第5話 ほっといて
「…で、なんでアタシは東京じゃなくて、埼玉に住んでんやろ?」
狭いベランダで独りごちるツキは、青空は仰いで深いため息をつく。周りの建物に囲まれた四角い青空には、白い雲が浮かんでいる。今日も天気は良い。
敷金礼金なし、月三万円の六畳のワンルームアパート。オートロック付きで、猫の
強いて、問題点を挙げるなら、半地下のような造りになっていることぐらい…。あり得ないくらい破格の物件には違いないのだが、大都会東京での生活を期待していた彼女は少し不満だった。
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上京して初めての夜。
「あははは!!東京のホテルや!!
ベッド
おー!!窓
けど、外見えるで!!うっわ!!
ムギ姉ちゃんにも写真
『…めっちゃテンション高いな』
年甲斐もなく、はしゃぐツキにスマホの向こうから呆れた声を返す紬希。ツキも旅行が好きというわけではないのだが、いや、普段は旅行へ行かないからこそ、舞い上がっているようだった。
「じゃあ、まず住む場所についてだけど」
「アタシも東京都民になるってこと?
あ!!そういや、京都弁はモテるって誰か言ってたな!!これは…これはアタシのモテモテ東京ライフ
興奮冷めやらぬツキに、夫人はくすっと笑うと、少し申し訳なさそうに言った。
「来る前にも説明したつもりだったんだけど、住むのは東京都に決まってるわけじゃないのよ」
「え?」
『…お給料がそんなに
キョトンとしているツキに、スピーカーホンで紬希の声が飛んだ。
『もう!すぐぼんやりするんやから!
はぁ、ご迷惑かけて
「あらあら、気にしないで。
ちょっとワクワクし過ぎちゃっただけよね」
少しむくれたツキに夫人は優しく微笑むが、紬希はキツい口調を緩めない。
『もう自分のことなんやから、もっとちゃんと
あたしも側におらへんねんし…』
「あー!!!もうっ!ムギ姉
アタシ
「……」
静まりかえった部屋に、空調の音が低く響く。
「…どうしようか?
今日は疲れてるみたいだし、もう寝る??」
肩で息をするツキに、夫人は相変わらず、穏やかに語りかける。
「……はい」
「じゃあ、私はシャワー浴びて来るね…。
…先に寝ててもいいからね」
そう言って、夫人はツキを部屋に残し浴室へと向かった。
扉が閉まると同時に、ホテルの部屋の香りが鼻につく。
うつむいていたツキは小さく息を吐いて、ベッドに倒れ込む。パリッとしたシーツは優しいけれど、どこか他人行儀に感じた。
ベッドに横になると、窓から夜空が見えた。星の見えない黒の空。
独特の香りが何だか外と切り離されたようで、彼女はぼんやり窓の外を見つめているうちに、眠りに落ちた。シーツの上に沈んだまま。バッテリーを握りしめたまま。
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