アレン・エルガルド

第38話 ただいま



ギルドの扉がゆっくりと開かれる。背後から光を浴びながら現れたのは、ギルドを出た時とでは変わり果てた様子の子供。

綺麗に着こなしていた防具、そして体格に合わせた長さの剣。どれも跡形も無くなっていた。そして身体中に刻まれた傷の数々。

だが、初めから変わらないものがただ一つ。

その少年はニカッと笑い、何事もなかったかの様に──


「ただいま!」


その笑顔は、どんな事が起ころうと、いつまでも変わらない様に見えた。







「アレン君っ!!」 


ギルドに入るなり、抱きついてきたのはシエラだ。依頼に行く前もかなり心配していたから、ちょっと申し訳ない。だけど……


「痛い! 痛いよシエラお姉ちゃん!!」


とうに身体の限界は超えているのだ。今立っているのだって、気絶するのをなんとか堪えているからだ。


「あっごめんね……」


謝ってはいるが一向に離す気配がない。

むしろ強くなっている気がする。あ、感覚が無くなってきた……


 ──これは、ヤバい……!


「あ、あの……離して、欲しい……かな?」


今のシエラには強く言えない。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている顔を見てしまった事で、心配をかけた事による罪悪感がすごい事になっている。


「もうっ今日はずっと離さないからねっ!」


シエラでこうなのだ……この怪我で屋敷に帰ればどうなるか。そうなると誰かに傷を治してもらわないといけないんだけど……


「おう、モテモテだな小僧」


小僧呼ばわりしてくる失礼なやつは、ジェイドという奴だ。なんか俺を助けるために冒険者を引き連れて南の森にやって来たらしい。


「いいから助けてよ……」


ジェイドは上級冒険者なんだそうだ。それに異名持ち……それもロドリゲスとは違ってしっかりした異名だ。


「ワハハッ諦めな!! ところでアレン……お前の身体どうなってんだ?」


 ──身体?どうなってるとはどういう意味だろう?


「?」


「はぁ……分かっていないみたいだな」


ジェイドは呆れた表情を向けてくる。「やれやれだぜ」っていう心の声も聞こえてきそうだな。


「お前の傷口──既に塞がってんだろ。常人の回復速度じゃねェ」


 ──あっほんとだ……


身体のあちこちを見てみると切り傷に至っては血も止まり、塞がっていた。あとは打撃痕と、体内の損傷だけみたいだな。それもこのままいけば、あと数時間で打撃痕だけでも回復はしそうだ。


「フッ……ジェイドは知らないんだよ」


少し小馬鹿にした様に答えて見せる。

シエラから助けてくれなかった腹いせである。


「ああ?なんだそりゃ」


少しイラッときたようだ。全く子供相手にムキになるなんて……こっちが、やれやれだぜ。


「子供の回復力は異常なんだって事さ。つまり、たった数時間で、怪我が全快しててもおかしくない!!」


多分、無理があるだろう……というか俺の身体は本当にどうしたのだろうか。あの時の闘いで『神経強化』が覚醒でもしたのだろうか。まぁそれはあり得るか、あの時は本当に極限だった。今生きてるのが奇跡みたいなものだろう。


「はぁ……まぁ今はそれで納得してやるよ。お前に関わる大事な事なんだろう?」


この人すごく物分かりが良いな。『神経強化』が使える事がバレれば、必然的に俺の正体が分かってしまう。そうなると色々めんどくさい。だから今はあまり知られたくないのだ。そんな事を考えていると、続けてジェイドは話しかけてくる。


「そうだ、依頼の完了報告したらどうだ?お前は依頼であの森に行ってたんだろ?」


 ──あっそうだった……早く昇格する為にあの依頼を受けたんだったよね。今回はオークをいっぱい倒したんだから爆上がり間違いなしなはず!!……あれ?俺が受けてたのって調査依頼だよな。これ……依頼失敗してる気がするんだけど。もしかして俺の評価落ちてるんじゃ……


そうやって頭を悩ませていると、突然知らない女性から声を掛けられた。


「貴方がアレンですね?」


丁寧な口調で話しかけてきた女性は黒髪を後ろで一つに束ねている。そして、眼鏡の奥で赤く光る眼が特徴的だった。


「メーラさんっ」


服装から見てギルド職員の誰かだろう。周りの反応を見ると、他の冒険者達はこの人を知ってるようだ。


「あっアレン君はまだ会った事なかったね。この方はメーラさん、副ギルドマスターだよっ!」


 ──道理で……強いわけだ。


メーラさんからは隠しきれないオーラとでも言うのだろうか?リオン、ジェイドなどの実力者が醸し出す圧迫感をこの人からも感じるのだ。


「アレン、依頼についてお話があります。今お時間よろしいですか?」


「うん……大丈夫だよ」


依頼な話という事で少し緊張しているが、

返事をした後ギルドの奥へと俺達は向かった。




机を挟み椅子に座るのは俺とシエラそして向かいにはメーラさんだ。


「では……今回の不手際、誠に申し訳ありませんでした。私達の管理が甘かった所為で貴方を大変危険な目に合わせてしまいました。冒険者ギルドを代表して私が謝罪させていただきます」


