第6話(1/2)


 霊峰、恐山。霊の意味をヤマトに聞くと、魂とか神とかそういうものだと教えてくれた。神様はいない。魂は、あるのだろうか。魂があるのなら……。

 恐山に続く道はやはり寂れていた。辺りに街はない。きっと昔は近くに人が住んでいて、ツクバの山のように毎年お祭りが行われていたのだろう。

 まだ日が落ちるにはかなり時間がある。


 大間を出て、道を引き返した。夕方にはハチノヘの街に戻れるだろう、と見通して、恐山の下見をすることにしたのだ。

 運良く、これを僥倖というのだろうか。道中にあったくたびれた建物が、天然の温泉だったのだ。神様はいるのかもしれない。

 汗を流してから恐山に登ることが出来た。


 赤い橋があった。

 ヤマトはバイクを停め、荷物を取り出した。赤い橋はかなり傾斜していてる。バイクではとても渡れないだろう。


「この橋を渡ったら、恐山だ」


 恐山とは山の名前ではなかったか。山を登り始めたところから恐山なのだと思っていた。


「ここは、俺の知ってる日本と同じだな。この川、三途の川を渡ったら、あの世なんだ」

「あの世、ですか」


 彼は機嫌が良さそうに見える、

「そう、あの世、天国とか、地獄のことだな。この橋を渡って死後の世界に入れる。戻るときは、この橋を渡って戻らなきゃならない。そうしないと魂だけになるんだ」

 気をつけなければ。


「それでは、あの、地獄の鬼とかがいたり……死んだ人に会えたり、するのでしょうか」

「俺の世界では、死んだ人間を自分の躰に顕現けんげんさせる神様の遣いみたいな職業があった。と言っても実際はただのパフォーマンス、ショーだ。この場所があまりに怪しかったもんだから宗教の本拠地に仕立てあげられ、政治的利用をされていただけだ。本当にあの世に繋がっているわけじゃない。まあ、これもアトラクションかな」


「詳しいのですね、お兄様」

「旅行で来たことがあるんだよ。うろ覚えだ。歴史の授業なんてろくに聞いていなかったから、どうせ色々間違ってる」


 間違っているという割にはよくしゃべる。自分からこんなにしゃべる彼は珍しいので、少し面白い。


「この湖から硫黄の匂いがするだろう。活火山なんだ。湖から硫黄が湧き出ている。この湖には生き物も住めない」

 見てみると、確かにそこらからぽこぽこと小さい泡が浮かんで来ている。

 そういえば、この湖の周辺には植物がない。硫黄が植物にとって有毒なのだろう。色も湖にしては黄色がかっていて、不思議な感じがする。


「あっ、お兄様、魚がいるわ」

「えっ」

 小さい魚が泳いでいるのが見えた。


「山門はあっちだ。急ごうジュリー、時間がない」

「あそこ、白いお魚です。あれっ、お兄様。見えないですか? 湖が濁っていて、見えづらいけれど」

 ヤマトは早歩きになって、先に進みはじめた。




 古びた建築、山門をくぐると、別世界だった。

 整地されているわけでもなさそうなのに、植物はまばらにしか生えていない。地面はほとんどが砂利。岩場というには大きい岩もなく、砂浜にしては黒過ぎる。ところどころに、誰が置いたのだろう、色とりどりの風車がからからと回っている。それと同じくらいの数のからすが石の上に群れている。確かに現世のものとは思えない光景だった。


 この世界のどこかに、獣の祠があるのか。


 不自然に石が積んであったり、起伏もあるこの地獄は、遠くがまったく見通せない。とにかくヤマトについていくことにする。

 積みあげられた石と石のあいだを通ると視界が開けた。湖だ。

 湖に沿って歩き、森に当たったので、今度は森に沿って歩く。池があり、池には無数の風車。そして、石塔が見えた。

 ヤマトは石塔の周囲を調べるが、何も見当たらないようだった。引き返して、今度は山門のほうへ向かう。その途中だった。


「あった。ここだ」

 石場を南からぐるりと回って最後、北東の森に、道が拓けている。石場から獣道がくだって延びている。不自然だ。

 枝を払いながら進むと、白い空間、その中心に、祠があった。


 これも、現世のものとは思えない。


「まずいかもな、ガスが多い……俺たちはここまで道を降りてきた。ガスが溜まっていたら、銃もアルクも暴発の危険性がある」

「お兄様、結界の中はどうでしょう、ガスは入ってくるのかしら」


 ヤマトはこちらを一瞥すると、結界の中に上半身を突っ込み、すぐ戻ってきた。


「臭いはしなかった。鼻がバカになってなければだが……ジュリー、気分は悪くないか?」

「気分、ですか? あ、大丈夫そうです。お兄様を待っているあいだは木に登るとか、高いところにいるようにします」


 ガスを吸いすぎると中毒症状がある。それの話をしているのだと気づいた。ガスは足元に溜まるのだ。背が低い私は、ヤマトより多くガスを吸うことになる。


「ああ、そうした方が良さそうだ。銃は使うなよ」

「わかりました、お兄様。そうしたらもう街に向かったほうがよさそう」

 もう、夕暮れが近い。


「そうだな、帰ろう」


「ええ……帰っちゃうのかい?」


 声が。誰の声だ。


 振り返るといつのまにか、ナギサが立っていた。


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