第245話 肉の日
『毎月29日は、古谷企画の肉の日ですよぉーーー!』
俺は案件は受けないが、自分の事業の宣伝はする。
今日は、毎月恒例の肉の日……恒例とは言うけど、初めてやるんだけど。
古谷企画と肉になんの関係があるかって?
冒険者といえばモンスターを狩る仕事だから、肉を手に入れやすい。
その中でも俺は、多種多様なモンスターを効率よく、しかも大量に狩っている男だ。
「つまり、肉の在庫過多なのだ」
「プロト2、それを言ってはおしまいじゃないか」
それでも、日本も含めた世界ではモンスター肉の需要が増え続けているから、以前ほど在庫過多ではないけど。
少し前、販路が弱かった頃にドラゴンを倒すと、取れる肉が多いから売り捌くのが大変だったんだ。
最初はあまりに高額すぎて富裕層の中の富裕層しか買わなかったから、供給量が少ないのになかなか売り捌けない感があった。
『アイテムボックス』に入れておけば悪くならないから、腐ったので捨てるってことはなかったから廃棄率はゼロだったんだけど。
逆にいうと、そのせいで在庫過多になったとも言えるのか。
それなら、アナザーテラで育てている家畜の肉を売った方が儲かるのでは?
そんな意見も出るなか、事態が大きく変わった。
俺たちによるレベリングや、独自にレベルを上げて台頭してきた冒険者たちにより、市場に流通するモンスターの肉が増えて値下がりしたのだ。
モンスター肉の情報が世界中に拡散し、高レベル冒険者が少ない国の富裕層が、ドラコンや希少なモンスターの肉を欲するようになったというのもある。
日本に観光に来た時に食べてその美味しさに感動し、自国でも食べたいとなるケースも増えた。
狩れる冒険者が増えて価格が下がった結果、販売量も増え、ドラゴンを含むモンスターの肉は大量に輸出されるようになった。
そのおかげで在庫は適正値に戻りつつあるが、もう少し在庫を調整したいのと、それなら宣伝を兼ねて肉のセールをやろうと思ったのだ。
日本では、毎月29日に『肉の日』と称して肉や肉料理のセールが行うお店が多い。
俺も普通の動画配信者と同じように、古谷企画が作ったセール品の宣伝をしているわけだ。
『肉の福袋をやります! 低階層のポイズンボアから、中階層のマツザカ、コカトリス、極楽鳥、クレイジーホース。そして今回は、ベビードラゴンの柔らかいヒレ肉200グラムと、希少なホワイトドラゴンのロース肉300グラム。そして、ブラックドラゴンのサーロイン肉250グラムもついてくる!』
「「「「「「「「「「おおっーーー!」」」」」」」」」」
俺の動画を見ている視聴者たちが、感嘆のコメントを出した。
モンスター肉の詰め合わせなんて、そう売っているものではないからだ。
しかもセール品という。
『本当なら全部で百万円を超えるこのモンスター肉セットですが、なんと税込み、送料込みで五万円です!』
「「「「「「「「「「安い!」」」」」」」」」」
『さらに今回はオマケで、これらモンスターのスジ肉一キロと、骨をじっくりと煮込んで作ったスープセットが二人前ついてくる!』
「「「「「「「「「「安すぎる!」」」」」」」」」」
『さらにさらに! ご飯のお供に最高! モンスター肉のしぐれ煮と、肉汁タップリのハンバーグもつけちゃう! 大出血価格です! こんな機会はもう二度とないかも! モンスター肉豪華セットは、数量限定なのでお見逃しなく! 他、古谷企画の通販サイトで普段販売しているモンスター肉も二割~なんと八割引きも! こちらもお買い得ですよ!』
「「「「「「「「「「これはチャンスだ!」」」」」」」」」」
俺が紹介したからか、古谷企画のモンスター肉福袋は数分で完売した。
そして、古谷企画の通販サイトで販売しているモンスター肉にも多くのお買い得品があり、それらも飛ぶように売れていく。
「ふう……。あまり儲からないが、これで在庫が落ち着くな」
「儲かってるのか? あんなセールをして?」
剛が、派手にセールをやっている俺に心配そうに尋ねてきた。
「剛は忘れたのか? 俺たちは冒険者なんだぜ」
他の会社や、農家、畜産業者は、色々と経費がかかるので、安売りすると最悪赤字だ。
店舗なら仕入れがあるので、同じく安売りすれば赤字になるだろう。
ところが冒険者なら、低コストでモンスターを狩れる。
だから安く売っても、冒険者が赤字になる事例はほとんどない。
その利益で納得できるかどうかが一番の問題といえよう。
「装備代はもう回収しているし、装備の修繕費だって、頻度を考えればそこまででもない。モンスターを狩って無事に持ち帰れた時点で、冒険者は黒字になる」
仕入れ代金はかからないけど、命は賭けているから、少しでも高く売りたいのが冒険者の心情なんだろうけど。
ただ、冒険者によって同じモンスターの肉でも入手難易度に大きな違いがある。
冒険者によっては、同じモンスター肉でも価格に大きな違いがあることも多かった。
「それはそうか。ただ、安売り競争になるのは感心しないけど」
「だから、29の日だけセールをして味を広めるのさ。少ないけど黒字は出て、宣伝を兼ねた動画のインセンティブを得ながら宣伝もできる。広告費を払わなくていいのが最高だな」
