第5話(2/3)


「これ、どのような仕組みで弾が飛び出ているのでしょうか」

「銃口はのぞくなよ。確かにお前は、実践より理論からのタイプかもな」


 ヤマトは水筒を座っていた岩に置き、土の地面に飛び降りた。枝を拾って地面を削り始める。銃の絵だ。


「構造の説明は簡単だ。初めにスライドを引くとチャンバーに弾が装填され、トリガーを引くと撃鉄が、チャンバーに収納されているアルクを叩く。アルクが瞬間的に発生させたエネルギーが銃口から弾を押し出すんだ」

「アルク結晶……ですか」


「火薬みたいなものだな。いや、電池、バッテリー、なんて言えばいいんだあれ」


 アルク結晶。特定の刺激を与えると、様々な形でエネルギーを放出する石だ。アストラル・ライト・クリスタル、というものの略称らしいが、頭文字と取ったらアラクになるのに、アルクと呼ばれている。おかしな名前なので印象に残っていた。

 多くの家電、建築、乗り物にこのアルク結晶が使われている。


「電気がないよな……まぁ関係ないか」

「デンキ、ですか。お兄様の昔の世界にあったものでしょうか」


「忘れていい。永久資源のアルクは高級品だ。銃に入ってるくらいのは小さい欠片だが、失くすなよ」

「そのバイクにも入っているのですよね」


 家が一軒建つくらいのな、と彼は応えた。

 アルク結晶は朽ちることがない。だけど、増えない。だから高級品なのだ。拳大の大きさの結晶がおおよその街に一つは設置されていて、それが公共の設備のエネルギー源となっている。


「お兄様はお金持ちだったのでしょうか」

「知ってるだろ、金なんか、獣といっしょに全部吹っ飛んだろ」


「でもお兄様、すごい大きさのアルク結晶をお持ちでした」

「ああ、いや、ああ、ううん。説明しないといけないか」


 彼は上着に手を入れると、青い玉を取り出した。

「綺麗……」


 直径十五cmほどもある。ラピスラズリに似た宝石。しかし色こそ似ているが、サファイアのように透明で、内部にはダイヤモンドの輝き。翠水晶がところどころに浮かんでいるのも見える。反射の関係か、玉の周囲に白く霞が掛かっているようにも見える。 見惚れていると、彼はすぐに上着にそれを戻した。


「特定の刺激を与えると爆発する。獣を殺すのに使ったのがこれだ」

 あのとき。黒い獣が炸裂したとき。ヤマトからあふれた光の正体が、これか。


「お兄様は、それをどこで?」

 ヤマトはまた岩に登って、私の隣に腰掛けた。煙草を取り出し火を点ける。


大蛇ヨルムンガルドを見学しに行った研究団のうち、その一人がこれを持っていた。相当に金の掛かったプロジェクトだったようだ。大蛇は……あれは蛇じゃないな。何せ頭が女だった」


 彼は伏し目がちに紫煙をくゆらす。黙って聞くことにする。


「本当にクレイジーな奴らだった。航行中に島ほどの岩場があり、そこに結界の祠があったんだ。結界は獣がいる場所の周囲全体に張り巡らされている。奴らはその祠をどんな手段でも開けられないことを知ると、ついに祠ごと結界をこいつで破壊した」


 あの白い祠が結界を作っていたのか。


「それから現れたのは蛇のような胴体だ。研究団の奴らは子どもみたいに喜んでいたよ、大蛇をついに見つけたと。だが、それも奴の顔を見るまでだった。海から、能面のような巨大な女の顔が浮かび上がってきて、俺たちを睨みつけた」


 彼は話を続ける。

「そこからは最悪だった。その獣は細くて長い舌で、そうだな……あの舌は蛇だったか。それで、乗組員を巻取り飲み込みはじめたんだ」


 想像しただけで最悪の光景だ、と思う。

「誰もなにも出来ない。俺は携帯していた銃でそいつを撃ったが、冷静じゃなかった。当たらなかった。そのうち、奴は一番頭の良かった研究員を口に入れた。そいつがこの玉を持っていた。そして……自爆したんだ」


 ヤマトは思い出したかのように、指に挟んでいた煙草を口元に運ぶ。深呼吸をするように、ゆっくりと煙を吸う。

「それで大蛇は死んだが、蛇の胴体が暴れに暴れて海は大荒れ。全滅だった。俺も死んだよ、死ななかったけどな。死ぬ前に、どうにか岩場に流れついているこいつを回収したんだ」


「えっと、獣の最期の光、は?」

「船が沈んでるんだぜ、怪我とかいう問題じゃない。俺は死にながら遠洋を漂っていて、流れ着いた場所で数年掛けて躰が治るのを待っていた、最悪だ。最悪だったが、この玉が失くならずに済んだのだけは、最悪じゃなかったかな」


 バイクは失くなったけど、と彼は付け足す。

 聞くだに恐ろしい話だ。そんな化け物のような獣が存在するのか。もし誰かが好奇心で、ツクバの山の祠を破壊していたら、あの黒い獣が街にやってくることもあったかもしれない。そうだ、まさか。


「私のパパとママを襲った獣は、誰かが壊した結界から出てきたのでしょうか」

「わからない、わからないことだらけだ」


「そう、わからないことがあります。ナギサ様が仰ったことです。そういえば、お兄様も以前似たようなことを言われたかと思います。お兄様もナギサ様も、私個人を指して、君たち、と呼びました。あれはどのような意味があったのでしょうか」

「……わからない、ぐちゃぐちゃだ」


「ぐちゃぐちゃ?」

「この世界は、ぐちゃぐちゃなんだ」


 彼は岩に煙草を押し付けた。


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