第6話(2/2)


「なんだよ、ボクはせっかく見学に来たのに。かっこいいとこ見たかったなぁ」

 ナギサは白い祠に座り、両足を振りながら言う。


「何をしに来た!」

「見学って言ったばかりじゃないか、見学。暇なんだよ、ボク。この辺り霊場だからアストラル密度が濃くて消費も小さいしさ。どうやって獣を倒すのかって見にきたの」

 ナギサは楽しそうに言う。


「私たちは今日はもう街に戻ります、獣を殺すのは明日だわ」

「いや、ジュリー、ちょっと待て。こいつには聞きたいことがある」

 ヤマトは私の前に出た。


「お前は、俺の知り合いなのか?」

「知り合い? 知り合いなわけないじゃん、もっともっと親しい関係だよ。家族だよ、家族」


「俺には、両親と弟しかいなかった。そしてお前はその誰でもない……はずだ。お前は、そしてこの世界はなんだ。誰がこの世界を作った」

「……言えない、口止めされてるからね」

 ナギサはヤマトの質問に素直に答えている、そう見える。


「誰に口止めされている」

「それも言えない」


「ジュリーをさらおうとするのは何のためだ」

「ジュリー? 誰だっけ」


 ヤマトは、ナギサから目を逸らさずあごで私を指し示す。

「ああ、その子。言わなかったっけ、イレギュラーなんだって。その子フィールドに入っちゃったし、トーテム壊してあの光にかったろ? そういう子は精査するって決まってるの」


「フィールドは結界で、トーテムは獣だな?」

「そうだよ。ああぁ、もう良くない? ボクも暗くなる前に帰りたいなぁ。すぐ獣倒そうよ。もうあと三体なんだしさぁ」


 ナギサは祠からふわりと跳び下りた。着地の音もしない。


「オホーツク海にいると言ったな」

「えっ。ああ、言ったかな。ほんとにそれボク? ……ごめん、言ってないことにしてほしいな、まずったな」


「……オホーツク海は、北海道とロシアに挟まれた海だったはずだ。北海道はどこに行った」

「そりゃあ北海道は。ああ、ボクこういうのダメなんだよな。キミの訊くことなんでも答えちゃう。それはまだダメ。言えないよ」


 まだ?


 ヤマトは何かを考えている。情報をできる限り引き出そうとしているのだろう。ナギサは、ヤマトとは敵対するつもりは少なくともないようだ。


「俺が、お前を殺したらどうなる」

「死なないよ」

 ナギサは平然と応える。


「死なない死なない。キミも死なないだろ。いっしょだよ。同じ同じ」


「……わかった。だが、今日は獣は殺さない。ここの獣を殺すのは、明日だ」

「ええぇ。そんなぁ、やだよ、ここで朝まで待つのなんて。真っ暗だよ絶対。ボク忙しいしさ。あとキミそう言っておいて別の獣のところに先に行ったりしそうだし。すぐだよすぐ。すぐ終わるって」


「俺が獣を殺しているあいだに、お前はジュリーを攫うつもりだな」


 その言葉に、ナギサは息を止めた。そして言った。

「その手があったか……いや、しない。しないって。それは今度にするからさ」


「信用できない。そこを退け」

「あぁそうだ、いいことを思いついた。天才なんだよな、ボク」


 ナギサは振り返って、白い祠に、自分の白い手を当てる。

 白い躰がわずかに発光する。着ている服が光っているのだろうか。白く、ぼんやりとした光に、青い光が集まっていくように見えた。

 青い光は祠にかざされた白い手を青く染め上げる。

 

 閃光。

 破裂音。

 くらんだ視界の端に見える、無数の白い破片。


 ナギサは白い祠を破壊したのだ。結界も、壊れたのか。


 風が吹いた。

 結界のあった方向に向かって風が吹いている。そこにあったものを埋め合わせるように。


 そして。


 あしおとがした。


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