第4話
連休は瞬く間に過ぎていく。
俺は作業と割り切って、何も言葉を交わさずに優姫を一日に三度抱きしめ、あいつもこちらに話しかけてくることはなかった。
だから、油断した。
海の日の朝。いつもより遅く起きた俺は、いつもと同じくがらんがらんと隣の部屋のペットボトルを鳴らし、全く返答がないことに呆れながら、扉を開けた。
今度は細心の注意を払い、布団をひっぺがさずに上から叩いて起こそうと、合鍵で散らかった寝室までやってきたのだが。
「あいつ、何考えてるんだ?」
そこは、もぬけの殻だった。
仮に優姫がこの時間に起きていたとしても、部屋から出ることはまず有り得ない。朝の日差しに弱いのだ、あの女は。
その上、今朝の分の…まあ、ハグはしていない。普通に活動を始めれば、昼を迎える前にあいつは限界が来る。
妙に、胸騒ぎがした。
「ここ二日憎まれ口もなくて大人しすぎると思ったら、こういうことかよ。俺への当てつけか?」
ささくれ立つ心を深呼吸で落ち着け、簡単な朝食を済ませて行動を始める。
部屋を出た途端に照りつけてくる太陽が恨めしいが、どこかであいつが鬼への変化に耐えられなくなる可能性の方が、より最悪だった。
幸い、あいつにも俺と同じく監視がついている。警察に借りを作るのは不本意だが、居場所を知ることは簡単だ。スマホのGPSは、電源を切っているらしく使えなかったのだから仕方ない。
「どうせ居るんでしょう?北野刑事。アイス奢るんで出てきてくださいよ」
ふらりとコンビニ近くまで歩き、路地裏に向かって話しかける。返答がなければまるきり不審者だが、幸いにも彼は出てきてくれた。
「須藤クン、僕になんの用かなァ?街中での接触は避けてもらいたいんだけド」
七三分けの、生真面目そうな男が路地裏から現れる。相変わらず胡散臭い話し方だ。
優姫の取り巻きの中で、唯一俺が苗字を覚えていた…セミロングの北野。夏城優姫全肯定女の実兄が、俺のここ一年と少しの間の監視役だった。
「わかっていることを聞かないで貰えますかね。俺も余裕ないんで」
「ふふ。君はやっぱり優姫ちゃんが大好きなんだねェ。可愛い彼女がいて羨ましいヨ」
「御託はいらないから、さっさとあいつの居場所を吐いてください。監視をつけているんでしょう?」
「無理だネ。僕の権限では言えなイ」
「ひとつ借ります。一度、俺を好きに鬼退治に使ってくれて構わない。だから夏城優姫がどこにいるのか。なにをしているのか教えろ、北野」
「はは、怖いことを言っても変わらないヨ。僕はなにも言えないからネ」
暑苦しいスーツのネクタイに手をかけ、目の前の気に食わない男は嗤った。
いちいち癪に障る所作にカッ、となりかけるが、よく考えてみればおかしい。
暴れ始めた鬼は放っておけば次第に弱り、一週間ほどで命を落とす生き物だ。だが、それまでに引き起こされる人的、物的被害を食い止める責務が、警察にはある。
そして、彼らのうちの一定数は、そんな鬼退治で殉職しているのだ。
俺はヤツらと同じバケモノだが、鬼をほぼ無力化できる便利な道具でもある。警察や政府は、俺が借りを作ると言えば喜んで乗るはずだった。
現に一度、俺はそうして鬼を一人殺したし、俺の両親もそうだったから。
「俺の実績不足と信用不足のせいか?直近で、夏城を『救ってしまった』から」
「もちろん、それもあル」
「じゃあなんだよ。なにが一番の要因だ。早くあいつの居場所を教えろよ、時間が無いんだぞ!」
「口の利き方には気をつけた方がいイ。君は籠の中の鳥なんだヨ?」
歯噛みする。確かに、少し熱くなりすぎた。警察は、敵ではないのだ。
「約束通り、アイスを奢ります。待っててくれますね?」
「はは、もちろン。ソーダ味で頼むヨ」
時刻は午前十時。恐らくタイムリミットは…一時間ほど。
焦りを落ち着けて、俺は野郎と自分の分のアイスを買うために、コンビニへと入った。
☆☆☆
頭を冷やしてから、うざったい男からギリギリ聞き出せた内容を整理する。
