13 ドワーフの里

「しかし、さっきのアレはなんだったんだ? その鉄の筒に秘密があるのか?」


 俺は、隣を行くワルドにそう聞いた。


 いかにも堂々としてるワルドではあるが、隣に並ぶと俺の肩くらいまでの背しかない。

 その分、横幅や厚みがしっかりしてる。

 もし俺とワルドで相撲を取ったら、ぶつかった瞬間に吹っ飛ばされそうだ。


 ワルドは、手にした鉄筒?で肩を叩きながら言った。


「おお、これか? こいつは鉄砲という。まあ、小型の大砲のようなもんだ。大砲ほどの威力はねえがな」


「いや、十分だろ」


 「鉄砲」を食らったゴブリンどもは、ほとんど一撃でやられてた。


(もしこれが人間に向けられたらと思うとぞっとするな)


 そんな考えが顔に出たか、ワルドが言う。


「案ずるな。ドワーフは平和を愛する種族。人間どもが攻め込んでこん限り何もせん」


「じゃあドワーフは、鉄砲を人間相手の自衛手段として開発したってことか?」


「ふん、思い上がるな、レオナルド。ドワーフは鍛治をこよなく愛する種族だ。常日頃からいろんなもんを作って遊んどる。その結果としてこうしたもんができたんであって、最初からこういうもんを作ろうと思ってたわけじゃねえ」


