第40話 いざ、リースへ!



俺はリースへいく為の準備に一週間を要した。ただ遠出するだけで何故準備に時間がかかるのか。それは外出する為の許可が必要だからだ。一番の難関は両親ではない。両親は簡単に外出の許可をくれた。

今から話すのは俺が依頼で出かけてくる事を両親に伝えた時の話だ。まず父様だ。「気をつけて行けよ、オークの時みたいに無茶はするな」だってさ。どうやら父様にはバレていたらしい。まぁ領主であり、エルドを直に統治しているので当たり前なのかもしれないが。オークの事は他の家族や使用人達には言わないでおいてくれたみたいだ。

非常にありがたい。


次は母様だ。「あまり無茶してはダメよ?言っても聞かないのは分かってるわ。だから無事に戻ってきなさい」だとさ。恐らくオークの事は詳しくは知らないけど、無茶したってのはバレているらしい。そう、母様はエスパーなのだ。ここから分かるように、二人とも俺を信じてくれていてとても良い両親だ。ここまでが両親に許可をもらった時の事。


そして、スムーズに行ったのはここまでだ。最大の難関はアリアとエレナだ。

彼女達は意地でも俺についていこうとするのだ。詳しく話そうとすると一週間程かかる。つまり、そういう理由でこの一週間を費やしてしまった。


考え事をしていた俺の耳に前方遠くから声が聞こえる。


「アレン何してるのよ!! 馬車が出ちゃうわ!!」


そう、俺は説得を諦めるのに一週間費やしたのだ。


「分かってるよ! はぁ……」


今回リースへはアリアが一緒についてくる事になった。エレナはどうしたのかというと、つい最近エレナは掃除していた際につまづいた拍子で壺を落として割ってしまったらしく、現在はメイド長からメイドの極意というものを学ばせられているので必然的にお留守番が決まった。エレナはなんとドジっ子だったらしい。壺を割るなんてドジを踏むなど我がメイドながらお恥ずかしい限りだ。


「おう、そこの嬢ちゃんと坊ちゃん乗るのか?」 


御者である初老の男性が声をかけてきた。


「ええ乗るわ!!」


元気な返事だ。だが、アリアは乗り込んだ後にそう言っているのだ。行動が速すぎる。


「ハハハッ元気な嬢ちゃんだ! リースの町まで観光かなんかか?」


「嬢ちゃんじゃないわ! 私はアリア。後、そこの間抜け面はアレンよ。まぁ観光みたいな感じね」


アリアは平気で毒を吐いてくる。


「おい、誰が間抜け面だよ!!」


 ──あと、観光でもないわ! 依頼だって何回も言ったのに! はぁ……これだから連れて行きたくなかったんだよ。


「ハハハッ面白いなお前ら! ほらアレン坊も乗り込みな、もう出発するぞ!」


俺の事を勝手にアレン坊なんて変な呼び方してくる御者に少しイラッとくる。


「……へーい」


不貞腐れながらも乗車したすぐ、馬車は走り出した。硬い座席に座り、リースに着くまでにケツが割れそうだなーと考えていると、先程からソワソワが止まらないアリアが話しかけて来た。


「ねえアレン! リース楽しみね! まず何する?商店街回ったりー、あっ買い食いなんかもしてみたいわ! 服も買うでしょ?アクセサリーも買ってー、街の人におすすめの穴場スポットとか教えてもらったりして。

あとあと……」


 ──いや、だから観光か!?


「観光じゃないって何回も言ってるだろ!

依頼を受けに行くんだよ! 仕事なの! し・ご・と!!」


依頼を受けに行くと何度もしっかり説明したのに、観光気分で無理やり着いて来たアリアに少し声を張り上げってしまった。

それがいけなかった……。黙って聞き流しておけば良かったのだ。


「なによ……そんな事分かってるわ。今回やっとアレンと一緒に外に行けるから楽しみにしてただけなのに……」


そう言ってアリアは顔を手のひらで覆いかくした。まるで泣いているのを隠すように。

その瞬間、馬車の雰囲気がガラッと変わった。そして俺はたちまち他の乗客達から突き刺すような視線を浴びせられることとなった。そして乗客の一人が──


「おいおい、そこのお嬢ちゃんの気持ちも考えてやりな」


それに続いて他の客も──


「そうだぜ坊主、男ってもんはな。黙って女の言うこと聞くもんだぜ。俺もな、女房には……」


「あら、女の子泣かせるのはいけないわよ?」


「「「そうよそうよ」」」


「「「そうだそうだ」」」


こうして馬車に乗り合わせた乗客全てが俺の敵に回った。


 ──なんっだよ!? 俺まだ五歳だぞ!!