どうやら警察上層部は、怪しい動きを見せていた夏城優姫に対する警戒を、この二日で強化していたらしい。
全くあいつは、なにをしでかそうというのか。何も気づかなかった俺も俺であるが。
「優姫ちゃんはァ、どうやら同級生の誰かを探っているみたいだネ」
「同級生って、アンタの妹と、西島と、南と、真似っ子女のことですかね」
「うんうン。そうだろうねェ。こちらで掴んでいる彼女の目的は、もちろん言えなイ」
「クソが。俺が関わるとテストにならないってわけだ」
「勘のいい君は嫌いじゃないヨ」
優姫のバカは、なにかに気づいた。恐らくは、四人の中の誰かに、鬼になる兆候を見つけた。
俺の感覚には引っかかっていないから、まだなりかけですらないんだろう。
だが、いつも一緒にいるあいつは、なにかしらを掴んだ。そして、行動に移して…警察にその目的を知られた。
「なるほどな、アンタたちとしても使える駒は多い方がいい。夏城に鬼の前兆を感知できる能力が発現しているなら、それは最高にイカしたレーダーだからな。鬼の発生を防ぐことができる可能性すら出てくる」
「ふふ、そこら辺はノーコメントだヨ」
別に、それは問題ではない。あいつにとっても、俺にとっても、夏城優姫がただのバケモノと思われているよりも、使える駒だと思われている方が都合がいい。
だから、問題点は一つだけ。
「あいつにタイムリミットが来たら。夏城が先に鬼になったら、アンタらはどうするんだよ、警察官」
「決まりきったことを聞くネ。もちろん、殺すサ」
ふざけている。本当に。
胡散臭い態度はそのままに、北野刑事の目は全く笑っていない。それはつまり、警察の総意として、あいつが使えなかったのなら、今日殺す…という計画が成り立っているということだ。
吐き気がする。高校二年生の女子を殺すことを黙認する公的機関と、どこかでその扱いに納得する俺に。
そう、なぜなら。
俺たちは
「聞きたい話は聞いた。俺は好きに動かせてもらう」
「そうかイ。じゃあ、僕たちは君を観察させてもらうヨ。いつも通りにネ」
「勝手にしてくれ」
がり、と噛み砕いたソーダバーの袋を乱雑にゴミ箱へ捨て、俺は炎天下の街を歩き始める。
アテはできた。あとは、時間との勝負だ。
「そうそウ、言い忘れていたけド。…君、優姫ちゃんのこと苗字で呼ぶの、やめた方がいいと思うナ」
「余計なお世話だ」
「ふふ、夏城だなんて呼ぶ時の君の顔、鏡に映して見せてあげたいネ」
うるさい。俺だってわかってる。あいつのことを苗字で呼ぶ度、どんどん距離が遠のいていって、俺の中の鬼の血が寂しさに喚いていることなんて。
☆☆☆
「六条、俺だ」
「おお、我が友。なんの用だね?海の日ダブルデートのお誘いには、些か時間が遅いように感じるが」
「違う。少し手伝ってくれ。面倒事だ」
北野刑事と別れたあと、俺は足早に街を歩きながら、六条に電話をかけていた。
「ふむ、貴様がそれほど焦りを見せるのも珍しい。夏城嬢関連だな?」
「忌々しいことに、その通りだよ」
「ふ、ならば手を貸そう。俺は六条恵。困っている女性の味方であるからな!…して、何をすればいい?」
「取り巻きの真似っ子女、確か東原だったな。そいつをデートに誘え」
「なっ、何を言い出すかと思えば!俺に断崖絶壁から飛び降りろと言うのかね!?関わりの薄すぎる女性を逢い引きに誘うなど、ハードルが高すぎるように感じるのだが!」
「うるさい。やれ。…それと、東原が家にいなかったら、俺に連絡してくれ。その時はデートしなくていい」
「はーっ!また意味のわからん難題を吹っかけてくるものだ。事情説明は?」
「そのうちな」
「人使いの荒い奴だ。地獄に落ちろ。…夏城嬢を泣かせるなよ、親友」
「バカ言え」
ぶつり、と電話を切って、どうせ出ないとわかりつつも再び優姫の番号をコールする。
やはり電源を切っているらしい。なんのためのスマホだよ。バカじゃないのか?