 ワルドの言い分を、そのまま信じていいものかどうか。

 中央政界を知る俺はすこし疑問に思ったが、ワルドの顔に嘘はなさそうだ。


「モンスター相手には有効だな。なにせ、近づく必要がない。弓だとなかなかモンスターを一矢でズドンとはいかねえもんな」


「その通り。まあ、こいつにだっていろいろ欠点はある。連射がきかねえだとか、弾を持ち歩く必要があるだとか、火薬の製造が大変だとかな」


「おいおい、俺にそんなに詳しい話をしないでくれ」


 俺は慌ててワルドを止める。


「俺は、ドワーフたちがちょっとばかり珍しい武器を使ってるのを見た。だが、見ての通りの節穴だ。わざわざ上に報告するまでもないと見くびってるんだ」


 一瞬きょとんとするワルド。

 だが、すぐに理解して笑い出す。


「がっはっは! レオナルドはおもしれえやつだな!」


「俺はもう退役したんだ。余生をあの村でのんびりまったりゆっくり暮らす。欲深い貴族の耳に鉄砲の話が入らないようにしてくれよ?」


「わかったわかった。注意するわい」


「本当にわかってるんだろうな……」


 そう言ってため息をついた俺の頬に、ふいに白い手が伸びてきた。


「レオナルド様、お顔を怪我されています」


 そう言ってきたのは、いつのまにかワルドとは反対側から近づいてきてたシスティリアだ。


 俺は自分の頬を確かめる。


「ん、ほんとだな。ま、擦り傷だ。唾つけときゃ治る」


「そ、そんないい加減な!」


「そうだぜ、レオナルド。森の木でやっちまったんならまだいいが、ゴブリンやファングボアにやられたんなら話は別だ。ちゃんと消毒しとかねえと化膿してくるおそれがある。

 ――おい、〜〜〜〜〜〜〜〜?」


 ワルドの声に、ワッタが答えた。


「〜〜〜〜〜」


 ワッタは何かを言って、ポーチから薬草を取り出した。

 ワッタは薬草を手に、俺の頬に触れようとするが、届かない。

 ふくれっ面になるワッタに苦笑しつつ、俺はその場にしゃがみこむ。

 ワッタは薬草を自分の口に含んですり潰すと、べちゃべちゃになったそれを俺の傷へと貼り付けた。


「これで、だいじょうぶ。しばらく、とる、だめ」


「わかった。ありがとう、ワッタ」


 俺はワッタの頭を優しく撫でた。


 その隣で、今度はシスティリアがふくれっ面になっていた。


「レオナルド、そっちの嬢ちゃんはおめえの奥さんか?」


「えっ? 違うが」


 即座に否定した俺に、システィリアがますます膨れ上がる。


「くくっ、なんとなくわかったよ。レオナルドはいいやつだ、さぞかし人間の女にモテるんだろう」


 ワルドが笑いながら言った。


「そんな評価、生まれて初めて聞いたぞ」


「なんだ、モテねえのか? そんならワッタでももらっとくか?」


「おまえ、自分の娘をそんな簡単に……。

 そういえば、どうしてワッタのことをすぐに迎えに来なかったんだ? 張り紙を見てたんなら、返事だけでもくれればよかったのに」


 あの張り紙は、ワッタとドワーフ語のわかるシスティリアの二人がせっせと書いた代物だった。


「いやあ、すまん。ワッタがあっちこっちうろつくのはいつものことだってのもあったし、何より里がお祭り騒ぎでな」


「お祭り騒ぎ? こんな時期にか?」


 ドワーフの歳時記なんて知らないが、春が終わりかけのこんな時期にお祭りというのはよくわからない。


 ワルドは、薬草を貼り付けたままの俺の頬を見上げて言った。


「ちょうどいい。アレは怪我にもいいらしいからな。レオナルドたちにもたんまり浴びてってもらおうじゃねえか」






「こいつはえらく広い風呂だな」


「いわ、ふろ。〜〜〜〜!」


「温泉、あるいは鉱泉と呼ばれるものですね」


 湯けむりに覆われた野趣あふれる岩の風呂を見て言った俺に、ワッタとシスティリアがそう言った。


 二人はそれぞれ白い浴衣よくいを身に纏ってる。

 バスローブみたいなあわせのある薄衣で、ワッタの日焼けした健康そうな薄い胸と、システィリアの見事なプロポーションが浮いていた。


 俺も腰に布を巻いただけの格好だ。


 ドワーフの里に着いた頃にはもう日が暮れかけていた。

 この「露天風呂」から見える空も、茜色より藍色のほうが多い頃合いだ。


「なんでおまえらが当然のようにいるんだ?」


「だって、貸し切りだって言うじゃないですか。夫婦なら当然一緒に入るものだと言われました」


「だから、夫婦じゃないよな?

