7 迷子のドワーフ
「〜〜〜〜〜〜っ!」
ドワーフが叫んだ。
見れば、ドワーフの全身が泥塗れだ。
ドワーフは後ろをしきりに気にしている。
狩人が弓を構え、俺も櫓に立てかけてあった槍を取った。
ドワーフのすぐ後ろから、巨大なイノシシが現れた。
いや、違う。
あれはただの獣ではなくモンスターだ。
ボアファングと呼ばれる、イノシシを大きく、凶暴にしたようなモンスターだった。
「斜めに走れ!」
矢をつがえながら狩人が叫ぶ。
その言葉が通じたのかどうか、ドワーフは走る方向を変えた。
狩人とボアファングを結ぶ射線が開く。
狩人の矢が放たれた。
矢は、ボアファングの肩口をかすめた。
ダメージは小さいが、ボアファングが怒りの声を上げる。
そこにびょうと二の矢が飛ぶ。
今度はボアファングの眉間に突き立った。
――グギャオオッ!
たまらず悲鳴を上げるボアファング。
だが、これも致命傷じゃない。
狩人は三本目の矢を射出した。
矢はボアファングの頬を突き破る。
「ちっ、暴れるもんだから狙いが……」
「酒の飲み過ぎじゃねえのか?」
「俺は酒が入ってるくらいのほうが矢が当たるんだよ!」
半畳を入れる俺にそう返しつつ、狩人がさらに矢を放つ。
その間に、ボアファングもこっちに向かって動き出した。
飛んできた矢をはみ出た牙で弾き、一気に加速してこっちに迫る。
追われてたドワーフはもう門の前に着いている。
システィリアが何やら声をかけ、ドワーフが驚く。
ドワーフは素直に門の中に入った。
狩人はかなりの手並みで矢を連射する。
だが、手負いのボアファングは止まらない。
いよいよ俺の出番か。
そう思って槍を構えたのだが、
「これで……終わりだ!」
狩人がかなり近い距離から放った矢が、ボアファングの眉間を貫いた。
顔中に矢を生やし、片目を潰されたボアファングが体勢を崩した。
突進の勢いのまま転倒、横滑りしながら地面に転がる。
ボアファングは、狩人のつい足元で息絶えていた。
「ふう……ずいぶん硬えボアファングだったぜ」
狩人が片腕で額に浮いた汗をぬぐった。
「ご苦労さん。なかなかでけえボアファングだな」
「ああ、ここまで大きいのは山の奥にしかいねえはずだ」
と言って、狩人がドワーフを見た。
ドワーフはびくりと震え、システィリアの陰に隠れた。
「この子、まだ小さいみたいです」
とシスティリア。
「そういや、さっきも何か話してたみたいだが、ドワーフの言葉がわかるのか?」
俺はシスティリアに聞く。
「ある程度は……。専門はエルフ語のほうなのですが、どちらも古代妖精語の派生言語なので、なんとか通じます」
「ふぅん。すげえな。学者でもなきゃしゃべれないって聞いたが」
「個人的に興味があっただけです」
システィリアがすこし恥ずかしそうに言った。
「で、そのドワーフは子どもだって?」
俺はあらためてドワーフを見た。
泥にまみれた、俺の胸ほどもない、ずんぐりとした小人だ。
ドワーフの年齢は外見からではわかりにくい。
老けてるようにも若いようにも見えた。
怯えてるところを見ると、たしかに若いような気がしなくもない。
泥まみれでわかりにくいが、ドワーフにしてはややほっそりした顔なので、たぶん女性なのだろう。
「遊びに出たところを、さっきのモンスターに追われて逃げてきたそうです」
「遊びにって、ここからドワーフたちの住処までは山を越えなきゃいけないだろ?」
「人里を見てみたくてこっちに来たそうですよ?」
「そうか……」
俺と狩人がドワーフの少女を見ていると、突然ぐきゅるうううっと大きな腹の音がした。
ドワーフが顔を赤くして腹を押さえた。
「とりあえず、メシにしたほうがいいみたいだな」
せっかくなのでばあさんにメシを頼んだ。
うちにあるもんで俺が作ってもよかったが、口に合わなかったら気の毒だからな。
領主(代官)の館の食堂に、俺、システィリア、ドワーフの少女が席に着き、ばあさんの用意してくれたメシを食うことになった。
用意してる間に、小川で泥を落とさせ、村で子ども用の服を借りて着替えさせている。
ドワーフの少女は、メシを頬張りながら何かを叫ぶ。
「〜〜〜〜〜〜っ!」
「美味しい! と言ってます」
「まあ、それは見ればわかるが……口に合ったならよかったよ」
ドワーフは肉と酒、木の実が主食って聞くからな。
この村の料理が合うものかどうかわからず、ばあさんにはいろいろ作ってもらった。