「俺もやってみようかな?」
「そうしなよ」
剛も独自に、リーズナブルさが売りのモンスター肉通販をやっている。
宣伝のため、セールをやるのは悪くないと思う。
俺の勧めもあって、次の月から剛も29の日に参戦したのだけど……。
『俺の動画を見ているお前ら、よく聞け! 今日はとってもお買い得なセールの知らせだ!』
「「「「「「「「「「おおっ! 」」」」」」」」」」
「ついに剛チャンネルでも、29の日がスタートするのか」
「どんな肉をセールをするんだろう?」
「今から参入しても、差別化が難しいかもな」
俺がやった29の日セールがとんでもない売り上げを叩き出したので、後追いする冒険者が増えてしまった。
なので今から参入する剛を動画のリスナーたちが心配するが、それは杞憂に終わったようだ。
『まず、様々なモンスターの切り落とし肉を、オリジナルのショウガ醤油ダレ、味噌ニンニクダレ、スパイシーカレーダレ、そして新商品のさっぱり食べられる梅ダレに浸けたものをセットにした! どうせお前らは、凝った料理なんて苦手だろう? 解凍してフライパンで好きな量を焼いて食え! 2000グラムずつ小分けにしてあるから、使い勝手も悪くないぞ! なに? もっと小分けにしろって? 俺の通販サイトを利用している奴で、一食に肉を100グラムしか食わない奴なんていねえ! 200グラムが最低単位だ!』
「「「「「「「「「「旨そう! 確かに100グラムじゃ足りないよなぁ……」」」」」」」」」」
『入ってるモンスター肉は様々な種類のが混じってるが、ドラゴンの肉も必ず小量入ってるぞ。沢山入ってるやつを引けたらラッキーだな。四つの味で、200グラムを5パックずつだから、合計4キロある。これで三万円だからお得だろう? 』
剛が商品紹介をしている間に、後ろで彼の奥さんである冬美さんが肉を焼き、それを丼ご飯の上にのせた。
『これだけで十分美味い! 野菜? 男なら米と肉を黙って食え!』
剛は、モンスター切り落とし肉のショウガ醤油炒め丼をかきこんだ。
『実に美味い! 次は、様々なモンスターのスジ肉を柔らかく煮込んで、200グラムずつ冷凍パックにしたものだ。五パック入り1キロで五千円はお得だろう? もう柔らかく煮えてるから、あとは好きに味をつけろ。これにもドラゴンのスジ肉が入ってるから、当たりを引いた奴はラッキーだ。さらに、モンスターの様々な内臓を柔らかく煮た冷凍パックも同じ値段だ。こいつも、好きに味付けできるぞ。29日だけの特別セールだから、忘れずに買えよ!』
「「「「「「「「「「必ず買うぜぇーーー!」」」」」」」」」」
動画で剛が商品を紹介をすると、コメント数が一気に増えた。
とても盛り上がってるけど、ほぼ男子が百バーセントである。
この空間に、女子は入りにくいと思う。
「ケンさんの通販サイトのお客さんって、ちょっと独特な気がします」
イザベラの動画を見ている層とはまったく違うからなぁ……。
「ガッツリが好きなんだよ」
「それはわかります」
そして、根強い支持がある。
それが証明されたのは……。
「社長、肉の日のセール、拳社長の商品に負けたのだ」
「マジで?」
「マジで」
「うちのは数量限定だったけど、斬り落とし、スジ肉、内臓色々は沢山在庫があって、安く売ることができるからなぁ」
剛によると、切り落とし、スジ肉、内臓などはどうしても余る傾向にあるという。
在庫が溜まっていたから、一気に売り出したのだと思う。
「剣社長のアイデア勝ちなのだ。切り落とし、スジ肉、内臓を大量に売り捌くプロなのだ」
その後も、剛が29の日に売り出すお買い得品は、ずっと売り上げ一位をキープし続けた。
客層は、99.99バーセント男子だって動画サイトの分析が出ていたけど。
『モンスターのアバラ骨、いわゆるスペアリブだ。濃厚な味のタレにつけて、バーベキューで焼け! 盛り上がること間違いなしだ。俺は味噌ニンニクダレが好きだな』
『ポイズンボアの皮つきバラ肉を用意した。これの表面を軽く焼いてから、圧力鍋か炊飯器で甘辛く煮るんだ。角煮丼にすると美味いぞ!』
『ポイズンボアの足を茹でたものもあるぞ。解凍してから酢味噌をつけて食え! 耳と胃袋はコリコリして美味いぞ。モツはリーズナブにモンスター肉を味わえるぞ』
「タケシ君の紹介する料理って、上品さとは無縁だけど美味しそうだよね」
「だから、剛の動画の視聴者は買うんだろうなぁ……」
「社長、魚の日、野菜の日、果物などのセールも増やして、アナザーテラで大量生産して在庫になっているものを売り捌くのだ」
「セールが増えていくなぁ」
冒険者自らが狩り、解体、加工したモンスター肉は最初高額だったが、冒険者の数が増え、平均レベルが上がっていけば、当然価格競争が起こる。
買取所も、モンスター食材の買い取り額をどんどん下げており、そのおかげでモンスター肉を食べられる人が増えたのは悪くないと思う。
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