俺はタウンワークで調べた西島の家に向かって走る。六条に無茶振りをした手前、俺も苦手なヤツを相手にしなければ釣り合わない。
西島の家に居てくれと、そう願いながら時計を見れば。時刻は午前10時40分を指していた。
だが、俺は三分の一…あるいは、コイントスに負けた。
西島家に学友を名乗って訪ねれば、怪訝な顔をした麗亜が出てきてしまったのだ。
「ちっ。ハズレか…今何時だ?もうあと五分しかないじゃねぇか!クソ!」
「いきなり現れて人をハズレ扱いとか、あなた常識ないの?それとも、そんなに私が気に入らなかった?こっちはいつでもあなたを警察に突き出す準備が出来てるんだけど」
「うだうだ言ってる場合じゃないんだよ!ちっ。通報したいならすればいいさ。俺がどうなろうと、一度救った『優姫』のことは…!」
「なに?なんなの?ねえ、どういうこと!?優姫さんに何かあったの!?教えろ!」
時間は刻一刻と迫ってくる。一時間のタイムリミットも概算だ。
もう少し長くあいつの身体が持つかもしれないし、もう相当冷気を漏らしているかもしれない。
だが、肝心の南梓沙の家はわからないし、そもそも目の前で猛烈に怒っている西島麗亜が俺を離さないだろう。
これは詰んだか。
送られてきたメッセージは、「何故かデートの誘いにOKを出されてしまった。どうしよう、どうすればいい??」という空気の読めない六条のもので。
未だに連絡がつかないバカ女の名前を大声で叫んでやろうかと、暑さと焦りでやられた頭で考えていたその時に。
どくん、と一際大きく心臓が跳ねた。
街の一角から、強烈な憎悪と孤独を俺は突きつけられた。
ああ、懐かしい。
この正反対のクソ暑い海の日に。あの雪の日と同じ、あの夜と同じ、バケモノの気配が…俺の血に響いた。
☆☆☆
その気配を感じてからは、目まぐるしく状況が動いた。
俺は尚も引き留めようとしてくる西島の、片方の耳にだけ入っているイヤフォンを無理やり引っこ抜き、放り投げた隙に走り出す。
濃密な鬼の気配はそれほど遠くない場所から、じりじりと肌を焼くように発せられていて。最後に見た優姫の、何かを決心した表情を思い出せば、アスファルトを蹴る脚のリミッターは自然と外れていた。
「待ってろよ、何度でもこっちに戻ってこさせてやる。おまえを救うのは俺なんだよ…!」
醜いエゴを曝け出して、人外の速度で走る。走る。
いつしか俺の額からは二本の赤黒い角が伸び始め、加速度的にバケモノへと変わっていった。
「ここ、かっ!」
児童公園だったはずの場所。市街地にも関わらず、たどり着いたそこは、ホワイトアウトしていた。
ふざけるな。あいつはどれだけ、バカげた出力になってやがるんだよ。
しかし、決意を固めて白の世界に飛び込もうとした俺を…人の身で止めた男がいた。
「君らしくないなァ、須藤くン。そんな相貌で優姫ちゃんに逢いに行くのかイ?」
「うるせぇな…!ただの人間ごときが、俺たちバケモノの邪魔をするんじゃあねえよ。ここで先に殺すぞ、北野ッ」
「怖いことを言わないでくれヨ。なにも、君を止めるつもりはこちらにはないからネ」
筋肉が膨張し、正真正銘のバケモノになった俺と、目の前の空間から漏れ出てくる冷気。二つの死に挟まれているにも関わらず、このクソ刑事は全くもって自分のペースを崩さなかった。
「須藤くン。一度深呼吸してみたまえヨ。君は今、焦りすぎて脳みそが沸騰しているみたいだヨ?…鬼じゃなかったら死んでるネ。はハ!」
「この状況で悠長なことを言ってられっかよ!早くどけ。十数えても俺の前に居続けたら、殺す」
「お兄さんの言うことは聞いた方がいいゼ?ボーイ。…まさか、この声が聞こえない訳はないだろうニ」
声…?こいつは、なにを……?
