第2話
「ねーえー、勉強ばっかりしてないで遊ぼうよー」
「中間試験ダメダメだったから今回は点取らないとまずいんだよ」
「私と勉強どっちが大切なのさー」
「どっちもだよ、どっちも」
由衣の幽霊が現れてから一ヶ月が経とうとしている。由衣はまだ死んでいないから、幽霊とは少し違うのかもしれないが同じようなものだろう。
あの日から由衣は俺の部屋に入り浸っている。地縛霊のように病室から離れることができないとかそういうことはなく、普通に外に出られるらしい。なぜ幽霊になったのか。なぜ俺にしか見えないのか。それは由衣にもわからないという。
『きっと、昂輝に会いたいっていう私の想いの強さが成した奇跡だよ!』由衣は言っていた。
幽霊だから睡眠も食事も必要ない。俺以外には見えないし、物に触れることもできない。俺のベッドの上でゴロゴロしているように見えても、そう見える位置に浮いているだけらしい。
あまりにも暇すぎるのか、由衣はとにかく俺で遊ぶ。俺以外の人から見えないのをいいことに授業中変顔で笑わせてくるし、俺が風呂に入る時に一緒に入ってくる。しかもご丁寧にバスタオル一枚で。どういう仕組みなのかはこれまた不明だが、実際に由衣の持っている服などであれば自由に着替えることができるらしい。
幽霊とはいえ、こうして由衣と過ごせるのはうれしいのだが、少し疲れてきた。特に、風呂に入ってくるのだけはやめてほしい。由衣は意識していなくてもこっちはバリバリ反応しちゃってるから。そんなこと言っても聞いてなどくれないのだけれど。
「テストが終わったら映画とか借りて一緒に見よう。今はテスト勉強に集中したいから邪魔しないでくれ」
「わかったー。じゃあテスト終わるまでは静かにしておいてあげる」
◇
テスト勉強の気分転換がてらにコンビニに飲み物と軽いお菓子を買いに行く。家を出る前に見た由衣はだらしない顔をして眠っていた。
コンビニからの帰り道、見知った人が前を歩いていた。その足取りはおぼつかなくて、見ていて不安になってしまう。
「こんばんは。早紀さん」
「あら、昂輝君じゃない。こんばんは」
早紀さんの目の下は全然眠れていないのか真っ黒で、化粧も全くしていない。由衣が事故に遭ってからずっとこの調子だ。自分の娘が突然植物状態になったのだ。こうなってしまうのも無理はないのかもしれない。一月前までの俺も傍から見ればこんな様子だったはずだ。
由衣の幽霊が見えるようになったとき、そのことを真っ先に早紀さんに伝えた。しかし、由衣のことがショックで頭がおかしくなったと思われて信じてもらえなかった。当たり前だ。なんせ、俺にしか見えないのだから。
世間話をしながら家に帰る。早紀さんは明るく振る舞っているけれど、時折見せる表情は俺の心を締め付けてきた。
由衣は俺にしか見えない。その理由は、わからない。
◇
今日無事にテストが終わった。学校からの帰り道、俺の隣には由衣がいる。
「テスト終わったし、今からどこか行くか?」
「うーん、今日はちょっと眠いし昂輝の部屋で遊ぼうよ」
「ん、わかった」
映画を何作か借りて帰った。由衣は俺の部屋に入るやいなやベッドにダイブしてうとうとする。
「映画、見ないのか?」
「今日はいいかなー。また今度にしよ」
「そうするか」俺は言ってテストの自己採点をするために机に向かう。すぐに後ろからかわいらしい寝息が聞こえてきた。
◇
翌日、目覚まし時計の音で目を覚ました俺の視界いっぱいに由衣の顔が広がっていた。
「おぉうわっ」
驚きのあまりベッドから転げ落ちそうになる。
「由衣、脅かすなよ」
「昂輝、今日外行こうよ」
「え? いいけど……どうした?」
「じゃあ早く準備して」
由衣に急かされて準備を始める。今日の由衣の様子はどこかおかしい。全然笑わないし、いつもの間延びした声も聞かせてくれない。
軽く髪をセットして外に出る。時刻はすでに9時過ぎ。土曜日のこの時間に外出するのなんて、由衣が事故に遭ってからは初めてだった。
「どこに行くんだ?」
「どこ行こうか」
「決めてないのかよ」
「うん。ちょっと言わないといけないことがあるだけだから」
「部屋じゃダメだったのか?」
「ダメ、かな」
「なんで」
「なんとなく」
釈然としないまま歩き出す。由衣は珍しくワンピースを着ていた。
「近くの公園とかでもいいのか?」
「うん」
子供のころによく一緒に遊んだ公園に行く。最近はボール遊び禁止に加えて遊具がどんどん撤去され、公園を利用する子供は数年前と比べて随分と減ってしまった。いったい誰のための公園なのか。
唯一残っているブランコに腰かけ、由衣が話し始めるのを待つ。
「私さ、やり残したことがあるの」
「やり残した、こと?」
「うん」
由衣はスゥーっと息を吸って吐き出した。
「一つ目。友達とカラオケに行って、思いっきり歌うこと」
「友達とカラオケに行ったことならあるだろ?」
俺の言葉に由衣は遠い目をした。
「私さ、昂輝が病室で話してたこと、ちゃんと聞こえてたって言ったよね?」
由衣は俺が病室で話していたことをすべて覚えていた。それは由衣が幽霊となって俺の前に現れたときに聞いた。
「お母さんと、お父さん。昂輝のご両親もたまに来てくれてたの」
――でもね――
「学校の人は一人も来てくれなかった」
ああ。そういうことか。
「私、友達だと思ってた」
由衣とよく一緒にいた女子たち。
「友達だと思ってたのは私だけだった。考えてみればおかしかったんだよね。みんなが歌ってるときは手拍子したり一緒に歌ったりしてるのに、私が歌ってるときはみんなスマホいじってるの。待ち合わせの時は私だけ現地集合。帰るときも私だけ一人で帰ってた」
俺は何も言えなかった。由衣は明るくてかわいいから、上手くやれていると思っていた。
「二つ目。海に行くこと」
「三つ目。駅前にできたカフェに行くこと」
「最後。最期はね。お母さんと、お父さんに、さよならって言うこと」
「由衣、お前……」
「変だと思わない? 私はさ、幽霊だからごはんなんていらないし、寝なくたっていいんだよ? なのに、最近は眠いの。日に日に眠い時間が長くなってるの」
「こうしていられる時間は、もう長くないんだって、気づいちゃった」
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