」
「そっちが硬すぎるんだよ。俺だって騎士上がりだから手の皮は厚いほうなんだぜ?」
「そういうもんか。ドワーフは鍛治をしてるもんだから自然と厚くなるのかもしれんな」
俺とシスティリアはワルドとワッタに別れを告げ、ドワーフの里を後にした。
「ふぅ……ようやく戻ってこれたな」
「疲れましたね」
山の中を歩き続け、俺とシスティリアは午後遅くになってようやくアスコット村が見えるところまでやってきた。
昼メシは、ドワーフが用意してくれた弁当で済ませてる。
たけのこご飯としいたけ、「豆腐」というらしい大豆の料理が美味かった。
「ドワーフの里もいい場所でしたが、やっぱり村を見ると落ち着きますね」
「だな。って、システィリアはここに来て、まだそんなに経ってないけどな」
「そうなんですけど、そう感じるんだからしかたないじゃないですか」
「家でゆっくりくつろぎたいぜ」
「わたしは水浴びしたいです」
俺とシスティリアが村の門に近づいていくと、櫓の上から声がかかった。
「よお、代官! 遅いお帰りだな!」
元傭兵の狩人が、酒で赤らんだ顔を見せ、こっちに手を振っている。
「すまんな、急に空けることになって。
村は変わりなかったか?」
俺が狩人にそう聞くと、
「うーん。率直に言うと、ちいっと間が悪かったとは思うぜ」
予想外の返事が返ってきた。
「何かあったのか?」
「代官にお客さんが来ててな。お嬢ちゃんのことを村の人間に聞き回ってた」
俺とシスティリアが顔を見合わせた。
「なんだって? まさか、エルドリュース家の人間か?」
「いや、そうじゃないんだが、似たようなもんかもしれねえな。村の人間も、あんたに断らずには話せないって言おうとしたんだけどよ、そうも言えない相手だったもんで、嬢ちゃんのことはバレちまってる」
俺とシスティリアは息を呑んだ。
「そうも言えない相手? どういうことだ?」
「来たのは、領主様だったんだよ」
「えっ、大隊長が?」
俺は、アスコット村の代官――本来の領主の代理人にすぎない。
この村の本来の領主は、俺の騎士団時代の上司に当たる大隊長だ。
俺より十歳くらい歳下のエリート貴族で、将来の騎士団長候補とも言われてた。
名前はパトリック・フィン・ローリントン。
騎士の名門ローリントン伯爵家の次男である。
「そりゃ、領主相手に隠すのも難しいか」
困ったな、と頬をかく俺の隣で、どさっと音がした。
システィリアだ。
システィリアは柵にもたれかかっていた。
ふらついて倒れ込んだらしく、手を柵についている。
その顔は真っ青だ。
「ど、どうして彼がここに……」
「わからねえけど、あの上司は自分の領地を見回るらしいからな。新任の代官の仕事ぶりを見に来たんじゃねえか?」
いや、それにしては、システィリアのことを村で聞き回ってたってのは気になるな。
ついでに行方不明の令嬢を探すにせよ、まずは俺に話を聞いてからにするもんだろう。
(まるで、最初からこの村にシスティリアがいると疑ってたみたいだな……)
俺は、システィリアに聞いた。
「なあ。パトリック大隊長と知り合いなのか?」
俺の問いに、システィリアがためらうように唇を噛んだ。
「おい、かばうにしても、話を聞かないことにはどうしようもないぞ?」
なんなら、今から引き返してワルドにシスティリアを預かってもらうという手もないではない。
もちろん、ドワーフに貸しを作ることになってしまうが……。
そんなことを考えてたせいで、俺はシスティリアのつぶやきを聞き逃した。
いや、その内容に、俺の脳が理解を拒んだのかもしれない。
「えっ、なんだって?」
「だから、その……パトリックは、わたしの婚約者です。元、ですけど」
システィリアの言葉に、俺の頭が真っ白になった。
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