第28話 ジィジ

「ん……ここは」


見慣れた景色……バカ広い庭だ。そしてその景色は今もゆっくりだが動いている。


「おー、起きたかアレン!!」


 俺はまた担がれていた。


「はぁダメだったかー」


おじい様は見たところなんの負傷もしていない。その身体を見れば、あの魔法では効かなかった事が嫌でも分かる。そして、魔法を放った後すぐに俺は気絶したはず。つまり落下し、地面に直撃する前に俺はおじい様に命を助けられているのだ。


 ──これは……完敗だなぁ。


「ガハハハッ!! アレン、なんだあの魔法!! 消すのに一苦労したぞ!!」


──当たり前だ。術者の俺でも止めることが出来ない魔法だぞ。簡単に消されてたまるか……。


まるで何ともない様な、ただの日常が過ぎていっただけと言わんばかりの軽いトーンで話してくるおじい様だが、これがこの人の通常なのだ。苦労したと言ったという事は事実なのだろう。褒められたと思うと少し照れてしまう。


「ワシの拳を3回も耐えたのだ、素晴らしき魔法だな!!」


「へ?」


 ──殴って消したのかよ!! いや、どうやればそうなるんだよ!! え、え?あれ殴って消えるの?


未だに言葉の意味がわからず、頭が混乱しているが、そんな事はこの人には関係がない。

恐らく、俺が少し驚いているぐらいの反応だと思ってるのだろう。


「ガハハハッ!! 驚くのも無理もない、ちとコツが必要なのだ」


 ──コツとかそんな次元じゃねぇーよ!! てかなんだ、コツって! ちょっと知りたいよ!!


「ガハハハッ!! 知りたいか?それはな……ガッ!! っとやってバッ!! そしてドンッ!! だ」


「……」


「ん?分からんかったか?」


「あーなるほどー。やっぱ凄いやーお爺様は!」


 ──これで満足か?


もうどうでも良くなって来た。適当に話を合わせて終わらしたくなるのも無理はないだろう。満足しなければ終わらない人なのだ、おじい様という人間は。


「ガハハハッ!! そうであろう、そうであろう!!」


 ──満足そうで何よりです……。


「ふむ、アレン!! ワシのことはジィジと呼べ! 貴族だからと言ってワシにまで畏まらんで良い」


 俺は今よりもっと小さい頃から母様からそういう事を叩き込まれてきたので、屋敷にいる時は無意識に丁寧な言葉を使うようになっていた。


「分かりまし……分かったよ、ジイジ」


「ガハハハッ!! それで良い!! ほれアレン!! お主も笑え!!」


 ──まったく……髭野郎は嫌な筈なんだけど……この人は嫌いになれそうにないな。


「うん!! ハハハハッ!!」


精一杯に声を張り上げて笑ってみせる。


「そうだ!! ガハハハッ!!」


大声で笑うというのは案外楽しく少しハマってしまった。ジィジが笑う度に、担がれている俺に送られてくる振動が凄まじく、全身が揺れる。それに耳もおかしくなりそうだ。


 ──俺は負けず嫌いなんだ、負けてたまるか!!


「ハハハハッ!!」


こうして屋敷に着くまで、暫く笑い続けた俺たちであった。



屋敷の前に到着した俺たちは、扉を開けて中に入っていく。


「おー! マーガレット!!」


普通の人が普通に話せば十分聞こえるという距離なのだが、ジィジには常識は通用しない様だ。


「貴方の声は響くから大声出さないでといつも言ってるでしょう」


 ──その通りだよ、おばあ様。ずっと耳元で聞いてたせいで、逆に貴女の声が小さく聞こえるぐらいだ。


心の中で愚痴を溢すが、取り敢えず言わなくてはいけない言葉がある。


「ただいま、おばあ様!!」 


元気良く、子供らしく。おばあ様の前ではただの5歳児に戻ってしまう。


「おかえりなさい、アレン。汚れたでしょう?お風呂を用意してもらったから入って来なさい、勿論貴方もね。」


確かに、闘いの後という事で土やら埃などで身体が汚れに汚れている。少し気持ちが悪いと思っていた所なのでその提案は非常に嬉しいものだ。


「はいっ!」


元気良く返事をする。だがそのすぐ後……


「ガハハハッ!! よしっ一緒に入るぞ、アレン!!」


何故か、何故だかジィジと風呂に入るのは憚られる。しかし、今まで出会った話が通じない人達代表みたいな人なのだ。抵抗するだけ無駄なのだろう。


「それじゃあ、いってきます!」


ジィジに肩に担がれたまま、おばあ様に声をかける。


「ええ、いってらっしゃい」


その声を最後にジィジによって浴場へと連れて行かれ、おばあ様の姿は見えなくなった。




今俺たちは浴場に到着して、すっぽんぽんだ。浴場と言えば浴槽はかなり広く、とても豪華だ。そして、視界に嫌でも入ってくるジイジの身体は服を着ていた時と違い、大きさもハッキリ見えている。全てが大きい、そしてゴツゴツ感が半端ない。どんな事をしたらそんな肉体になるのだろうか。まぁ今俺が気になっているのは身体の大きさだけではない。


 ──そう……アソコもだ。


「ん?なんだアレン。ワシのアソコばかり見て」


 ──そ、そんな見てないし!!

俺もそんくらい大きくなれるかなーなんて

一切思ってないし!!


「ガハハハッ!! アレンはちっさいのー」


 ──うるせえ!! アンタがデカすぎんだろ!!


「心配するな。そのうち大きくなる!!」


 ──ほう、遺伝的に問題ないと……


「興奮すればな!!」


 ──ジジイの下ネタなんか聞きたくねーんだよ!!


「ガハハハッ!!」


この人は現在は隠居しているものの、先代当主なのだ。歴とした高位貴族なのだ。


 ──なのに本当に貴族なのかどうか疑わしいのはどうしてなのだろう……


「はぁ……」


今この屋敷に、まともな人は俺以外いないんじゃないだろうか。


 ──うん! 俺だけは常識枠でいよう!!


そんな俺の考えを知る由もないジィジは俺に衝撃の事実を伝えてくる。


「凄い響くぞアレン!! お前もやってみろ!! ガハハハッ!!」


 ──確かにめっちゃ響いてる……。


「ハハハハッ!!」


「そうだアレン!! ガハハハッ!!」


「凄いな、ジイジ!! ハハハハッ!!」


「そうであろう!! ガハハハッ!!」


やはり、笑うというのは素晴らしいものだ。

こうしてバカ二人の笑い声はいつまでもこだまし続けたのだった。

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