第34話 俺は倒れねぇ


「はあッ!!」


余計な力は加えず剣を振るう。オークの首だけを狙い、確実に絶命をねらう。

地面がオークの死体で埋まれば、その場を離れる為に新しいオークの群れへと飛び込む。


「はぁ……はぁ、はッ!」


 ──既に一体幾つの首を刎ねただろうか……


返り血を拭いながら、視界に映るオークをひたすら切っていく。ここでようやく分かった事がある。それは上位種が一頭ではなかった事だ。群れの奥にいる突出した魔力を持った奴ばかり警戒をしていたが、オークの中には魔法を使うもの、剣を握るもの、弓を引くものなどがいた。事前に調べて来た情報では、オークメイジ、オークナイト、オークアーチャーなどだと推測できる。そして、ソイツらの単体討伐ランクはC級だ。だが、ソイツらを持ってしても、もっとヤバいオークがいる。ソイツとの闘いに備えるため、この間も使用する魔力を最小限に抑えながらオークの首を斬り続けた。




確実に擦り減っていく体力、精神力。しかし、思考は追い詰められるほどに研ぎ澄まされていく。一太刀、また一太刀と効率よく、ただ命を刈り取るように身体を最適化していく。髪からは返り血が滴るが、一つ動き出せばその血は雷速によってその場に取り残される。


「ハハハハッ!!」


闘い初めてから、どのくらいの時間が流れたのか。数時間?数分?はたまた数秒か。

雷霆之鎧ライテイノヨロイ』を発動し続け、超高速戦闘を可能にしている事で、オーク共はたちまち肉塊に変わってしまう。なのでどれくらい経ったかなど知る由もない。







魔物であるオーク達にとって、仲間の死というのはそんなにおかしな事ではなかった。時には仲間内で殺し合う事も敵に殺される事もあったからだ。それが魔物という存在だ。だが、一体幾つの仲間の死体を作り上げればこの小さな人間を殺す事ができるのだろう。そう考えた時、今まで持ち合わせなかった感情が芽生えている事に気付く。それは恐怖。目の前のたった一人の小さな人間を見れば、全身が震え、たちまち身体が動かなくなる。だが、そうなったオークから次々と首が刎ねられていく。それを目の当たりにし、恐怖心に支配されたオークにとって、この場所はすぐに離れなければならない所なのだと本能が叫んで止まない。だが、そんなオーク共の変化を知ってか知らずか……血が滴るも、綺麗な銀髪を揺らし、青と緑の眼を片目ずつ持った小さな子供は獰猛な笑みを浮かべ興奮した状態で言い放つ。


「ハハハハッ!! お前ら一匹たりとも逃さねぇよ!!」


「ブ、ブモオ!!」


恐怖に取り憑かれた一頭のオークはそう叫ぶが、この言葉の意味は同族である他のオークでさえ分からなかった。これは自身を奮い立たせる雄叫びなのか、はたまた命乞いをしているのか。言葉にならない叫びを聞いたオーク達は瞬時に理解した。今この場を支配しているのは、この小さな人間なのだと。

だがこの事実を快く思わない者がいた。








「くッ!! がはッ……!!」


俺はソイツに殴り飛ばされ、大木に身体を叩きつけられる。


 ──くそッ!! いつの間に接近して来やがった……まだオーク共が邪魔でここに来れるわけが……


今まで屠ってきたオーク共とは存在の格が明らかに違う。大きさは他のオークの二倍近くあり、身体に鎧を身につけている。そして手に握られているのは巨大な戦斧。

そのオークが放つ魔力は禍々しく、己こそが頂点捕食者であるという絶対的な自信を持ち、その他を全て見下したような佇まいだ。

実物は見た事が無いので憶測でしかないが、恐らくオークジェネラルという魔物だ。

そして、他の上位種のランクのさらに上である……B級。


ソイツが通ってきた地面は真っ赤な肉道になっていた。他のオーク達を踏み潰してやってきたのだろう。


 ──道理でここに来られた訳だ。恐らく他のオークに俺を殺させようとしたが、とうとう痺れを切らしたってとこだろう。


「キサマカ。オレノ、シモベヲ、コロシマワルノハ」


「は?」


通常、魔物は人語を介さない。しかし例外が存在する。それは高位の魔物だ。だが、ただのオークの上位種が人語を話す事が出来るのだろうか。そんな疑問が浮かんでくるが、今はそんな事を考える余裕などない。


「お前の邪魔がなかったら、もう少し数を減らせたんだけどな……!!」


背後の木を支えに、立ち上がる。先程の一撃は『雷霆之鎧』を貫きダメージを与えてくる程のものだった。咄嗟に纏う魔力を増やしていなければ、身体がバラバラになっていた所だっただろう。無数とも呼べるオークとの戦闘で既に魔力の総量は底をつきかけていた。


