第37話 アレンという存在



オークの死体で出来た地面の上で、向かい合う二つの人影。一つはオークジェネラル。

もう一つはジェイドのものだ。彼は大剣を構え、魔力を高めていた。


「グギャギャギャ!! オマエ、コロス! コロス!!」


相変わらず、興奮が止まないオークジェネラル。ジェイドという新しいオモチャで早く遊びたいようだった。


「お前を殺すのは俺の方だ。こうなったからには、出来ればアレンの身体は持ち帰らせてもらえると助かるが……」



そう口にしてはいるが、実際は叶わない願いだとも感じていた。何故それが叶わないと考えるのか、それには大きな理由があった。

それは地面を見れば自ずと導かれるもの。

ジェイド達やオークジェネラルが立っている辺りは無数のオークの死体で埋め尽くされているのだが、所々凹んで死体がない場所がある。いや、無くなった場所と呼ぶのが正解だ。それは何なんなのか……巨大なクレーターだ。そしてそれをよく見れば、まるで一撃で作られた様なものだった。それもオークの死体で埋まっていたであろう場所の上から作られた為、真っ赤に染まったクレーターになっていた。その為、もしアレンがソレを喰らったのだとしたら、人の形を保っている事の方が難しいとジェイドは判断した。


「グギャギャギャ!! オマエ、アイツト、オナジ、コロス!!」


目の前のオークジェネラルは酷く可笑しく、とても興奮した様子だ。その事からアレンとの戦闘はとても悦ばしいものだった事が窺えた。オークジェネラルにとってアレンが良いオモチャであったことで、ジェイドに対しても期待しているようだった。



ここまでで、この場にいる者達が理解している事は、アレンが既にオークジェネラルに殺されているという事。 



ジェイドはこのオークジェネラルの存在を初めて感知した時から、アレンが既に死んでいるという可能性も大いにあると考えていた。

つまり、覚悟はしていたことだったのだ。

しかし、それでもこのオークジェネラルに対して怒りの感情が収まらない。だがひとまずそれを押し殺し、言葉を絞り出した。


「アレンは……強かったか?」


道中レイからアレンについて少し聞いていたジェイドは、アレンが闘い好きだったという事を知っている。ならば、最後の瞬間まで楽しんで逝けたかどうか、聞くべきだと考えた。


「マァマァ、ダナ。グギャギャギャ!!」


「そうか……最後の相手がお前みたいな豚野郎だとアイツも浮かばれねェな。本当なら生きて連れ帰って、マスターのお気に入りっていう小僧とは色々語り合ってみたかったんだよ。俺はよォ……ん?」


怒りを静かに爆発させていたジェイドは突然だが、オークジェネラルの異変に気付いた。

それは何なのか、オークジェネラルがズレたのだ。ズレたとはどういう事なのか?

いや、ただズレたのだ。そう、言葉通りに……


「グギャギャギャ、ギャギャ?ググ、グギャアアアアアア……アア……!!」


オークジェネラル自身、ソレに気付いたのはジェイドの後だ。興奮していた事でソレに気付くのが遅れたのだろう。次第にそのズレは大きくなり、そして……オークジェネラルの首が地面に落ちた。


「「「は……?」」」


ジェイドだけでなく、他の冒険者達はその状況を理解が出来なかった。ジェイドとオークジェネラルとの戦闘が今まさに始まるというところで、突如としてオークジェネラルの首が地面に落ちたからだ。次に首の取れた胴体は背後から何かに押されたように、そのまま前のめりで倒れた。


オークジェネラルの身体が倒れた事で、そこに現れたのは一つの人影。


それはあまりにも小さく、まるで小さな子供……いや幼児の姿だった。


冒険者達が注目しているその者は傷だらけの状態で立っている。上半身の防具は剥がれ落ち、布切れ一枚を纏っているだけだ。そして綺麗な銀髪を所々返り血で汚し、顔と腕を血で真っ赤に染めていた。しかし、顔についた真っ赤な血が、その者の持つ青と緑の目をより輝いて魅せた。

長い間、呆気に取られた様子の冒険者達。

しかし、ここで漸くジェイドがその人物に対して話しかけた。



「お前は……誰だ?」



何を言うかと思えば、ジェイドはその人物に対してそう尋ねたのだ。他の冒険者達はそのジェイドの質問に対して、「アレンって子供以外あり得ねーだろ!!」とそう一斉に心の中でツッコミを入れた。

だがジェイドも、本当は分かっているのだ。でも何故か、何故かこの状況を信じられなくて聞いてしまった。

完全に自分自身を納得させる為に。






そして、その質問を投げかけられたその人物は顔に付いていた血を拭って綺麗にした後、ニカッと笑って答えた。


「ん?俺か?俺はアレン!! SS級冒険者になる男だ!!」


その元気な声はこの赤い草原に響き渡った。








そして暫くの間、沈黙が続いた。だがこの沈黙を初めて破った者がいた。そう、ジェイドだ。


「ププックック……クハッハッハッハッハッ!! そうか!! お前がアレンか!! ワハハッ!!」


「「「ハ……ハハ……ハハハハッ!!」」」


ジェイドには笑うしかなかった。今の感情を言葉で表現する事が出来なかったのだ。

それに釣られて他の冒険者達も笑ってしまう。これは目の前の少年を嘲笑う様な笑いではない。恐らく人は目の前で本当に信じられない事が起こった時、笑うこと以外に方法が見つからないのだろう。






この可笑しな状況の中でも確かな事が一つある。それは、アレン──この少年のしでかした事だ。オークの群勢、それも軽く一万を超える程の数の殲滅。そして、オークの上位種であり、変異種でもあるオークジェネラルの討伐。これらを低級冒険者であるアレンたった一人でやり遂げた。これを偉業と呼ばずしてなんと呼ぶか。そしてこの場にいる誰もがこのアレンという少年がいずれこの国……

いや、大陸中に名が知れ渡ると確信した。



アレンという無名の少年の物語はここで終わる。そして、本当の意味での冒険者アレンの物語が今、始まった。







この時まさにアレンの目的である自身の存在証明、それが確かに叶い始めた瞬間であった。そして今日この場所で起きたオーク集落の壊滅は、後にアレンの起こした伝説の一つとして語り継がれる事となる。

だが、それはまだ少し先の話である……

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