第3話 エア・スクロール・フィンガー

 アリスは、空中に浮かぶ画面を右手の人差し指で下にスクロールしていく。彼女もまた、ホモ・テクスの1人であった。取り入れたテクノロジーは、エア・スクロール・フィンガー。いわば、普段、パソコンとマウス、あるいは、スマホで行っていることを、それらの道具なしに1本の指だけで行っているのである。そして、彼女の指には、それを実現させるようなマイクロチップと呼ばれる小さな集積回路が埋め込まれていた。


 アリスは、自分の部屋の壁を見つめた後、右手の人差し指で、空中に次々と複数のウェブサイトを表示させていく。評判のいいレストランの口コミ、自宅からそのレストランまでのルート、レストラン公式ホームページ……。彼女は、それらの情報を素早く頭に入れると、すべてのウェブサイトを閉じて家を出た。


 歩く人々を横目で見ながら、目的地のレストランまで歩いていく。先ほど家で見たデジタルマップによれば、分速80mの速さで移動すれば約60分で到着らしい。ということはあと5分といったところだろうか。


 レストランが見えてきた。レストランの中へと通じる扉の前に着くまでに、まだ少しだけ時間はある。それまでに注文するメニューを決めよう。そう思ったアリスは歩きながら、再びエア・スクロール・フィンガーによって、空中にウェブサイトを開こうとする。しかし、彼女は前方ばかり見ていて、足元に意識が及んでいなかった。彼女は2段しかない階段を踏み外していたのだ。だが、気づいた時には遅かった。


 右手の人差し指を前に向けたまま、転んで前に倒れていく。人差し指の中に埋め込まれているマイクロチップが破損した音と、人差し指の骨が折れる衝撃。そして、自身の体重によって、人差し指が潰れる不快な音が、ほとんど同時に彼女に伝わった。途切れることなく続く何重もの痛みにアリスは思わず、顔を歪めた。

 

 アリスは後悔していた。それは、レストランで食事ができなくなったことでもなく、エア・スクロール・フィンガーが使えなくなったことでもない。自身のよそ見のせいで、右手の人差し指が永久に機能しなくなったことに。


 

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