「腹が膨れたなら、そろそろ事情を聞きたいんだが」
「そうですね。通訳します」
「助かるよ。まず、ボアファングに追われてたけど、この近辺にボアファングが湧いてたのか?」
村の近くの森は人の手が入ってる。
木こりが、森が暗くなりすぎないよう木を間引いて、モンスターが発生しにくいようにしてるのだ。
もちろん森は広いから、木こりたちの手が届かない場所もあるだろうが。
代官としては、近場でモンスターが湧いてるなら対処を考えなければならなかった。
システィリアの通訳を受け、ドワーフの少女が首を振る。
「近くではないそうです。山の稜線を越えたあたりで見つかった、と」
「稜線か。結構遠いけど、そっからここまで逃げてきたのか?」
システィリアが再び訳す。
「その通りだそうです。ドワーフは山の民ですから、山中の移動には慣れている、と」
「慣れてたってくたびれ果てる距離だと思うんだがな」
訳すための間が空く。
ドワーフの少女が胸を張った。
「人間とは鍛え方が違う、だそうです」
「鍛えてどうにかなるもんなのか、それ。ドワーフは体力があるってのは本当なんだな」
そこで、ドワーフの少女が何かを言った。
「人間の里、興味深い、だそうです」
「そういや人里見たさに来たんだっけ」
どの種族にも物見高いやつはいるもんだな。
「ボアファングがいたっていうなら、一人で帰すのも危険だな。かといって、山向こうまで連れて行けるやつとなると……」
狩人は片足が義足である。
さっきの戦いで見た通り腕のいい戦士なのだが、さすがに義足で山向こうまで歩かせるのは酷だろう。
となると、次の候補は木こりたちか。モンスターが出ることもある森の中で作業する彼らなら、道も知ってるし、万一モンスターに出くわしても対処できる。
あるいは、俺が送っていくという手もなくはないが……さすがに代官自ら行くというのもどうだろう。
「そういや、君の名前は? 俺はレオナルド。レ・オ・ナ・ル・ド」
自分を指さして少女に言う。
さすがにこれは通じたらしく、
「ワッタ。〜〜〜〜ワタルシア」
少女も自分を指さしてそう言った。
「ワッタか。ボアファングは、あの辺りには結構いるもんなのか?」
システィリアの通訳を介して、ワッタが首を振る。
「珍しいそうです。あの山にはドワーフも手入れをしていて、モンスターはあまり湧かないそうです。湧いてももっと小さいものだとか」
ワッタが、そこでさらに何かを言う。
「しばらくここにいさせてほしいと言ってます」
「ええっ?」
「なんでも、人間に興味があるのだとか。代わりにボアファングの解体を手伝う、と」
「解体か……でも、モンスターである以上、取れてもツノくらいしか使えないんじゃ?」
「ドワーフは、モンスターの肉を食べられるように毒抜きできる、と言ってます。毛皮や骨も再利用できるとか」
「マジか」
人間のあいだでは、そんな話は聞いたことがなかった。
「助けてもらったお礼も兼ねて、と言ってます」
「しかし、ワッタはまだ子どもだろう? ドワーフたちに連絡もせずにここにいたら、ドワーフたちが勘違いするかもしれない」
「よく山向かいに遊びに出て、何日も戻らないことがあるから平気だ、と言ってます」
「いいのか、それで」
「ドワーフはそうやって山に馴染み、鉱脈を探したり、温泉を見つけたりするそうです」
「温泉……ってのはなんだ?」
「わたしも家庭教師に聞いただけですが、地中から溢れ出す湯の泉だそうです。高い薬効があるのだとか」
「へええ。そんなものが」
これまでに聞き出した話を考える。
「……願ってもない提案だな。さいわい、システィリアは言葉が通じるし」
そのシスティリアも一時預かりの身なので、あまり頼り切るわけにもいかないのだが。
「なあ、システィリアかワッタからドワーフ宛てに手紙を書いて、木こりたちに山の奥の方に置いてきてもらってもいいか? やっぱり連絡なしで子どもを預かるのは、あとで揉め事のタネになりかねない」
「そうですね。ワッタ、〜〜〜〜〜〜?」
「〜〜〜〜〜!」
「いいそうです」
「よし、そういうことなら、しばらくのあいだ預かろう。住む場所は……どうすっかな。この館に使ってない客間があるから、そこを掃除するしかないか」
というわけで、村に新たな住人が加わったのだった。
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