鬼の居ぬ間の大都会

第4話 お江戸

「うぅ…ゲェェぇ……。気持ち悪いィィぃ…。

 …うたぁ。完っ全っに……酔うた…おぅ…げぇェ…」

 東京駅。数多の人が行き交う八重洲口改札前。

 デジタルサイネージの柱の側にグロッキーなツキはしゃがみこんだ。

「あらあら。

 乗り慣れないと新幹線でも乗り物酔いするものなのね…」

 ぬらりひょん夫人が彼女の背中を優しく

 旅行日和の快晴で、空は真っ青。ツキの顔も真っ青!

 キラキラした瞳で新幹線に乗ったツキだったのだが、出発して早々にエチケット袋に顔をつっこむこととなった。

 何といっても、東海道新幹線は時速200キロの高速鉄道。あやかし界の最速クラス、ターボ婆ちゃんの時速140キロを軽く越える速さなのだから、河童の彼女が酔ってしまうのもやむを得ないともいえる。

 結局、終始エチケット袋の中でにらめっこする羽目になり、楽しみにしていた富士山はもちろん、煌めく熱海の大海原を見ることもなかった。京の河童、大海を知らず。


「はぁ……それにしても、やっぱ東京は都会やなぁ」


 よろよろと体を起こして、外を眺める。

 地元京都の八条口にも高速バスのターミナルはある。とは言っても、東京の八重洲口は比べものにならない規模と広さ。

 何というか、周囲の建物が高過ぎる。雲を突き抜けるほどではないにしろ、そこかしこに建ち並ぶ高層建築物は下から見上げると、恐ろしいものに思えた。まるで特撮に出てくる敵わないほど強大な大怪獣のように…。


「へっくしゅんっ」

 と、夫人の小さなくしゃみ。

「…あちっ!」

 その拍子に、なぜか口から小さな火の粉がこぼれ出た。それは夫人のポケットティッシュへと燃え移り、彼女の手の中で小さな炎が燃え上がる。

「え?!…火?!」

「あら、風邪かしら?」

 ティッシュをぐしゃっと握り潰すと、何でもないことのように呟く夫人。

(…東京の風邪って、火吹くの?!怖っ)

 驚きのあまり言葉を無くしているツキに夫人はのほほんと微笑む。

「ついでに、闇を裂いて、舞い踊っちゃおうかな?」

 わけが分からずキョトンと見つめるツキに、夫人は少し寂しそうな顔をした。

「……あら。ジュリーの『TOKIO』知らない?

 あらあらまぁ、時代かしらねぇ」


 八重洲口を囲むように並ぶビル達に、ポツリポツリと明かりがともり出す。

 そうこうしているうちに、ツキの酔いは冷め、いつの間にやら、宵が深まる。

 藍の空には星もなく、ひっそり昇るは丸い月。優しい女が眠る街。あやかしふたりが歩き出す。

 さて、夜はこれから更けてゆく。

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