やってたかって大人が酷すぎるだろ!!

それと、そこのオッサン!! アンタの女房の話なんか誰も興味ないから話し出してんじゃねーよ! 誰も聞いてないからな!!

あーもういいよっ! 俺が悪いんだろ?

謝ればいいんだろ!?


そうやって、未だに顔を手で覆って俯いているアリアに向き直って、謝ろうとする。


「あ、アリア。ごめ──」


しかし、俺の言葉は遮られた。


「ほら、嬢ちゃんに謝っときな」


「そうだぜ坊主、男ってもんはな。例え悪いと思ってなくても女にはすぐに謝るもんだぜ。俺もな、女房には……」


「ええ、謝ったほうがいいわね」


「「「謝罪!! 謝罪!!」」」


 ──なんっだよ!? 今謝ろうとしてたじゃん!! アンタらがそうやって言うと、俺が言われてから謝った奴みたいになるじゃん!! それと、そこのオッサン!! 悪いと思ってないのに謝るのは良くないだろ!! あと女房の話も要らねーから!! 


この謝罪コールの中、原因である横で顔を俯かせて座っているアリアの方を見ると手の隙間から口元が見えた。

いや、見てしまった……吊り上がった唇を。


 ──コイツっ……わざとか!? 俺を嵌めやがったんだ!! 


「アリア……テメェ」


「フフフッなぁにアレン?」


他の客には顔を見えないようにして俺には満面の笑みを見せ、小声でそう言ってきた。

この瞬間、怒りが頭を支配したがここでキレてしまうとアリアの思う壺だ。


「「「謝罪!! 謝罪!!」」」


「俺もな、女房には……」


未だ鳴り止まぬ謝罪コールと止まらない女房の話の中で俺の取った行動は──


「ごめんなさい」


素直に謝罪する事だった。


「フフフッ分かれば良いのよ、アレン」


他の客に顔を見られてないのを良い事にアリアは相変わらずの満面の笑みでそう言った。

これでひとまず一件落着かと思われた。

俺の今の煮えたぎった怒りの感情は置いといて、だ。しかし乗客達は──


「おお、偉いな坊主」


「そうだぜ坊主、男ってもんはな。なかなか謝れねぇ生き物なんだぜ。俺もな、女房には……」


「ええ、偉いわね」


「偉いぞっアレン!! さすが男だ!!」


「「「偉いわアレン!!」」」


「「「偉いぞアレン!!」」」


「「「アレン!! アレン!!」」」


 ──あーもうっ!! うぜーよアンタら!! 手のひらクルックルじゃねーか!!

手首捩じ切れてんぞ!? いや、頼むから捩じ切れてください!! アンタらの首が!! それと、そこのオッサン!! さっきと言ってること違うじゃねーか!! 謝るのか謝らないのかどっちだよ!! いい加減に女房の話は誰も聞いてない事に気付けよ!!  

あと、そのアレンコールもなんか腹立つ!!


俺の思いが通じたのかアレンコールが鳴り止んだ。



 ──あっようやく収まった……。ふぅ、よかっ──


「「「アレン!! アレン!!」」」


一人の乗客がボソッと言った声に反応した乗客達が、再びアレンコールを始めた。


 ──おいっ!! 誰だ!! アレンコールをアンコールした奴!! あ?そこのオッサンか!? ニヤニヤしやがって!! 上手くねーんだよ!!


こうして馬車の中はしばらくアレンコールで満たされることとなった。


 「あーもうっ!! 早くリースに着いてくれーー!!」


俺の悲痛の叫びはアレンコールにかき消された。


「「「アレン!! アレン!!」」」




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