少しだけ冷静さを取り戻し、俺は白銀の世界へと耳を澄ませる。
そして、聞こえてきたのは…吹雪の響かせる風の音と。忘れたことも無い、ひとりの女の弱々しい声だった。
「な、んだ?なにを言っているんだ?中心で…何が起きてる?」
「漸くまともに頭を働かせる気になったカ。須藤くン、まずは鬼の気配を正確に探りなヨ。いつもやってる大雑把なパッシブじゃなく、優姫ちゃんに向けている、アクティブなやつをさァ!」
言われて、気づく。
俺は鬼の気配に敏感だ。それは、広いこの街において、どこで鬼が発生しても一瞬で細かい場所までわかるくらいに。
だが、それ以上に。夏城優姫という一人の鬼の気配を自分から探せば、日本中を覆い尽くせる程の正確さがある。
そして、焦った俺は鬼の気配というだけで決めつけ、「夏城優姫」を探ってはいなかった。
今ここで、北野刑事に指摘されるまで。
「はっ…なんの冗談だよ。優姫の他に、もう一人鬼がいやがる」
「そうサ。恐らくはそれが、優姫ちゃんが探していた鬼の予備軍だったんだろうねェ。はは、おめでとウ。君の恋人は、政府に有用性ヲ…鬼になるかもしれない人間を嗅ぎ分ける鼻を評価されたヨ!」
「勝手にやってろ、優姫はおまえらの実験動物じゃねえ。…それで、警察側の目的が済んだなら、俺がどんだけ介入しても問題ないってことだよな?」
「言わずとも、君は助けに行くだろウ?」
ああ、その通りだ。あの雪の日、胸騒ぎに従って首を突っ込んだ先で。
バケモノの癖にどこまでも美しいあいつを見てから、俺は勝手にあいつを救って…護ると誓ったんだから。
「待ってろよ、バカ優姫。今行く」
俺は喪失感に喘ぐ鬼の血を滾らせ、銀の牢獄へと突入した。
☆☆☆
「オレはァァァァ!!妻と子とォォォォ!!幸せになりたかっただけなのにィィィィ!!」
「は、ぁ……ちょっと、は。加減しなさいよ。あんた、愛する娘と…か。言っときながら!梓沙を凍らせるの!?」
凍りかけた手足をすぐさま沸騰した血流が溶かし、また凍り始める。
そんな死の世界に飛び込んでようやく、優姫が知らない男と力をぶつけ合いながら、口論しているらしいことがわかった。
道理で、ここまで酷い雪の世界になるわけだ。生まれたばかりの鬼と、正面からぶつかることしか知らない脳筋が、同じ領域の力で鎬を削っている。
鬼は魔法も術も使えない。ただ、狂って壊れた肉体が自然に働きかけ、天変地異に近いことを引き起こす。
二人の鬼は、人間としての姿形を保つために、大量のエネルギーを周囲から奪い続け、結果として児童公園はだれも入れぬ雪世界へと変わったようだ。
「梓沙ァァァァ!!美陽ォォォォ!!なぜ、なぜオレから離れる!?オレは!オレはァァァァ!!」
「これ、ちょっときつ…梓沙守れな…」
俺が逆風を、吹雪をかけ分けて中心地へと進む間に、均衡はどうやら崩れかけているらしかった。
間に合わない?いいや。そんなことは許さない。俺は、あいつに届くまで手を伸ばすと決めたのだ。
「バカ優姫っ!聞こえてるか!おい!」
「は…は。なによ、幻聴でくらい褒めてくれても…すき、って。言ってくれてもいいのに。ほんと、デリカシーのない男…」
ふざけんな、なに幻だと思ってやがる。
俺は、ここに居る。
「聞こえてんじゃねぇか!今すぐ角を折れ!間に合わなくなるんだよ!」
「角を折る、なんて。できるわけないじゃない。あたしに死ね、とか。…あーあ、最期に浮かぶ妄想がこんなの…なんて。あたしもどうかしてる…かも」
