第4話(2/3)


「ジュリー、ヤマト! ……無事、なの」

 エリー先生だ。


「先生、私も……お兄様も無事です。そう、ドアが壊れたくらいだわ」


 先生は私の前で大きく息を吐く。

 外を見ていたヤマトが窓を閉めて戻ってきて、私と先生の視線に気がついたようだ。


「聞くなよ、今度こそ本当に何もわからない。とにかく今日はもう疲れたよ、休ませてくれ」

「危険はないのね?」


 それには、誰も答えることができなかった。


 寝室で三人で寝ることになった。ヤマトは黙って大きい棚で窓を塞ぎ、リビングからソファを引きずってきた。

 さっきの白い人はなんだったのだろう。窓に近い母のベッドは先生が使うことになったので、私は父のベッドに入った。

 きちんと洗濯した布団からは、少し父の匂いがして安心した。




 昨日と連続している朝。時間が吹き飛んだような覚醒。

 夢を見ることもなかった。


 隣のベッドを見ると先生はまだ寝ている。ソファには、ヤマトはいない。窓は開いていて、シルクのカーテンが健康的な風に揺れている。

 時計を見ると普段の半分の時間も寝ていなかったようだ。その割に頭は随分冴えていた。


 先生を起こさないようにそっと部屋を出てリビングを覗くと、ヤマトがひとりでテーブルについている。よかった、街を出てしまったのかと思っていたのだ。


「おはようございます、お兄様」


 ああ、と気の抜けた返事が聴こえた。階段を登り自分の部屋に入る。

 枠にまらなくなったドアを出来るだけ締め、私は朝の支度を始めた。




「おはようございます、エリー先生」

「おはよう、ジュリー」

 先生が起きてきた。寝間着を着替えていて、昨日と同じ服なのに、それを感じさせないくらい足先から頭頂までがぴしっとしている。


「ちょうど今コーヒーがはいります」

 頂くわ、と言い先生はヤマトのテーブルの向かいに座った。


 コーヒーは苦手だ。だって苦い。でも、朝はなぜだかコーヒーが似合っている、と思う。

 今日淹れるコーヒーはアラビカ種、クジュウだ。苦味が少なく爽やかな風味が特徴で、アイスコーヒーに相性がいい。砂糖やミルクともよく合うし、だからコーヒーゼリーにしてもとても美味しい品種だ。

 お湯を注いでいるこの瞬間、膨れた豆から弾けるように立つ甘い香りを私はたまらなく気に入っている。


「そう、ジュリー……お祈りの時間ね」

「ええ、でもいいんです」


「そうね、大変なことばかりでしたものね」

 勘違いをする先生の前にコーヒーを置く。ヤマトにも。


「そういえばお兄様、パパのお煙草がもしかして机に残っているかも」

 ヤマトは目だけこちらを向け、指を二本立てて揺らした。どうやら、持ってこい、の合図らしい。




「さて、そろそろ訊いてもいいかしら」

 先生が昨日と同じような台詞を言った。思わず笑いそうになったが失礼だろうと抑える。


「昨夜、獣の最期のような、けれど白い光が私の部屋に溢れ、ナギサと名乗る白い服装の人物が私の部屋に現れました。そのかたはお兄様のお知り合いを名乗っていましたが、私を目的としていたようでした。たぶん、私の躰を研究したい、というようなことを仰っていたと思います」

「貴女を研究、ですって?」


「確かに俺を知っているようだった。だが俺の記憶にはない。どうやらジュリーが獣の黒い光を浴びたせいで、何か奴のお気に召すようなことになったようだ」

 ヤマトが補足する。


「先生、私の毎朝のお祈りは何のためかご存知でしょうか」

 エリー先生は首を振る。


「ビビが勧めたのでしたね、彼女は少し感情的に過ぎるところがあるから何と言って勧めたかは分かりませんが、貴女がお祈りで元気を取り戻したようで私はほっとしていたわ」


「私はパパとママが戻ってきますように、とお祈りしていたのです」


 私は意識して微笑んで言う。先生は目を見開いてこちらを見た。

「ビビが、お祈りをすればご父母が戻ってくると、そう言ったの?」


「違います、先生。私は、ただ可能性に賭けたのです」

 私は続ける。


「死んでしまった人は帰りません。でも私は、パパとママが死んだそのときを見ていませんでした。遺体も見ていません。死んでしまったと思い込み、お葬式でも茫然自失し、お墓でビビ先生に声を掛けて頂いて、ようやく自分を取り戻したような気がします。神様が私の祈りを聞き届けてくださって、どこかに消えたパパとママを呼び戻してくれるという可能性を信じて、祈っていたのです。先生、今まで聞けませんでした……私の両親は、あのお墓に入っているのですか?」


 先生は頷く。

「ご両親の遺骨を納めたのは私よ」


「ありがとう……先生。では、私はお兄様についていくことにします」


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