「グギャギャギャ!! オモシロイ!! オレハ、マッテイタゾ。オマエヲ」


「ハァ……ハァ」


既にコイツから風魔法で逃げきる様な魔力は残っていない。魔力の消耗が激しい雷魔法なら尚更だ。精々身体を覆って、最低限の動きで魔力枯渇を遅らせるのがやっとだ。今ここで『雷霆之鎧』を解けば確実にられる。


 ──これが、絶体絶命って奴か……


「俺を、待ってた……?」


「ソウダ、オマエノ、ヨウナ、オモチャヲ。

カンタンニ、コワレナイ、オモチャヲナ」


コイツにとって己以外は愉悦を満たす為の存在でしかないとでも思っているのだろう。

平気で仲間のオーク共を踏み殺して来ただけはある。そして、他のオークでは愉悦が満たされないことに不服を感じていたところで、俺が現れた。同族を大量に殺し回り、挙句に自分の一撃を防ぐほどの相手だ。絶好のオモチャだと思うのは自然な反応だ。


「ハハハハッ!! 俺がお前のオモチャ?

調子に乗るなよ畜生がッ……見下してんじゃねぇよ!! ……ぐふッ」


叫んだ勢いで血を口から吹き出した。

先程のダメージが思った以上に大きかったのか、体内の損傷が激しい。口から血を吐き出しながらも、睨みつけ言葉を続ける。


「ハァハァ……俺がお前と遊んでやるんだよ。さぁ、どうした……まだ来ないのか。それとも怖気付いたか?ハハッ」


現在の身体の状況を考えれば、あと一撃でもまともに喰らえば死ぬのは必至だろう。だが、それでも見下すのは許さない。


 ──最強おれの上には誰も立たさねぇ!!


「コロス!! オマエ、コロシテヤル!!」


「「「ブモオオオオ!!」」」


オークジェネラルの言葉で、他のオークも一斉に襲いかかって来た。

オーク共が俺に群がった所をまとめて戦斧で吹き飛ばすつもりなのだろう。


 ──落ち着け……そして判断を急げ。


今の魔力総量や怪我の状況ではこのジェネラルオークと差しで闘う他に勝機はない。これまでに殺して来た、それ以上の数を先に殺さない限り差しで闘う事が叶わないどころか、コイツに殺されるのは時間の問題だろう。

だが、オークジェネラルの攻撃を避けながらも他のオークを一掃出来るだろうか……


 ──やるしかねぇだろ!!


「はあああああああッ!!」












だが、現実はそう甘いはずがなく──


「ハァ……ハァ……くッ」


「グギャギャギャ!! ドウシタ?モウ、シニソウ、ダナ!!」


状況は最悪に近い。都合良くオークの数を減らしながら、オークジェネラルの攻撃を避け切れる筈もなく、ソレを防いた事で剣は折れ、防具は剥がれ落ちた。だんだんと視界も霞み始め、耳鳴りも止まない。


「イセイ、ダケハ、ヨカッタナ。グギャギャギャ!!」


「「「グギャギャギャ!!」」」


なんとか立っているのがやっとで、今すぐにでも倒れてしまいそうだ。そんな姿を嘲笑あざわらうオークジェネラル。恐怖で満たされていたはずの他のオーク共も今では共に嘲笑っている。コイツらは絶望する様を見るのが楽しみで仕方がない様だった。だが、オーク達は一向に諦めない俺の様子を見てだんだんとおかしいと感じ始めた。


「ナゼ、オマエ、タツ?モウ、シヌノ、キマッテ、イル!!」


「ハ……ハハッ俺が……死ぬ?」


「ソウダ。オマエハ、オレニ、コロサレル。

ミセロ!! ブザマナ、スガタヲ!! 

ゼツボウヲ!!」


 ──コイツ、よほど嗜虐趣味なんだな。

だけどな……


「違ぇよ……俺はお前には殺されねぇ。

俺が本当に死ぬ時は……闘いを、生きることを諦めた時だ。だから俺は諦めねぇ、俺は死なねぇ……だから俺は……倒れねぇんだ!!」


そう自分に言い聞かせ、奮い立たせ吠える。

まだだ、まだ俺はやれる!! と。


「おおおおおおーーッ!!」


指先一つ動かすのも億劫に感じるほどの倦怠感、疲労、止まらない出血。それらを全部無視して、俺は叫び続けた。









オークジェネラル達にとって絶好のオモチャだと思っていたモノが、絶望という最高の瞬間を魅せてくれない事が分かり、魔物達は退屈した。そして、既に興味を失ったソレにただ一言呟き、戦斧を振り下ろす。


「ソウカ、シネ」

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