突然メーラさんは深く頭を下げて謝罪をしたのだ。話の内容よりも驚きが勝り、どんな反応をすれば良いか分からなくなってしまう。

シエラも同じ反応の様だ。


「えっと……あれはレイ達が悪いのであって、ギルド側に責任はないよ。レイ達にももう会ったし、何とも思って無いからさ」


本当に何とも思ってないのだ。自分自身、今回の闘いの収穫は大きい。例えば魔法だ。今までの魔力の使い方には無駄が多すぎた。使った魔力全てをきちんと魔法効果に反映させる事が出来ていれば、もう少し楽だったはず。身体の動きや剣捌きに関してももっとやりようがあると気付けた。


「ご厚情感謝します。それでは、続いて貴方が受けていた調査依頼についてですが……」


き、きた! 


「こちらは規則に則って依頼は失敗という事にさせていただきます」


うっ、やっぱりか……初依頼失敗は冒険者としてどうなんだろうか。


「しかし……オーク集落殲滅による多大な貢献を考慮して、貴方をC級冒険者へと昇格させていただきたいと考えています」


「え……」


「アレン君おめでとうっ! うぅー! おめでとぉー!!」 


シエラは自分の事のように喜んでいる。むしろ俺より喜んでいる気がする。席が隣のせいで、抱きつかれても抵抗が出来ない。


 ──てか何で隣の席に座ってんだよ、普通ギルド職員は向かい側に座るだろ!


まぁシエラは置いといて話を進めよう。C級冒険者と言えば、一人前の冒険者の証であり、ギルドからの信頼も厚い存在だ。世間一般では中級冒険者にまでなれば食いっぱぐれる事はないと言われている。


「ただ……今は暫定とさせていただきます。正式にC級へと昇格させるには受けてもらわなければならない依頼がありますので」


「依頼?」


何の事か分からず首を傾げると、抱きついていたシエラが急に離れて、平らな胸を張って答えた。

 

「フフフッここは頼りになるお姉ちゃんである私が説明するねっ! C級昇格には盗賊討伐実績が必要なの。だからアレン君には盗賊討伐を受けてもらった後で正式にC級冒険者に昇格してもらうってことだよっ」


「シエラの言った通りです。何か問題があればなんでも仰ってください」


盗賊討伐か……これは面白そうだな!


「大丈夫! これってすぐ受けても良いの?」


「いえ、一度お休みになってください。ギルドマスター──リオン!! が戻り次第お知らせしますので」


メーラさんのリオンって言う言葉に何故か怒りの感情を強く感じたのは気のせいだろうか。


「ねーねー、メーラさんってもしかして……」


小声でシエラに聞いてみると、予想通りの答えが返ってきた。


「うん、実はね。メーラさんって普段凄く多忙なの。そのせいでほとんどギルドに篭ってるんだけど。その理由が本来ギルドマスターがやるはずの業務なんかを全てメーラさんがやってるんだよね。だからサボり魔のマスターの事凄く恨んでるんだよ」


 ──本当にアイツ何やってんの……いや、何もしてないんだった。


「あっそうだ、リオンって何しに王都に行って──」


「あぁ!! ほんっとうにあの人はいつもいつも私にぃぃぃ!!!」


やばいクールなメーラさんが狂い出したぞ!


「落ち着いて下さいメーラさんっ!!」


「す、すみません……少し取り乱しました」


 ──あれが少し!?


メーラさんの豹変した姿に驚いているとシエラに耳打ちされた。


「アレン君、メーラさんの前でマスターの話したらダメだよっ! マスターの名前は一日一回聞くのが限界なんだからっ」


 ──もうそれ何かの病気でしょ!? 俺……リオンが殺されたとしたらこの人が犯人だと思う。


「ご、ごめん……気を付ける」


「おほんっアレン。まだ一つだけ話があります。それは貴方が討伐したオークについてです。現在オークは冒険者達に協力してもらい、解体作業を行っていますがどうしますか?」


魔物の死体には活用法がある。魔物の心臓部分には魔石というのがあり、これは普段生活で使う魔道具の動力源や結界を維持する為の魔力貯蓄器など、様々な用途に使える。オークに至っては肉は食用として使えるので、メーラはその肉と魔石をどうするか聞いているのだろう。


「うーん、手伝ってくれた冒険者達に肉は全部あげてよ。魔石は全部買い取って欲しいな」


「分かりました、そのように手配します。あの数ですので、時間がかかるのはご容赦下さい」


「うん、ありがと!」


あのオークの数だ……相当なお金になるはず。まぁお金には困ってないんだけど。


「これで話は終わりです。では、私は仕事!! があるので失礼します」


メーラさんはまた一瞬豹変したが、直ぐに戻り席を立ってそのまま部屋を出て行った。

部屋にはシエラと二人きり。しばらくの間沈黙が流れたが、自然と言葉が出ていた。


「俺……メーラさん怖い」


「うん……私も」


涙目になった二人は少しの間その場を動けずにいた……



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る