8 モンスターをさばく

 その日は、空き部屋の掃除と片付けをしてたら夜になってしまった。

 家具もかなり痛んでたので、とりあえずってことでベッドだけはなんとか修理した。

 自分の部屋をもらったワッタは飛び上がって喜んでいた。

 ドワーフの里では、たくさんいるきょうだいと同じ部屋だったらしい。


「ちょっと大変だが風呂を入れるか」


 ワッタは川で流したとはいえ泥まみれだったし、公爵令嬢であるシスティリアも風呂に入りたいだろう。

 俺は川から樋で水を引き、薪を焚いて、館の風呂にあったかい湯を張った。


 女子二人は喜び、一緒に風呂に入っていた。

 そのあいだ俺は風呂の外で火加減を見てるわけだが、


「レオナルド様、婚約者、妻」


「れお、なるど、さま。こにゃくしゃ、つま?」


 システィリアの人間語教室が風呂の中から聞こえてくる。


「おい、自分に都合のいいことばかり吹き込むな」


 すでにワッタは、システィリアのことを俺の将来の夫人だと思ってるようだ。


 夕食は俺が作った。

 ばあさんに何度も頼むのも悪いからな。

 いろいろ聞いてみた結果、ドワーフも人間と食うものはだいたい同じらしい。

 俺の聞いた話が間違ってたようだ。

 ただし、大人のドワーフが大酒飲みなのは事実らしい。

 もっとも、それだけドワーフたちは醸造の技術に長けてるということでもある。


 システィリアの通訳を介しながら、あるいはさっそく覚えたカタコトの人間語を使って、ワッタとはあれこれ雑談した。


 ワッタは子どもなので夜は早めに寝ることにし、俺もいつもより早めに床に着いた。


 その翌朝、起き出してみると、


「あっ、レオナルド様。見てください、かわいいでしょ?」


 システィリアがそう言って、麻の上衣とスカート姿のワッタを前に出す。

 ワッタは黒くて長いくせ毛を、複雑な形に編んでいた。


「へえ。似合うじゃん。ドワーフの髪型なのか?」


「客として招かれた時にはちゃんとした髪型をしないと失礼なんだって」


「昨日は山の中にいたからまとめてただけだったんだな」


「人間は髪を編まないのか?と聞いてます」


「男は編まないな。システィリアは大事な席では編み上げたりするだろう?」


「そうですね。レオナルド様との式では綺麗に編み上げようと思ってます。それとも、下ろしてるほうが好みですか?」


「当然の予定のように聞くな」


 着々と既成事実化を狙うシスティリアに釘をさす。


 俺は簡単な朝食を三人前作ると、三人で一緒に食卓を囲んだ。

 システィリアはワッタに、いろんな料理の説明をしてる。


(賑やかな食卓だな)


 俺はおもわず頬が緩む。

 赴任してきてからこっち、俺はほとんどぼっち飯だった。

 騎士団時代は仲間とわいわい食ってたので、寂しくなかったといえば嘘になる。

 形ばかりとはいえ貴族になって、古いながらも大きな館の食堂でメシを食える身分になったが、仲間と馬鹿話をしながら食ってた頃とどっちがいいものか。


(まあ、二人ともそう遠くないうちに出てくんだけどな)


 そうなったら、この食堂はいまよりずっと寂しくなるだろう。

 賑やかさを知ってしまった分だけ、余計に寂しく感じるかもしれない。


(楽しいことを素直に楽しめたのはガキのうちだけだ。この歳になると、終わった後のむなしさが怖くて、心から楽しむってことが難しくなっちまう)


 心に波風を起こさず、平穏に暮らしたい。

 そう思ってはじめた田舎暮らしだが、


(そう願うってことは、俺の心はけっこうざわついてたってことか?)


 騎士団にはいい思い出も悪い思い出もある。

 そのなかで心がいつのまにか擦り切れて、これ以上の波風はごめんだと思ったのかもしれない。

 こんな心和む光景を前にしてすら、その暖かさが心の擦り傷に沁み込んで、鈍い痛みを感じるほどだ。


(俺の擦り傷だらけの手で、システィリアを抱くなんてことができるはずもねえ)


