第17話 海外での仕事(前編)
「ようこそ、勇者殿」
「まさか、大統領自らがお出迎えとは思いませんでした」
「君は英語が上手だね。ネイティブな発音だ」
「実は本来の英会話の実力は、全然大したことありません。これも冒険者特性を得て、レベルアップした影響ですよ」
「確かに、優れた冒険者はすぐその土地の言葉を話せて読み書きできてしまうからね。なにか特別な仕組みがあるわけか」
「ご依頼どおり、アメリカ合衆国内のダンジョンすべての攻略と、動画の撮影に取り掛かるとしましょう」
「急ぎ頼むよ。大きに期待している」
二学期の期末試験と終業式が終わると、俺は飛行機でアメリカへと飛んだ。
以前に、動画配信サイトの運営会社経由で貰った依頼をこなすためだ。
アメリカ国内のダンジョンをすべて攻略し、その様子を動画で撮影する。
これは編集されて、本編新シリーズとして順次動画投稿サイトで更新される予定だ。
「我が国の伝統として、フロンティアに挑む者たちが多いのは結構なのだけど、無謀な行動で命を落とす若者たちが多い。 それを政府の責任だと批判する者も多くてね。とはいえ、我が国の伝統として、彼らの行動を制限するわけにもいかない。日本のダンジョンのように、地形の詳細と、罠の位置、出現するモンスターとその倒し方が無料で見られれば、探索の効率も上がって犠牲者も減ると考えたわけだ」
「情報があれば、初見殺しの犠牲者は減りますからね」
「そういうことさ。それとこれは、個人的な依頼なのだけど……」
「個人的な依頼?」
「(ウエノコウエンダンジョンで、毎日世界レコードを更新している三人の女神たち。君が指導したのではないかという噂が出ているのだよ。実は、私の孫娘がロッキー山脈ダンジョンでレコードを持っているのだけど、到底日本にいる三人の女神たちには敵わなくてね)」
それはそうだ。
俺が丸一日指導してから三ヵ月半で、イザベラさん、ホンファさん、綾乃さんの三人は、すで上野公園ダンジョンの三百階層にまで到達していたのだから。
二位以下のパーティはいまだに六十階層にも到達しておらず、世間の人たちは、三人を『上野公園ダンジョンの女神』という恥ずかしい二つ名で呼んでいた。
三人ともとても容姿がいいから、余計にそういう二つ名をつけられてしまったわけだ。
「(あの三人が、秘密を漏らすとは思えないが……)」
「彼女たちは元々優れた冒険者だったが、突然強くなりすぎだ。そこになんらかの外部的な要因があると考えるのが自然だろう。当然あの三人が秘密を教えてくれるわけがない。だが予想はできる」
「確かに予想はできますね」
「それで、いくら払えばいいのかな?」
「一人頭五十億円です」
教える仕事は神経を使うので、極力減らすために報酬を五倍にしてみた。
これなら、いくら大統領でも躊躇するはず……。
「ドル換算で四千八百万ドルか。確か……リンダのパーティは五人なので、合計で二億四千万ドル。うん、安いな! 是非頼むよ!」
「ええ……」
俺は、世界のセレブの財力を見誤っていたようだ。
新しい仕事に、大統領の孫娘の教育係も加わった。
「あなたが、あのダンジョン探索情報チャンネルの配信者? 日本のダンジョンはすべてクリアーして動画を撮影済みだという? あまり背も高くないし、痩せっぽっちで筋肉も少ないわね」
言われると思った。
大統領の孫娘は典型的なヤンキー娘で、自分と変わらない身長と細身である俺の実力に疑問を抱いたようだ。
きっと彼女は、〇ーノルド・〇ュワルツェネッガーのような人を期待していたのであろう。
アメリカ人って、マッチョな男性が好きだって聞くから。
腹が立つというよりも、そんなものだろうとあらかじめ予想していたし、仕事なのでちゃんとやらないとな。
「信じるも信じないも君の自由だけど、俺は君のお祖父さんと契約して高額の報酬を貰っているんだ。確実に仕事はこなさなければいけないが、もし君が俺に疑問を抱いてその指示に従わず強くならなかった場合、その責任は君にある。ご理解いただけたかな?」
「正論ね……」
「リンダ、彼はプロとして仕事に来ているんだ。それをいきなり侮辱するのはよくない」
大統領の孫娘の名前はリンダなのか。
出るとこが出て引っ込んでいるところは引っ込んでいる、グラマラスボディーの金髪美少女で、さすがは本場だと感心してしまった。
こう、日本人とは違って発育が……。
そしてその服装は……今時のアメリカに、カウガールの格好をした人がいたなんて……。
というか、創作物以外で実在したんだな。
「私のジョブは『ガンナー』なのよ。アイテムボックスの一部に『銃置き場』を設定してあって、ダンジョンで拾った魔銃をぶっ放してモンスターを倒すわ」
「うーーーん」
「なによ? ええと……」
「リョウジ・フルヤだ」
「リョウジね。確かに、魔銃使いは効率が悪いのよね。この国では、やっと魔銃の銃弾が作れるようになったからマシになったけど、それまでは最初の犠牲者たちが使っていた武器の銃弾がダンジョンに飲み込まれてレアアイテムとなり、それがドロップした時じゃないと補給できなかったのよ」
魔銃使いは、自分で銃弾を作れるか、銃弾が補給しやすい環境にないと、戦闘回数に制限が出てしまう。
日本でも徐々に、ダンジョン探索で全滅した自衛隊員の装備がレアアイテム化し、それを買取所に持ち込む冒険者が多かったが、銃刀法の兼ね合いと、やはり銃弾の補充が難しいのは同じだったので、日本にガンナーは一人もいなかった。
いや、正確にはいるのだ。
魔銃が手に入らないので、仕方なしに他の武器を使って戦っていたけど。
日本という国において、銃とはとことん不遇な武器であった。
それがアメリカでは、なんとか使いこなそうと努力している人たちがいる。
お国柄なのかな?
