第35話 助かった命


森の外ではアレンの風魔法により捕らわれているレイがいた。


「くそッ!! なんだこの魔法!! 抜け出せねぇ!! アイツ!!」


それもそのはずだ。ただの低級冒険者がアレンの魔法を破る事自体あり得ない。アフォーがここに居れば話は別であったが……。

だが、アレンはこの魔法を条件が揃えば解ける様に細工をしていた。それは……


「?何か飛んで……あ、あれは!!」


メイとニーナが、風に乗って飛ばされて来た。そしてそれがレイの目の前へと着地をしたと同時に、レイを捕らえてた魔法が解け、自由になった。

そしてそれを確認した後、二人にすぐさま駆け寄っていく。


「おいっ!! 無事か!!」


「「んんッ……レイ(君)?」」


二人に外傷はなく、ただ気絶していただけ。そんな様子を見たレイは心底安心した様だった。


「良かった……良かった!!」


オークに連れてかれるという意味を理解する者ならば、無事な二人を見て喜ばずにはいられないだろう。こうした中でも、二人が助かりこの場にアレンがいない理由にレイは気が付いていた。


「レイ、私達オーク達に……」


「もしかして、レイ君が助けてくれたの?」


何も知らない二人には連れて行かれたはずの自分達を助けてくれたのは目の前のレイだと思うだろう。


「……」

 


「レイ?」


「違う……お前らを助けたのはガキ──いや、アレンだ」


「え……あの子が?でもどこに?」


助けた後でここを去っていったのだろうか。

何も知らない二人にはそんな疑問が出てくる。だが、それはレイの一言で間違っていたのだと気付いた。


「お前らは、風でここに飛ばされて来たんだ。多分アレンがお前たち二人を風魔法で飛ばして俺の目の前まで届けたんだ」


「それって……まだ森の中に?」


「ああ」


「そうだとしたら助けに行かないと!!」


「ダメだよ! ニーナちゃんもあのオークの数見たでしょ! 私達がまた戻ったら──」


オークに倒され、連れて行かれそうになったばかりの少女にとって、もう一度この森に入ることにトラウマに近いものを抱くのは至極当然だろう。だが、そうやって二人が言い合うのを止めた者が一人いた──


「お前ら……すぐに街にもどるぞ」


何か覚悟を決めたレイだ。


「え……?レイ、あの子は……」


「絶対助ける!! でも、俺たちじゃダメだ……助けを呼ぶんだ!! って話し合ってる場合じゃねぇ!! いくぞ!!」


走るのはおろか、歩くだけでも激痛に襲われるほどの怪我を負っているレイ。だが、それでも全力で走るのをやめない。アレンを──自分達の命を救ってくれた恩人を助けるために……







広いギルドに少女の怒鳴り声が響き渡った。


「ふざけないでくださいっ!!」


「ちょっとシエラ、落ち着いて!」


突然ギルドに現れた三人。そのレイ達に飛びかかろうとするシエラを止めるイリーナ。

だが、彼女は止まらない。


「貴方達がした事がどんな事か分かってるんですか!? オークを刺激して! 今頃オークの大群が街に迫って来ててもおかしくなかったんですよっ!? そして何より……何より許せないのが、アレン君の命を危険に晒している事ですっ!! 私は……私は本当は調査依頼を受ける事でさえ、危険だから反対だったんですっ!! でも闘わないって、アレン君と約束したから許可したのに!! それを貴方達が!!」


「落ち着きなさい!!」


イリーナは三人に殴りかかろうとするシエラを羽交い締めにして止める。


「離して!! イリーナさん!! この人達は分かってないんですっ!! なんでまだ街にオーク達が攻めてこないか!! それはアレン君一人がオークの大群を食い止めている以外にあり得無いじゃないですかっ!! 」


「「え?」」


メイとニーナはシエラが言った事実に気付いていなかった。二人はアレンが、オークの数が多くて帰れなくなってるのでは?と、そんな甘い考えを持っていたのだ。


「アレン君は、すごく優しいんですっ……口は時々悪いかも知れないけど、本当に優しい男の子なんです……」


遂にシエラは泣き崩れた。そしてそれを支えるようにイリーナが嗚咽を込み上げている彼女の背中を摩る。シエラはその状態でさえ言葉を続ける。


「でも……でもアレン君は素直じゃないから……自分に色々言い訳するんです。

貴方達が今生きているのはアレン君が自分を犠牲にして、その場に残ったからですっ! 

