第4話(3/3)


 テーブルが揺れた。このテーブルはかなり大きくて重いから、相当強い力で叩いたのだろう。コーヒーがこぼれずに済んでよかった。


「何を言ってるの、ジュリー! ……ヤマト?」

「え、いや、俺のせいじゃないよ、絶対」

 ヤマトはまだ火を点けてない二本目の煙草をぷらぷらとさせている。


「あの白い人、ナギサ様は私を連れにきたのです。方法は分かりません。でもきっとかなり遠いところから来たのです、そうですよね、お兄様」

「分からん、だがあの直後、周囲には見当たらなかった」


「近くにいらっしゃるのならすぐにでもまた来るわ。でもあのかたは、今回はいいと、お兄様に、忘れないでね、と言いました。明日明後日会えるならそんなことは言いませんよね。だから、すぐには来れないのです。この近くにはいません」


「それで?」

 先生はまだテーブルに手をついている。


「ですが、また来るのです。今度は私は連れて行かれるでしょう。だけれどあのかたはパパとママのことを知っているようでした。私がこの街にいることも当然ご存知です、つまり、私がこの街にいなかったら連れて行かれないかもしれません」


「どこにいたって同じかもしれないじゃない、そう、それなら私の家に来なさい」

「そう、どこにいたって同じかもしれません。でもお兄様についていくなら違います、お兄様がいるのですから」

 げえ、とヤマトは声にならないような声で息を吐いた。


「理由はわかりませんが、ナギサ様はお兄様を対等の存在ととらえているようでした。そして、私のことをお兄様の所有物として見ていました。でしたらお兄様といる限り無理やり連れて行かれることはなくなるのです」


 ヤマトは煙草をくるくると回している。そして、

「やっぱりジュリー、お前変わってるよ」

 と言った。




 それから三時間に及ぶ私の説得により、先生もついに折れてくれたようだ。ヤマトには途中朝ごはんを買いに行ってもらった。

 相談した結果、出立は三日後の朝ということになった。旅の準備というのは思ったより時間のかかるものらしい。


「エル、お前まだ射撃やってる?」

「やってないけど、何? あなた小さくなっても偉そうね」


「この街で銃売ってる場所あるか?」

「銃? ないわよ、小さい町だもの。あ、けどライフルとピストルなら一丁ずつ持ってるわよ」


「いいね、貸してくれ」

「ちゃんと返してくれるならね」


 先生は一度家に帰ってから学校に行くらしい。私も後で休学の書類を出しに行かなければ。ヤマトもいくつかの店の場所を訊いた後どこかに出かけていった。

 静かだ。

 昨日あったことが嘘のような、爽やかな午後の陽気。これからすることはたくさんある。お墓の掃除と、ご近所へのあいさつと、一応、神様へご報告と。ドアの修理は間に合わないだろう。二日分の食材を買い足して全部片付けられるようにしないといけないのもある。

 普段から綺麗にしておいているつもりだから、掃除しないといけないところはそれほどない。それでも、綺麗にしておきたい。私が帰ってこれなくて、私のあとにこの家を使う人がいたら、綺麗な気持ちで使ってほしいから。


 平日のお昼過ぎは、とても静かだ。


 玄関がノックされる。

 がちゃりとノブが回され、年代物の木製のドアが乾いた音を立てて開いた。

 爽やかな顔で渋い表情をした、爽やかな長さの髪型をぼさぼさにしている男が入ってくる。


「おかえりなさい、お兄様」

 おう、と彼は小さく返事をする。そのまま、寝てくる、と言い残して寝室に向かった。

 音を立てないように寝室のドアを開けて部屋を覗くと、やはりヤマトはソファに横になっていた。きっと昨夜はろくに寝なかったのだろう。少し眺めていると彼はまぶたを開いた。


「……どうした?」

「いいえ、なんでもありません、お兄様」


 静かなリビングに戻って片付けを続ける。やがて、少し開けておいた寝室から寝息が聞こえてきて、それだけで微笑ましくなってしまうのだった。


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