 俺は自分のごわごわした手を見下ろしながらそう思った。






 さっそくモンスターの解体方法を教えてくれるということで、俺とシスティリア、ワッタはモンスター小屋のそばにある使われてない古い小屋にやってきた。


 ここには、昨日狩人が仕留めたボアファングの死体を運び込んである。

 天井にあるフックに逆さ吊りにされてるが、あまりに大きいのでボアファングの前足は地面についていた。


 狩人にも声をかけたところ、興味があるとのことで、一緒に小屋にやってきた。

 もちろん、見張りはべつの狩人に任せてある。


「で、どうするんだ?」


 俺が言うと、ワッタが前に進み出た。


「モンスター、〜〜、あるです」


 さっそく人間語を使って説明してくれるが、わからない単語があったらしい。


「ええっと、『核心』とか『真ん中』とか『心臓部』というような意味ですね。人間語にはぴったりくる言葉がないです」


「じゃあ、とりあえず『核』と呼ぶか」


 ワッタは、自分のナイフを取り出し、ボアファングの首を裂く。

 血はまだ固まってなかったらしく、首元から血が溢れ出す。

 この小屋はもともと家畜の解体小屋だったらしく、床には溝が掘られてる。


 ワッタは手慣れた様子で、ボアファングの腹を縦に裂いていく。

 分厚くどす黒い脂肪の層をナイフで剥がすと、そこには真っ黒な肋骨があった。

 普通の獣と違って、モンスターの脂肪は衝撃に強く、黒い肋骨は金属のように硬い。

 ワッタは解体用ナイフをてこのように使って、硬い肋骨をひとつひとつ開いていく。

 その奥に、黒い巨大な心臓と、それに食い込むように埋まった、漆黒の水晶のようなものがあった。


 ワッタはその水晶をナイフで指して言う。


「『かく』」


「これがそうなのか」


 モンスターの解体を見るのは初めてだった。

 普通の獣の解体は見たことがあるし、自分でもある程度はできる。

 だが、モンスターの肉には毒があるし、生半可な刃物では皮や厚い脂肪を裂くことができない。

 人間のあいだでは、ほとんどモンスターの解体は行われていなかった。


 ワッタは、腰につけたポーチ(本人が持ってきていたもの)から金槌を取り出した。

 かなり大きなハンマーヘッドのついた鉄製の金槌だ。


「ふっ!」


 それを、核に向かって振り下ろす。

 ガキっと音がして、核にわずかなヒビが入る。


 ワッタはポーチから今度はタガネのようなものを取り出した。

 平べったい先をヒビに突っ込み、タガネの尻を金槌で叩く。

 ガギッといって、ヒビが広がる。


 それを何度か繰り返す。

 核が真っ二つに割れた途端、核全体に無数のヒビが走り、次の瞬間に砕け散る。

 砕け散った核はもやのようになって、どこへともなく消えてしまった。


 それと同時に、ボアファングの脂肪や骨から黒みが抜けた。

 後に残ったのは、イノシシと同じような黄色い脂肪や赤い肉、白い骨などだ。


「なっ……こんなことになるのか」


 俺は目を見張った。


「にく、たべる、できる。ほね、つよい」


 ワッタが言った。


「肉は食べられますし、脂肪は獣脂として油にできます。骨は硬いので、削り出せば武器や防具にもできるそうです。モンスターの脂肪で作った油はとてもよく燃え、削った骨は、鋼鉄ほどではありませんが、鉄よりは強いそうです。ただ、肉はそんなに美味しくないと」


「すげえな」


 感心する俺に、ワッタが胸を張った。


「〜〜、おすすめ」


「防具がおすすめだそうです。軽いのに丈夫だと。武器は、ドワーフたちは鋼鉄を生産できますから」


「人間じゃ普通の鉄までだからな。武器としてだって有用だな。あ、いや、鉄より軽いから剣には向かないか」


 ひゅう、と狩人が口笛を吹いた。


「こいつはすげえや。これからはモンスターを狩ったら解体しねえともったいねえな」


 ワッタがシスティリアに何かを言う。


「でも、ドワーフの作った解体ナイフがないと難しいそうです。だからわたしの仕事だと言ってます」


「そうだな。村にいるあいだにまたモンスターが出たら頼むよ」


「まかせて、と言ってます」


 この小屋はワッタがいるあいだは自由にしていいということにした。

 その後は、解体を続けるワッタを俺が手伝う。

 システィリアは解体の様子に気分が悪くなってしまい、外に出てる。

 片足が悪い狩人は手伝うことができないので、持ち場へと帰っていった。


「うまく、つかう、べんり」


「そうだな。これまで害しかなかったモンスターが素材になるんだもんな」


「わたし、ぶき、すき、ない」


 ちょっと暗い顔でワッタが言った。


「あまり武器にはしてほしくないってことか?」


 なんとか伝わったか、うなずくワッタ。


「まもる、つかう」


「わかったよ。なるべく防具に使わせよう」


 あと、当面は村の外には出回らないようにしておこう。

 不心得者はどこにだっているからな。

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