そんな優しいアレン君が貴方達なんかの犠牲になるなんて許せないっ!!……絶対にっ!!」


メイとニーナは自身の考えが甘かった事に気付き何も言えなくなっていた。

だがレイは……


「本当にすまなかった!! 謝ったって許されない事も分かってる!! 罰なら後で受ける!! だから今は!! アイツを助けるために協力してくれ!! いや、してくださいッ!!」


悲鳴にも似たその声にその場にいた皆がその声の発生源──床に頭を擦り続ける少年を見る。その姿、その言葉で、シエラは感情を爆発させ怒鳴り続けていた事を酷く後悔した。

取り乱した事で、正常な思考が出来ていなかった自分を呪う。シエラは自分がしていた行為がアレンの為になっていない事に初めて気付いたのだ。そして──


「誰かっ……誰かアレン君を助けてくれる方はいませんかっ!!」


「頼む!! 大体どこら辺にいるかは俺が案内出来る!! お願いだ!! いや、お願いします!! アイツを助けてくださいッ!!」


シエラとレイの助けを呼ぶ声に反応する冒険者は居ない。それもそうだろう、今回のオークの数は異常。きっちり準備をした上で、殲滅依頼が出される予定だったのだ。

だからこそ現在森への侵入は禁止されていた。それを破ったアホ三人に巻き込まれた、可哀想な新人冒険者をいちいち助ける様なお人好しでは冒険者という、命を簡単に落としてしまう職業はやっていけないだろう。


「だ、誰か……!」


シエラの悲痛の叫びは誰にも届かない……そう思われた時の事だった。


「俺が行こう」


その声が聞こえて来たのは上方からだった。

それはギルドの二階、上級冒険者以外立ち入ることが許されない場所だ。そんな選ばれた人間のみがいるギルドの二階から、シエラ達を見下ろす男。その人物はそこから飛び降り、シエラの元へ歩いていく。


「ジェイドさんっ!」


「ジェイドだって?あの『崩剣』のジェイドか! 初めて見たぜ。すげーでかいぞ!!」


「貫禄がすげーよ!!」


「ああ、他の冒険者とは何か違うな!!」


「ってかなんだ!? あの剣!!」


初めに反応したのはシエラだったが、その声をかき消す様に周りの冒険者は異名持ちの冒険者に対して言葉を漏らすのだった。


「おう! シエラちゃん久しぶりだな! 実はさっき依頼から戻ってきてな。そこで仮眠中だったんだが、声が聞こえてきたもんで起きてきた」


「そ、そうなんですか。あっジェイドさんお願いします!! アレン君を助けて下さいっ!!」


シエラにとってジェイドはこの場でアレンを助けることができる唯一の希望だ。そう思うのには理由がある。この男はA級冒険者であり、異名持ち。それに次期S級冒険者と噂される人物で、名はこの国──アースガルド王国に轟くほどだ。この男の特異とするのは、背中に背負った大剣。それも並の大きさではない、ジェイド自身常人より大きいのだが、それと同等の大きさの剣。その大剣を易々と扱い敵を屠る実力者、それが彼への評価だった。


「おう、任せろ!! それと……おいオメェら!! 何腑抜けてんだ!? 後輩が一人で頑張ってんだ!! 俺たち先輩が気張んなくてどうするよ!! そんな腑抜けた奴が冒険者なんかやってんじゃねェ!! 俺たちの街は自分自身で守るってのが冒険者ってもんだろうが!! 仕事の時間だ!! 冒険者なら俺に続け!! いくぞッ!!」


「「「うおおおおおお!!」」」


初めはシエラ達の声を無視していたが、ジェイドの言葉によってその場にいた全ての冒険者達はオーク討伐に乗り出す事にした。


「よしッ坊主。案内しな!! オメェの友達助けに行くぞ!!」


「あ、ありがとう……ございます!!」


ジェイドはそうレイに声をかけ、その場にいた冒険者達を引き連れ、南の森へと急いで向かった。



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