12 間一髪

「きゃあああああっ!」


 背後から悲鳴が聞こえた。


「なっ……システィリア!?」


 俺は慌てて踵を返す。


 くぼみを真っ直ぐに突っ切り、息を切らして駆け登る。

 そのさらに奥に、システィリアが隠れていたはずだった。


 すでに、若い狩人と木こりがそっちへ向かっていた。


 システィリアが、隠れていた地面の隆起を超えて、こっちに向かって逃げてくる。


 狩人が矢を放つ。


 システィリアの背後から飛びかかったファングボアの額に矢が突き立つ。

 ファングボアが痛みに絶叫する。


 そのあいだに矢がもう一射。

 だが、ファングボアの厚い毛皮に阻まれた。


 モンスターはファングボアだけではなかった。

 システィリアが隠れていた隆起の脇から、一匹のゴブリンが現れる。

 ゴブリンの振り下ろす棍棒を、木こりが避ける。


「ぬおらっ!」


 木こりが大振りした斧は、ゴブリンに避けられた。


 ファングボアを追う形で、さらに数匹のゴブリンが現れる。


「システィリアっ!」


 俺は膝ががくつきだした足でダッシュをかけ、なんとかシスティリアを背後にかばう。


 そこに飛びかかってくるファングボア。


「どらああああっ!」


 俺は、剣を力の限り振り下ろす。

 剣は、ファングボアの顔面を直撃した。

 が、突進の勢いは止まらず、俺はファングボアに組み伏せられる。


「くそっ!」


 抜け出そうとあがくが、あまりに体重が違いすぎる。


 若い狩人は新たに湧いたゴブリン相手に動揺中。

 木こりは、ゴブリンと一進一退の大振り合戦をやっている。


「れおなるど!」


 ワッタがスリングで放った石が、ファングボアの目に当たる。

 ファングボアは苛立たしげに吠え、前足を俺に振り下ろす。


「レオナルド様っ!」


 システィリアの悲鳴。


 と同時に、俺の眼前を紅蓮の炎が駆け抜けた。


 炎は、ファングボアの上半身に直撃、ファングボアが後ろにひっくり返る。


「な……んだ!?」


 俺が驚いてるあいだに、システィリアがファングボアに両手をかざす。


「サラマンダーの火箭かせんよ!」


 システィリアが叫んだ――いや、唱えた・・・


 システィリアの両手の先に巨大な炎の矢が現れ、ファングボアへと射出される。

 炎の矢はファングボアの胸に当たった。

 矢は爆ぜてファングボアの巨体を吹き飛ばし、同時にその分厚い毛皮に燃え広がる。

 ファングボアは生きたキャンドルと化して踊り狂い、力尽きて地面にくずおれた。


「なっ……これは、まさか……」


「レオナルド様! 今はそれより敵を!」


 システィリアの言葉に我に返る。

 木こりはゴブリンをどうにか倒したが、狩人は複数のゴブリンに狙われ、焦った顔で矢を乱射してる。

 焦るほどに矢は外れ、狩人は追い詰められそうになっていた。


 ワッタはその場でスリングを構え、木こりと俺は、汗みずくの顔で救援に向かおうとする。

 システィリアは、精魂が尽き果てたかのように、その場にへたりこんでいた。


「くそっ、来るな、来るなぁぁっ!」


 狩人は近づいてきたゴブリン相手に弓を振り回して逃げ惑う。

 ゴブリン数匹は邪悪な笑みを浮かべながら、狩人の逃げ場を着実に潰し――


 いきなり、激しい音がした。


 同時に、ゴブリン一体の頭が弾け飛ぶ。


「――人間ども! 助かりたくばその場に伏せていよ!」


 胴間声とともに、ゴブリンたちの現れた方向から、一人のドワーフが現れていた。

 ドワーフにしては大柄なその戦士は、見慣れない鉄の筒のようなものを構えてる。

 筒の先からは、白い煙が上っていた。


「〜〜〜〜っ!」


 ワッタが戦士を見て何かを叫んだ。

 顔色が明るい。ワッタの知り合いなのだろう。

 戦士は、ワッタをちらりと見てから繰り返す。


「もう一度言う! 人間どもは身を伏せよ!」


「みんな、とにかく地面に伏せろ!」


 俺が言うと、木こりや狩人も地面に伏せた。

 ワッタだけは、ゴブリンを離れ、木の幹を盾にしたようだ。

 システィリアはもともと離れた場所でうずくまってる。


 戦士がわずかに身じろぎした。

 その瞬間、さっきと同じ轟音がした。

 別のゴブリンが、胸を破裂させて倒れ臥す。


 その光景に、残っていたゴブリンたちが浮き足立つ。


 そこで、ドワーフの戦士の背後から、さらに数人のドワーフたちが現れた。

 それぞれ、最初の戦士と同じ鉄筒を持っている。


「〜〜〜〜〜〜!」


 戦士がドワーフ語で何かを命じる。

 ドワーフたちは筒を構え、筒の根元を指で引いた……ようだ。

 ドドドン、と連続で音が響いた。

 生き残っていたゴブリンたちが、身体のあちこちを粉砕されて倒れていく。