クソが。あとで二時間は説教だ。全く俺がいることを信じやしない。
いや、だが。叫んだことは無駄じゃなかったらしい。
「なんだ、なんだなんだなんだオマエェェェェ!!オマエもオレから、梓沙を奪うのかァァァァ!!」
「そっちが釣れたんなら、アンタを先に潰すッ」
未だ吹雪は弱まらない。優姫の居るところにはたどり着けない。むしろ、南梓沙の父親らしい鬼の補足を受けて、向かい風は強くなってきている。
だが。俺へと風を向けるのなら、優姫はただの冬には負けない。あいつ自身の美しい銀が、こんな爛れた雪に負けるものか。
「そうだッ!俺はアンタの娘を脅した男だぞ。こっちを向けよ、同類(バケモノ)!」
向かい風をかき分ける両の腕は凍りつき、もはや全身で未だ冬に侵されていないのは、鬼らしく真っ赤に染まった顔と角だけだった。
それでも止まらず、全身を引き裂く痛みを異常分泌された脳内麻薬で誤魔化して、俺は前に進む。前へと進んでいく。
「届い…た!寝てろ、クソ鬼がッ!」
ずたずたのガチガチになった両腕で、憎悪を灯す南を締め上げる。
もがき苦しみ、足掻きとともに出力を上げやがった吹雪に、俺の右の角は悲鳴をあげてヒビが入る。
だが、それでも腕に血液を送り続けて、締め続けて…ようやっと、ヤツは泡を吹いて目から光を失った。
「ぐっ……はぁ、はぁ。…胸糞悪い。最悪だ」
未だ、児童公園には雪が降っている。それは、そうだろう。
もう一人の鬼が、未だに現実を受け入れられずに、美しいラピスラズリの角を輝かせていたから。
「おい…優姫。マジで、そろそろ気づけ」
「あ、れ……?」
ふ、と。顔を上げた彼女は、吹き付けてくる風が無くなったことに驚いたあと。俺の方を向いて、目を見開いた。
「公佳ッ!?うそ…幻覚じゃなかったの!?」
南梓沙を抱きしめながら、あいつは俺に近づいてきた。
「ね、ねぇ。公佳?あたし…あたし。ここで死ぬんだって、そう思って」
「バカ野郎。死なすかよ。それより、さっさと角をなんとかしやがれ」
おろおろと、あいつは俺に近づいて。さっさと抱きつけばいいものを、梓沙を前に恥じらい始める。
そんな余裕ないと言いたいが、無茶のし過ぎで俺も声が枯れてきていた。
「ど、どうしよう。寝てるけど、梓沙の前ではその…ちょっと……」
「い、いか……ら。はや…く」
「公佳?公佳!ちょ、ちょっと待ってよ。何その傷…あんたそれに、角が!」
うるさい女だ。黙って俺に抱きしめさせろ。
乱雑に南梓沙をどかし、俺は優姫を抱き寄せた。
「公佳!ねえってば。あんた、あんたまさか死なないでしょうね!?」
「あー、どうだろうな。でも、俺が死んだら、おまえが寂しくて鬼になっちまうだろ?なら、死なねえよ」
「ばか。ばかばかばか!角が折れたら鬼は死ぬって、教えてくれたのはあんたよね!?」
あー、そんな話もしたな。親父は角が折れて死んだクチだったからな。
「あたしの角を折れって言ったり、自分の角にヒビ入ってたり、もしかして嘘だったの?ねえ!」
別に嘘じゃないさ。ただ、おまえが角を折ってから命が抜けきる前に蓋をする自身があっただけだ。
「へんじしなさいよぉ……」
次第に季節外れのダイヤモンドダストは消えていく。児童公園は元に戻っていき、そこに残ったのは、物言わぬ鬼の骸とその娘、そして人間の形をした鬼と、角の折れかけた鬼だけだった。
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