第39話 リオンの帰還



「やぁ! 大変だったみたいだね。アレン君?」


思わず殴りたくなるような顔──リオンが目の前にいた。


「もうっマスターっ! 大変だったんですよっ!? マスターがアレン君に調査依頼なんか出すからっ!!」


何故か俺の代わりにリオンに怒ってくれるシエラ。だが、リオンはどこ吹く風だ。


「フフッ見たところ……また強くなったみたいだね。君なら生きていると信じていたよ!」


俺の姿をじっと見つめた後、そう言った。

恐らく『神経強化』が覚醒したことを見破ったのだろう。まぁ覚醒というより、身体に完全に馴染んだという言葉が正しいと思う。

今までは『神経強化』で強化した身体を動かしていた感覚があったのだが、現在は『神経強化』された身体が本来の身体能力と錯覚するほどだ。そして遂に、完全に無意識下で連続発動可能となった。それと……あの闘いで得た新しい魔法もあるしね。まぁそんな事より──


「おいリオン!! 何なんだあのオークの数!! どこがちょっとなんだ!? 

まぁ!! 全然余裕だったけどね!!」


本当はあの闘いの最中ずっと死を感じていた。むしろ死という概念と肩を組みながら一緒に闘っていた気がする。もう戦友だ。


「フフッ人語を話すオークジェネラルが出たそうだね。僕も流石にそこまでは予想していなかったよ。他のオークならどれだけ襲って来ても君なら大丈夫だと思ったんだよね。だからこそ君に調査依頼を出したんだけど。

まぁ結局、無事みたいで良かったよ」


 ──無事じゃなかったよ!! まぁ……その後すぐに怪我が治っちゃったから、ほぼ無事みたいな感じだけど。


「まぁあの程度余裕だったかな!! むしろ、あの二倍くらい来ても問題なかったね!!」


 ──死んでもコイツに弱みを見せてやるもんか!!


「アレン君っ!! 私はもう、あんな思いするのは嫌だよっ!!」


本気で心配していたシエラにとって、今の発言は冗談でも嫌だったらしい。


「フフッ本当に無事で良かったよ……さっ依頼の話をしようか! メーラ君からC級昇格の話は聞いたみたいだね」


 ──この言い方だとコイツ……こうなる事やっぱり分かってたのか。俺がオーク共と闘うこと、そしてそれを殲滅すること。だからあらかじめメーラさんに昇格の話をしていたのだろう。


「盗賊討伐の依頼でしょ?」


「そうそう! それをアレン君には受けてもらいたいんだけど、実はこの辺にはその依頼があまり無いんだよね。この街は魔の森に一番近いこともあって、魔物が比較的強いんだよ。そのせいかここら辺には盗賊が中々出てこないんだ」


まぁそうだろう。盗賊は商人や貴族が街の間を馬車で移動する際によく襲って生活している。なので魔物が強ければ、邪魔で仕事がしにくいだろう。冒険者崩れも多いって聞くし、ほとんど大した強さは持っていない事が多いらしい。


「だから君にはここから少し離れた街──リースに行ってもらうよ。そこなら良くも悪くも盗賊の出没が多発しているからね」


 ──良くはないだろ……俺以外からしたらだけど。


平気でこんな発言する奴をギルドマスターにしたのは誰だろうか。恐らくソイツの頭もリオンと同じくイカれていると思ってしまう。


「そこのギルドマスターにはもう話は付けてあるから、僕の名前出してくれればよくしてもらえるよ」


 ──よく?本当だろうか……俺はもの凄く心配です!!


リオンの話は基本的に半分ずつで聞いていないと痛い目に遭うってことは、オーク集落の話で身に沁みて分かっている。


「それじゃ、よく準備してから行ってきね! 僕はそろそろ行かないと」


行く?コイツ……何気に多忙だったりするのか?