「もういいぞ、人間ども」


 最初の戦士が、まだ白煙の上る筒を、肩に担ぐようにしながらそう言った。


「ドワーフの戦士よ、危ないところを助けていただき感謝する」


 俺は立ち上がって戦士に言う。


「いや、なに。そちらこそ、わが娘を保護してくれておったそうだな」


「娘? ワッタの父親だったのか」


「ワルド、ワッタの、父!」


 ワッタが戦士に駆け寄り、抱きつきながらそう言った。


「申し遅れた。俺はワルド。山向こうのドワーフの里の長をしておる」


「長だって! なんだって長がこんなところまで……」


「そりゃあ、娘を探しに来たに決まっておろう。娘がいないことに気づき、人里のほうまで探しに行ったら、おぬしらの張り紙に気づいたのだ。人間に保護されておるとわかって胸を撫で下ろしたところで、モンスターどもに出くわしてな。逃げるゴブリンを追っておったら、すまんことに、おまえらのほうにゴブリンを追い込む形になってしまったようだ」


「そういうことだったのか……」


 それで、安全を確かめて通過してきたはずの方向からゴブリンが現れたと。


「俺も名乗らないとな。俺はアスコット村の代官で、レオナルド・バッカスという」


「ダイカン、というのは何だ、レオナルド?」


 さっきから流暢に人間の言葉をしゃべっていたワルドだったが、その単語だけはわからなかったようだ。


「本来の領主は俺とは別にいるんだが、他の土地に住んでてな。だから、代わりに俺を寄越して、アスコット村を治めさせてるんだ」


 俺の説明に、ワルドはもじゃもじゃのあご髭を撫でながら首をひねる。


「人間は奇妙なことをするものだな。自分が住むでもない土地をわざわざ他人に支配させるとは……。自分の食い扶持が稼げるだけの土地があれば、それで十分であろうに。住む気のない土地まで支配してどうしようというのだ」


「まったくだ……」


 ぐうの音も出ない正論に、俺は肩をすくめるしかない。


 そこでワッタが、さかんにワルドに話しかける。

 言葉はわからないが、途中途中に村の固有名詞が入ってるな。

 これまでの経緯を説明してくれてるんだろう。


「レオナルド、娘が世話になったようだな」


「たいしたことはしてないさ」


「せっかくここまで来たのだ。娘の恩人であるおまえたちを里に招きたいと思うのだが……どうだろうか?」


「里に? いいのか、人間をドワーフの里に連れてったりして」


「よい顔をしない者もおるであろうが、受けた恩を返さぬようでは長など務まらぬ。むしろ、ここで帰られたほうが、俺としては面目が立たぬことになるのだ」


「そういうものか……。わかった。お招きに預かろう」


 そう返事をしてから、人間同士で集まった。


「というわけなんだが、どうしようか?」


 俺が聞くと、


「わたしは行きます!」


 システィリアが真っ先に手を挙げる。

 だが、その顔色はまだすこし青白い。


「体調は大丈夫なのか?」


「ええ……肉体的には、そう疲れるわけじゃないんです、あれは」


 システィリアがさっき使ってたあれについては、落ち着いてから聞いたほうがよさそうだな。


「お、俺は、ドワーフの里なんてとても……」


 若い狩人が、血の気の引いた顔でそう言った。

 小心者の気のある狩人は、ドワーフたちの持つ見慣れない武器に怯えてるみたいだな。


「代官様のお帰りが遅くなるんでしたら、わしらが先に戻って伝えておくべきでしょうなぁ」


 木こりは、斧に着いた血肉を草の葉でぬぐいながら言ってくる。

 ちらりと若い狩人を見たのは、自分が責任を持って連れ帰るという意味か。


「じゃあ、二人には先に帰っててもらうか」


 木こりが言ったように、代官である俺が伝言もなしに村を開けるのはよくないだろう。

 それこそ、ドワーフに何かされたのではと、あらぬ噂が広がってしまうおそれもある。


「ワルド、モンスターはさっきので全部だろうか?」


「おそらくはな。ワッタを連れた人間が襲われてはいかんと思って、片っ端から始末しておったところだ」


「俺は新任だからわからないんだが、この辺りはこんなにモンスターが湧くものなのか?」


「う、うむ……それについては事情があってな」


 ワルドが、なぜか急に気まずそうに目をそらす。


「ともあれ、お疲れだろう。ドワーフの里は、ここからならそう遠くはない。人間と語り合える機会は貴重だ。ゆっくり休んでもらった後、この近辺のモンスターについて、情報交換をしようではないか」


 そんなわけで、俺とシスティリアは、ワルド・ワッタ親娘に案内されて、ドワーフの里を訪れることになった。

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