「時間は二ヵ月間あるから、まずはちょっと一人でロッキー山脈ダンジョンをクリアーしてくる」
「我が国の冒険者のレコードは四十五階層ですけど。それも、リンダと私も含めた五人パーティでですよ」
「俺なら一人で大丈夫だし、悪いが足手まといはいらないのでね」
「大口叩くわね!」
「ちゃんと契約の内容に沿って仕事をしているだけで、大口を叩いているわけではない。まずは、一週間後のお楽しみということで」
リンダたちと話してばかりいても時間の無駄なので、俺は早速ロッキー山脈ダンジョンへと潜った。
一階層だけ見て、向こうの世界のどのダンジョンが飛んできたのかすぐわかってしまった。
ロッキー山脈ダンジョンは七百階層で、ダンジョンの中では三番目に深いダンジョンだ。
二番目は、日本の大雪山にあるダンジョンの八百階層。
日本は、五百階層レベルのダンジョンが多いのが特徴かな。
「このダンジョンも五百階層にダークボールが設置されているから、一日で大幅にレベルアップさせることは可能だな。先に攻略しながら動画撮影だ」
アメリカのダンジョンは初めてだったのでかなり慎重に攻略してみたが、考えてみたら、日本のダンジョンとなにか差があるわけではなかった。
なにより、向こうの世界で一度攻略したことがあるダンジョンだ。
予定どおり一週間で、七百階層のボスを倒してダンジョンコアを入手し、すべての撮影を終えて地上に戻ることに成功した。
「……この動画……七百階層には、こんな化け物がいるの?」
「我々に勝てるのでしょうか?」
約束どおり一週間でロッキー山脈ダンジョンをクリアーした俺は、その証拠としてリンダとマイクに七百階層のボス『ブルーアイスドラゴン』を倒した時の戦闘シーンを見せた。
ブルーアイスドラゴンは上位の竜ではあるが、上野公園ダンジョンのボスよりも弱いし、魔王よりも弱かった。
俺は魔王討伐後も鍛錬を欠かさずに強くなっていたから、倒せないわけがない。
相手が水属性の竜で、絶対零度のブレスを吐くことにさえ気をつければ、まず負けることはないモンスターだった。
リンダのパーティメンバーで、上級職バトルマスターレベル52のマイクは、俺がブルーアイスドラゴンを倒す動画を見て絶句していた。
彼も、才能だけでいえばイザベラさんたちに劣らない強者である。
さらに元グリーンベレーだそうで、自分の実力に大きな自信はあったのだろうが、とんでもないものを見てしまったので萎縮してしまったようだ。
「他三人のパーティメンバーも加えて、明日一日でかなり強化するから。あとは努力して、レベル1000が五人いれば、ブルーアイスドラゴンに勝てるはずだ」
「アレ、また出現するの?」
「一度クリアーしたダンジョンの好きな階層に自由に移動できるようになるダンジョンコアは、何度でも手に入る。ブルーアイズドラゴンに勝てればだけど」
「なるほどね! 俄然やる気が出てきたわ! マイクも落ち込まない!」
リンダがパーティのリーダーだけど、実務は元軍人であるマイクに任せているという感じかな。
二人は仲もよさそうだし、もしかしてつき合っているとか?
大統領も心配だな。
「……私とマイクをそういう目で見ているの? 日本人って、恋愛にドライだって聞いたけど」
「どうかな?」
「マイクには奥さんと子供がいるから、そんなわけないでしょうに。リョウジは安心して、私たちにちゃんと教えなさいよね」
安心って意味がよくわからないけど、リンダが素直になってくれたので、これで教えやすくなったな。
相手は合理的なアメリカ人なので、実力を見せれば話は早いというわけか。
「それと、私のことはリンダって呼びなさい!」
「はあ」
相手の名前を呼び捨てにするのはアメリカだからかな。
向こうがそう呼べと言っているのだから、それでいいだろう。
俺もリョウジだからな。
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