11 ゴブリン退治はスローライフに含まれますか?

「こっち、です」


 ワッタを先頭に、俺、システィリア、若い狩人、木こりの四人がついていく。

 システィリアの愛馬アイシャは今回お留守番だ。ばあさんに世話を頼んである。


 小さい身体のどこにそんな体力があるのか、勾配の激しい斜面を、ワッタはひょいひょい進んでいく。

 システィリアはもちろん、俺や若い狩人も息を切らしてる。山歩きに慣れてるはずの木こりすら、ひいふう言いながらワッタの後を追っていた。


 その木こりが言った。


「ここいらからは、アスコット村とドワーフ領の境目なんでさあ。どっちも迂闊に踏み込めんもんで、手入れが行き届いておらんのですわ」


「つまり、モンスターが湧いてるかもってことか」


「こっちもあっちも、なるべく暗がりを作らんようにはしとるんですが、言葉も通じんもんで、どうしても抜けがあるんですわ」


 そんな話をしてると、先を行くワッタが足を止め、腰を低くかがめ、こっちにハンドサインを送ってくる。

 事前に決めておいた、モンスターが出たという合図だった。


 俺は足音を忍ばせてワッタに近づく。

 ワッタのそばに身を伏せて奥を覗き込む。


 ちょうどくぼみの底に当たる部分に、三匹の赤黒い小鬼がたむろしていた。

 背丈はちょうどワッタくらい。額にツノが、口からは牙が覗いてる。


「ゴブリンか……」


 この辺にはあまりいないという話だったが。


 ワッタが視線で俺に聞いてくる。


(迂回するか、排除するか……)


 ゴブリンは、モンスターとしてはそんなに強いわけではない。

 小さな身体に似合わぬ怪力を持ってはいるが、まともな武器があればどうとでもなる。


 俺も、今日は剣を腰に下げてきた。

 剣術の「け」の字もない我流だが、さすがにゴブリンくらいなら問題ない。

 俺一人でも、二匹までならやれるだろう。三匹同時となると、隙をつかれる可能性が出てくるが。


 俺はちらりと背後をうかがう。


 システィリアは除外するとして、若い狩人は当然弓を持ってきてる。木こりも、愛用の斧を構えて臨戦態勢だ。

 ワッタは解体用ナイフの他に、石を飛ばすスリング(パチンコ)を持っている。


 狩人とワッタの攻撃で数を減らし、近づいてきたところを俺と木こりで斬り倒す。

 あるいは、俺の出る幕などなく、狩人が三匹とも仕留めてしまうかもしれない。


(いけるな)


 帰りのことも考えると、ここでこいつらを叩いてしまったほうがよさそうだ。


 俺はハンドサインで全員を集め、ささやき声で作戦を伝える。

 若い狩人はごくりと息を飲んでうなずき、経験豊富な木こりは動じることなくうなずいた。

 ワッタも異論はないらしく、さっそくスリングで飛ばすための石を集めてる。


「システィリアはすこし下がっててくれ」


 剣を抜きつつ、俺はシスティリアに言った。


「は、はい。ご武運を」


「ぷっ。こんなことでご武運もないもんだ」


「笑うなんて酷いですっ」


 ぷいっと顔を背けるシスティリアに、一同が気配を忍ばせて苦笑する。


 システィリアには、十メートルほど手前の、やや隆起した地面の奥に伏せててもらう。

 そうすれば、ゴブリンどもからはシスティリアが見えない。

 こっちからは風下になるので、システィリアの匂いを嗅ぎ付けられる心配もない。


 ゴブリンたちのたむろするくぼみに対し、正面から斜め左右に開く位置に狩人とワッタ。その左右の少し離れた茂みに、木こりと俺がそれぞれ隠れた。



    ゴブリン3匹



    狩人  ワッタ

 木こり        俺



 という配置だ。

 狩人とワッタは弓とスリングで攻撃しながら後ろに下がる。

 二人をムキになって追ってきたゴブリンに、茂みに潜んだ俺や木こりが斬りかかるという寸法だ。


 俺の合図で、狩人が弓を引き、ワッタがスリングを構えた。


 ほぼ同時に、狩人の矢とワッタの石が放たれる。


「グブッ!?」

「ゴブッ!?」


 狩人の矢は、ゴブリン一匹の頬をかすめて地面に。

 ワッタの石は別の一匹のツノに当たった。


(運がわりぃな、おい)


 若い狩人は慌てて次の矢をつがえ、向かってくるゴブリンに発射する。

 ゴブリンは、ちょうど木陰に隠れたところだった。

 矢が、木のど真ん中に突き立った。

 ゴブリンが意図的に木を盾にしたわけじゃない。

 単なる偶然だ。

 あるいは、若い狩人が、標的に集中するあまり、障害物にまで意識を回せてなかったせいだ。


「ふっ!」


 ワッタのほうは、スリングで次々と石を放ってる。


「グギャッ! グギャアッ!」


 石は大半がゴブリンの頭部に命中した。

 だが、矢ほどの威力はない。流血し、怒り狂ったゴブリンが、棍棒を振りかざしてワッタに迫る。

 ワッタは冷静に、後ろに下がりながらスリングで石を飛ばしてる。


 ワッタを追いかけるゴブリンが、俺の潜む茂みの前に差し掛かった。


「うおらああああっ!」


 茂みから飛び出し、俺は勢い任せに剣を振り下ろす。


「グギャアアッ!」


 ゴブリンの顔から胴を斬り裂いた。

 倒れたゴブリンの延髄に、逆手に握り直した剣を突き下ろす。


「ゴブッ……」


 間違いなく、ゴブリンが息絶えた。


 そのあいだに、混乱気味の狩人を追ってたゴブリンにも、茂みから木こりが斬りかかる。


「うおおおらああっ!」


 木こりは、木を伐る要領で、斧を横ざまに振り抜いた。

 斧がゴブリンの胴体をほとんど真っ二つにする。

 なかなか豪快なおっさんだ。

 下手な兵士よりよほど戦い慣れてるな。


 これで二匹。


 だが、


「ん!? もう一匹は――あそこか!」


 三匹いたゴブリンの最後の一匹は、敵わないと見たか、こっちに背を向けて逃げ出してる。


 狩人が矢を射るが、当たらない。

 ゴブリンはくぼみのへりを登りきってその奥に逃げる。

 奥は下ってるらしく、ゴブリンの姿が見えなくなる。


「にがさ、ない!」


 ワッタが素早く駆け出した。


 一瞬制止しようかと思ったが、俺もすぐに後に続く。


(ここで仕留めておかないと、仲間と合流されたら厄介だ)


 他にもゴブリンがいるかもしれないし、いないかもしれない。

 だが、楽観的な判断は禁物だ。


 ワッタはくぼみには降りず、その外周を迂回してゴブリンを追う。

 俺もワッタと同じルートだ。

 ワッタの足はかなり速く、革鎧まで着込んだ俺では追いつけない。


 先を行くワッタがスリングを撃った。


「やった、です!」


 追いついてみると、後頭部にでも直撃したか、ゴブリンが地面にうずくまっている。


「だらああああっ!」


 俺は駆け寄って剣を振り下ろす。

 ゴブリンの頭から背中をばっさりだ。

 倒れたゴブリンの首を刎ねる。


「はぁ、はぁ……っ」


 俺は荒い息を吐きながら額をぬぐう。


 ようやく終わった――と思ったのだが。


「――きゃあああああっ!」


 悲鳴は、予想外の方向から聞こえてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る