「また用事?」


リオンがサボり魔だということは知っている。だが、最近のコイツは短期間ではあるが王都に行ったりなど、用事があったりするのだ。そこで、気になったので目の前のバカに質問してみた。


「フフッ違う違う。ッとじゃあもう行くよ。またねアレン君」


急いだ様子のリオンはそう言った後、また何処からか風が吹きその姿を消した。

この瞬間を見た時、ふと疑問に思った。

ここは部屋の中なのにどうやって居なくなっているんだろうか。風に乗って消えるというより……リオン自身が風になってるような気がする。


そんな事を考えていた時、突如扉が大きな音を立てて開いた。そして──


「あのバカマスターはどこですか!?」


突然現れたのは黒髪を後ろで一つに結び、眼鏡をかけた女性──メーラさんだ。

そのメーラさんは鬼の形相をして部屋に勢いよく入ってきた後、部屋中を睨みながら見渡していく。


ここでようやくさっきのリオンが急いでいた理由が分かる。


「あ、なるほど……」


つい、言葉が漏れてしまった。そう、俺の中で答えは決まっている。リオンは分かっていたのだ。メーラさんがここに突撃してきていることに。


「あの人はどこにいますか?」


そんな事を考えていると、リオンが見当たらなかったのか、こちらに質問を投げかけてくるメーラさん。


 ──この言葉遣いが逆に怖い。怒鳴ってくる奴の方がずっとマシだ。


「えっと……」


 ──リオンのやつ、どこに行くとかって言ってなかったよね?


苦手意識を持っているメーラさんに聞かれたってこともあり少し動揺してしまい、普通は即答していたところをほんの少し考えてしまった。その思考はリオンが行く場所なんかを言っていたかどうか、少し記憶を遡った程度の短いものだ。しかし、これがいけなかった。


「庇っているのなら貴方もタダじゃ──」


 ──やばいっ!! 誤魔化してると思われたか!?


メーラさんにとって今の俺の様子はリオンの場所を知っているが、それを教えまいと誤魔化している様に見えたらしい。だが、リオンを庇うことなどあり得ない。あのバカの犠牲になるなんてことは真っ平御免なので、ここは言葉を選び簡潔に答える。


「いえ、全く知りません!! あのバカは先程までここにいましたが、突然居なくなりました!!」


 ──怖すぎるだろ!? オークと殺りあった時より命の危機を感じるぞ!! おお、戦友が帰ってきたみたいだ!!


俺は必死に、自身の無実を訴えた。

それはもう、まるで命乞いをしているかのように。


「メーラさん本当ですっ! 本当にマスターがどこに行ったかは分からないんですっ!」


シエラもよほど怖かったのか、真剣に訴えている。二人揃って腕は下げたままだが、肩が限界まで吊り上がっている。そして、メーラさんは俺達二人ををジロっと交互に二回ずつ見つめた後、ため息を吐く。


「はぁ……そうですか。疑ってすみません」


 ──ふぅ、何とか落ち着いたみたいだ。


見たところ先程の、人一人簡単に殺してしまいそうな殺気は引っ込めたようだ。


「今度こそあの人を消し炭に出来ると思ったんですが……」


 ──ねぇ落ち着いてるよね……?


この発言により、ニーナさんの属性適性が炎だと判明した。偏見だけど、炎魔法を扱う人って感情の昂りが凄い人が多い気がするんだ……アリアとか。


「……二人とも失礼しました。では、私はここで」


メーラさんは一礼した後そのまま部屋を出ていった。これでようやく危機は去ったみたいだ。だが、心に深く刻まれた恐怖心はそう簡単には消えてくれない。その証拠にメーラさんが居なくなったというのに、未だに身震いが止まらない。

恐らくそれは俺だけでなく──


「ねぇ……シエラお姉ちゃん……」


「な、何かな……アレン君?」


「凄く怖かったよぅ……」


「うぅ私もぉ……」


気が付けば二人は涙を流し抱き合っていた。

この時ほどリオン……いやあのバカを恨んだことは無い。今この瞬間俺はいつかのリベンジも含めて、あのバカを叩き潰してやると誓った……

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