 百歩譲ってシスティリアはそれでいいとして、なんでワッタまで一緒なんだ?」


「いっしょ、はいる、たのしい」


「そ、そうか……」


 ドワーフの年齢は人間にはわかりにくい。

 ワッタが正確にいくつなのかは聞いてないが、そろそろ嗜みがあっていい年頃だろう。

 少年と見まごう元気娘ではあるが、浴衣になると、さすがに性別を見間違うようなことはない。


 俺は、風呂場に立ち込める独特の臭気に鼻をひくつかせる。


「なんか、変な匂いがするけど、本当に大丈夫なのか?」


「その匂いの素が身体にいいと言われています。あまりキツいようだと危険もあるそうなのですが……」


「けが、なおす、いい」


「ノージック王国の初代国王陛下も刀傷を温泉で癒したという話があります」


「そうなのか……」


 俺は、二人と離れたところで身体を洗い、早々に湯船に入ってしまう。

 そうしないと、二人にあまりよくないものを見られそうだったからな。


 湯船に浸かってみると、


「ふぅぅぅぅぅっ!」


 おもわず深いため息が出た。


「とうさま、そっくり!」


 ワッタがそう笑いながら、俺の左隣に入ってくる。


「あ、ワッタ! レオナルド様の隣はわたしです!」


 洗い場から声を上げ、システィリアが風呂を走ってくる。


「おい、危な――」


「きゃああっ!」


 濡れた床に滑ったシスティリアが、頭から湯船に突っ込んだ。


「うぶっ!」

「ひゃっ!」


 俺とワッタが悲鳴を上げる。


 頭から熱い湯に突っ込んで混乱したシスティリアが、湯船の中で暴れ出す。


「落ち着け!」


 俺は慌てて立ち上がり、溺れたようになってるシスティリアを抱き留めた。


「えふっ、けほっ……あ、ありがとうございます、レオナルド様」


 システィリアが濡れた髪のへばりついた顔で言ってくる。

 その顔の奥、湯船の中に、システィリアのつけてた浴衣が浮いていた。

 俺は思わず、腕の中にいるシスティリアを見下ろした。

 システィリアの、デコルテまわりから豊かな胸の谷間までが、ばっちり見えた。

 密着してるせいで、システィリアの大きな胸が俺の裸の胸に密着していて……


「…………」


「……? どうなさっ――きゃああああっ!」


「どわあっ!」


 システィリアに突き飛ばされ、今度は俺が湯の中に突っ込んだ。


「げほっ、げほっ……」


 俺はなんとか湯から顔を出す。


「ご、ごめんなさい!」


 後ろからシスティリアの声が聞こえた。


「いや、すまん……。それより早く浴衣を着てくれ」


「はい……もう大丈夫です」


 その言葉に振り返ってみると、システィリアは浴衣の前をしっかりあわせ、顔を真っ赤に染めていた。


「ま、なんだ、とりあえずゆっくり入ろうか」


「で、ですね……」


 俺たちは湯船の端に並んで腰かける。

 俺を真ん中に、左にワッタ、右にシスティリア。


「なんでこんな並び順なんだ?」


「〜〜〜〜〜〜!」


「この方が楽しいから、だそうです」


「何が楽しいんだか」


 ワッタがこっちに身を乗り出してくるたびに、湯で透けた浴衣が目に毒だ。


「でも、これは気持ちいいですね。ほら、あの柵の向こうに山が見えます」


「本当だな。風呂が外にあるって聞いて驚いたが、なるほどこれは気持ちがいい」


 火照った身体を外気が冷やしてくれる。

 これなら長く浸かってられそうだ。


 俺たちは乳白色の湯に浸かりながら、暮れていく空と山並みをじっくりと堪能した。


「……そういや、システィリア」


「なんですか?」


 システィリアが落ち着いた声で聞いてくる。

 あまり直視すると心臓に悪い光景が目に入ってくるので、若干視線を逸らしながら俺は言う。


「さっき、モンスターとの戦いで使ってたのは、秘呪……だよな?」


 俺に覆いかぶさるボアファングに、システィリアは炎を生み出し、ぶつけていた。


「ええ……エルドリュース公爵家には、かなり昔にエルフの血が混じっているそうなんです。そのせいで、一族の中にはたまに秘呪を使える者が出るんです」


 秘呪。

 エルフのみが使えるとされる、地水火風を自在に操る能力だ。

 それは、おとぎ話の魔法に限りなく近いものだった。


「いいのか、そんなことを明かしてしまって」


 エルフは、秘呪を恐れた人間たちによって弾圧された。

 今では人里離れた場所に隠れ住むだけになっているという。


「よくはないです。我が家の秘中の秘ですね」


「……俺を助けるために使ってくれたのか」


「自分の夫を助けるほうが優先です」


「いや、だから夫じゃねえって」


「面白半分に他人の秘密を吹聴するような人を夫には選びませんから。ドワーフの鉄砲のことも黙ってるおつもりなんでしょう?」


「まあな。あんなもん、欲深い貴族に目をつけられたらえらいことになる。軍隊を送って奪い取れなんて話にもなりかねない」


 もっとも、剣や槍、騎士道を重んじる連中が、鉄砲にどこまで注目するかはわからない。

 だが、目障りだからこそ消してしまえ、という発想になるおそれもある。


「アスコット村が戦争に巻き込まれるなんてごめんだよ」


 あの気のいい村人たちが、横柄な騎士どもに足蹴にされ、兵糧の調達だなんだと言って、せっせと収穫した作物を奪われるさまなんて見たくない。


「さいわい、見て見ぬ振りは得意なんだ」


 俺が言うと、


「ふふっ」


 システィリアに笑われた。


「なんだよ?」


「レオナルド様は、いいことをしてる時ほど落ち着かなくなって、妙に偽悪的になりますよね」


「……実際、善人のつもりはないぞ」


「そういうことにしておきましょう。もう暗いですし、そろそろ上がりませんか?」


 余裕の笑みで言ってくるシスティリアに、俺は渋い顔でうなずいた。

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