終わることのないエピローグ


 少女は死ぬ。


 目の前に、にやにやと笑う白い人間。

 後ろには、赤い服の少女。さらに向こうから、獣のあしおとがする。


 背負っているバックパックにはライフルがある。ホルスターに青い爆弾が入っているのを肌で確認する。


 どうして、こんな事になった。


 少女を連れて街を出たからか?

 獣を殺せる兵器を手に入れてしまったからか?

 バイトで船に乗ったのが悪いのか。

 九州で静かに暮らしていればよかったのか。

 何も知らず。恋人を作って。結婚して。

 そんな事、もう何度繰り返した。誰もが死んでいく。

 死ぬことは、不幸なのか。

 死なないことは、幸せなのか。


 あの大蛇を殺したときに初めて記憶を取り戻したのは確かだ。

 だが。記憶がなくたって、世界への違和感だけはずっとあった。

 皆老いていく。俺だってそうだ。最初の連れ添いの名前が咄嗟とっさに思い出せない。

 彼女が死んだ。幸せそうに死んでいった。

 俺もすぐ後を追うと約束していた。

 初めて生き返ったのは棺桶の中だ。


 一体、スキルってなんだ?

 気合だって? HP? ゲームじゃないか。

 死ぬ度にあの声を聴く。

 生き返って、すぐ死ぬ。


 この世界の人間は気味が悪いくらい良いやつばかりだ。芯核から善良しかない神様が作ったように。

 それでも、棺桶で窒息を繰り返しながら枠を砕き、釘を抜き、土から這い出てきた俺を、受け入れてくれる筈なかった。


 何が悪かったのだろう。


 俺が獣と自爆すると、少女は連れ去られるのだろう。恐らく少女は死ぬ。

 俺が白いやつと自爆すれば、獣は少女に襲いかかる。恐らく少女は死ぬ。


 この、赤い服が似合う少女が死ぬだけだ。

 たった一週間の付き合いだ。

 どうせすぐ老いて死ぬ。

 悲しむエルも、死ぬ。

 俺は何故生きているのだろう。


「お兄様、逃げましょう」


 小さな声が聞こえる。

 そうだ、逃げるのはいい。生き残れる可能性が微かにある。

 だが。


 白い人間はケラケラと笑っている。


 逃がしてくれる筈がない。


 少女は息を整えながら、走る準備をしている。白いやつの横を抜けるつもりだろう。


 聡明な少女だ。気持ちが悪いほど。

 一度言ったことは忘れない。気味が悪い。

 反論はすべて正論だ。腹が立つ。

 言葉を覆さない。我儘なガキだ。

 すぐ謝るのに。謝罪された気にならない。

 嫌いだ。嫌いになれない。


 親の死の真相を知るためについてきたんだったか。可哀想に。


 もうすぐ死ぬ。


 親が死が信じられなくて生き返らそうとしていたのだったか。


 そうだったか?


『可能性に賭けたのです』


 少女は、そう言った。

 祈れば、神が両親を戻してくれる可能性を知ったから、神に祈った。

 神より、獣の光を信じることにしたのか。親が生き返る可能性があると知って。

 だから、ついてこようとしたのか。馬鹿じゃないか。


 冷静に逃げる判断を少女は下している。二人生き残れる可能性があるからだ。


 だが。

 二人生き残れる可能性をもう一つ、

 俺は知っている。


「ジュリー、走るのは得意だよな」


 少女ははっとした顔でこちらを見上げた。


 ライフルを持つ。弾は装填してある。

 跫のする方向に一発撃った。来い。

 レバーを引いて、装填。もう一発。


「あっやる気になったんだね、ナギサ。よかったよ」


 渚。俺の名前だ。今やっと思い出した。

 そして、こいつの名前も俺は知っている。


「……大和ヤマト。思い出した。大和だな」

「うわぁっ! 感激だな、思い出してくれたの! そうだよね忘れるわけないもんねよかったぁ」


 無視して、白い人間の方へ後ずさる。跫は止まらない。撃つ。下がる。撃つ。


「ジュリー、ファイブカウントで走れ。気合だ、気合」


 五。レバーを引きながら、白い手を見る。

 四。撃つ。ライフルはもういい。地面にほうって下がる。

 三。白い手が焦げている。このガス中でアストラルライトの調整が効かなかったのだ。アルクにはやはり引火性がある。

 二。少女の正面にバックパックを蹴り飛ばした。少女はそれを自分の正面に支えて構えた。良い子だ。

 一。何かわめいているやつに、背中をぶつける。躰をひねり。起爆。




 何も、聞こえない。

 何も、感じない。

 光が、見える。片目だけ残ったか。


 赤い服の少女が駆けている。


 跫ももう、聞こえなかった。


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