遥か
遥か
作者 暁菜
https://kakuyomu.jp/works/16816700426414222565/episodes/16816700426414243383
卒業を迎えた春香は、部活の後輩たちの後押しによってふさぎ込んでいた日々から本来の自分に戻り、未来へ旅立つ物語。
サブタイトルに『アルストロメリア』とある。花言葉は『未来への憧れ』であり、作品の結末を暗示させている。タイトルの『遥か』は、主人公の春香と、読みをそろえているのだろう。
卒業式を題材にした作品の場合、卒業式に触れるものが多く、また最後だからと片思いの相手に告白しようとする作品に偏りがちになる。
だけど本作はそういった中で、視点をずらして書いている。他とは違うという着眼点をもっているのは実にいい。他の人には書けない作品が描けるのは、強みになる。
一人称。「私」をつかいながら多用していない文体。主人公の春香は本文にはなく、他の後輩キャラも名前も人数もない。後輩の名前がでてくるのは「愛香」一度のみ。
冒頭、卒業後の教室の様子を、ありふれた表現でナレーションのように語っている。周囲とは距離をおいてどこか達観しているような雰囲気から、春香という子の性格が垣間見える。
後輩の愛香(だと思う)の「派手なネイルが塗られている白くて細い指」に手を引っ張られて連れて行かれたのは、学年集会が開かれてきた視聴覚室。
そこで主人公を出迎えたのは、後輩たちだ。
「何これ……」
「卒業式っす!」
と、いわれたあと主人公は、「入り口の前で固まっている私の背中を急き立てられ」て「無理やり中に押し込まれる」とある。
なんとなく、もやっとする。
後輩に背後から「卒業式っす!」といわれた声に背中を押されたのだろうか。物理的に背中を押されたのか。「入り口の前で固まっている私を急き立て」としたほうが、わかりやすい。
室内は「カーテンに隙間なく装飾された煌びやかなガーランド。その下には多彩な風船の数々。そして、両手で花束を抱えている後輩らしき人たちが、黒板を隠すように横に並んでいる」光景がひろがっていた。
形容詞が多いと抽象的になる。あえてそうしているのなら、主人公の現状がよく現れている。後輩らしき、というのは、主人公の主観だ。
後輩かもしれないし、ちがうかもしれない。自分とは関わり合いのないひとたちだという認識なのだ。
なぜ主人公は部活の後輩たちに距離をおいているのかふしぎだったが、「私のせいで負けたんです。先輩は何も悪くない」という後輩のセリフから、部として何かしらの大会に出場したが負けてしまい、その結果、主人公は変わってしまったというのが、なんとなくわかる。
このセリフからもわかるように、おそらく負けたのは主人公自身のせいだと恥じてきたため、不甲斐ない先輩である自分は申し訳なくて後輩に見せる顔もない、と今日までおもい続けてきたのだ。
だから、だれとも目を合わせようとしてこなかった。
愛香をはじめとする後輩は、だれもそうは思っていなかったのだろう。
代表で愛香が、「目、見てください」「いいんすか? そのままで」「楽しいですか?」「これ最後にしますね」「目、見てください」と話しかけつづけてようやく、「……やっとこっち見た」「おかえり」主人公を救い出したのだ。
しかも黒板の前に横に並んでいた後輩たちが立ち退くと、『おかえり。そして、いってらっしゃい』と書いてあったのだ。
黒板を隠すように横に並んでいたのはこのためだった。
実に良い演出である。
後輩たちからの花束と手紙と、優しさを受け止めた主人公は、最高の感謝の言葉『ただいま。そして、いってきます』を後輩に贈る。
こうして、高校とつらい過去から卒業した主人公は未来への一歩を踏み出せたのだ。
先輩思いのいい後輩たちである。
情報を最小限にとどめているのがいい。どんな部活で、どんな後輩で、なにがあったのかが明言されていない分、作者の書きたい「過去から卒業して未来へ旅立っていく話」が伝わりやすい。
主人公がふさぎ込んでいる状態なため、達観しながらも描写に力を入れなくてすむ。バランスが良い。
後輩の目を見て、本来の自分に戻ったあと、描写に変化があるともっと良かったかもしれない。
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